その他 2020.02.28

Vol.7 あいまい表現を断ち、ハラスメント防止

コミュニケーション不全を生むやりとり

 

日々カウンセリングを行う中で、「ハラスメントを受けた」と訴えてくる相談者は少なくありません。相談の中にはハラスメントではなく、コミュニケーション不全が原因の案件もあります。そういった案件でよくある事例を基に、職場でのコミュニケーションについて考えていきたいと思います。皆さんは次のやりとりをどのように感じられるでしょうか。

 

【事例】

上司「この書類、手の空いた時にやっておいて。お願い」

部下「はい」

(数日後)

上司「この前に頼んだ書類、できた?」

部下「すみません。忙しくて、まだ手を付けていません」

上司「え!?困るよ!!今日の午後の会議で使うのに、どうなっているんだ!?余裕を持って数日前に頼んだはずだぞ!」

 

この事例は、それぞれの立場で考えることによって感じ方が違うかもしれません。全く同じではなくとも、皆さんの職場で起こる日常のやりとりで、似たような出来事に遭遇したことがある方もいらっしゃるでしょう。

 

まず、上司の立場からすると「同じ職場で同じ仕事に就いているのだから、書類を見ればいつ必要なのか分かるはず」と認識し、「詳細を言わなくても分かるだろう」という前提で指示を出すことが多く見られます。その上で、部下が忙しそうにしているので「手の空いた時でいいよ」とねぎらうつもりで声を掛け、ハラスメントどころか優しく指示を出していると思っていることが少なくありません。

 

一方、部下は「手の空いた時」というフレーズをそのままうのみにし、確認もせず受け取ったままにしてしまうのです。仕事を受け取ったまま何もしないのは、職務怠慢とも言えます。少なくとも、期日や内容の確認をすることが必要ですし、それもできないほどの忙しさなら、自分の状況を上司に伝え、場合によっては他の社員に変わってもらうことも必要でしょう。

 

要するに、互いに「具体的なやりとり」ができておらず、日本人にありがちな「察する」文化の中で、何となくやりとりをしてしまっていることが原因なのです。このようなやりとりが繰り返されれば、部下は上司から「使えない部下」とレッテルを張られてしまうことにもなりかねませんし、部下側からは「ハラスメント上司」と認識されるわけです。そうなると関係性の悪化は否めません。

 

 

 

具体的なやりとりがトラブルを防ぐ

 

あいまい表現は、思いの外ビジネスで多用されています。私が行う研修では、参加者に「後で」が指す期間の感覚を尋ねることがあります。すると、答えは5分から数日までと、その感覚は個人によって大きな差があります。

 

例えば、5分で回答が来ると思っている人が翌日まで待たされると我慢ならず、相手への不満がむくむく湧いてくることになりかねません。

 

「後でお願い」の“後”を私たちは自分の感覚で理解し、擦れ違っていることに気付かないまま、相手が自分の意向に沿わないと腹を立てるわけです。これ以外にも「できる限り」「ちゃんと」「徹底的に」など、勝手な解釈や、人によって感覚が異なる表現はたくさんあります。

 

これらの言葉習慣化しているようなリーダーは、要注意です。「ちゃんと報告するように」ではなく、「毎週金曜日の午前中までには報告してください」といった具体的なフレーズを加えて伝えることが大切です。

 

こうしたささいな日常のやりとりを見直すことが、ハラスメント防止、部下のメンタル不調防止に役立ちます。自身の、「相手も同じような感覚を持っている」という意識をいま一度疑い、期間や程度に関する内容も、具体的に提示してみてください。「察する」文化は奥ゆかしく、相手を思いやる素晴らしい側面を持つ一方で、「言わなくても察しろ」という要求の押し付けになる危険もはらんでいることを心に留めてください。

 

 

伝え方のポイント

 

職場でのやりとりにおいて、具体的なフレーズを用いて会話するほかにも、相手へ自分の意向を伝える方法があります。

 

一つ目は、伝えたい内容と表情を一致させることです。回りくどく言ったり、前置きが長いと真意が伝わらなかったりするので、簡潔に伝えることは言わずもがなです。ただ、伝える際の表情や音調が伝えたい内容と一致しているかどうかが重要です。

 

例えば、言いにくい注意や指導を行う際に、「あまり追い詰めてはよくない」という意識から笑顔で伝えてしまうと、「大したことではないのかな?」と相手に認識されてしまう可能性があります。また、無表情で褒めても「嫌みを言われているのかな?」と勘違いされてしまうこともあります。なかなか自分の表情を確認することは難しいとは思いますが、伝えたい内容と表情を一致させるということは、正確な意図を伝えるために必須であると心に留めておいてください。

 

二つ目は、伝えるタイミングです。忙しいリーダーは、次々と処理しなければならない案件に翻ほん弄ろうされ、時間に追われることも珍しくはないと思います。そんな中、部下の帰り際や終業間際に急いで用件を伝えようとしていませんか。

 

部下が席を外す前に何とか伝えておこうという気持ちは分かりますが、間際の声掛けは、残念ながら「嫌がらせ」と捉えられてしまうことも多いのです。そうでなくても、次のことに気持ちが向いている相手に話をしても、話半分にしか受け取ってもらえないことがあり、十分に意思疎通ができない状況です。緊急案件を除き、何かを伝えるときには、時間の余裕をもって行いましょう。

 

逆もしかりで、忙しそうなリーダーに声を掛けるタイミングが分からずに悩んでいる部下も多く、実際に相談事例は後を絶ちません。この場合も同じことが起こり、出掛ける間際に声を掛けられることにより、上司が余裕がなく素っ気ない対応になったり、きちんと向き合えなかったりといったことに陥りがちです。すると、その対応がハラスメントと捉えられてしまうこともあるのです。

 

互いの意思疎通の時間を持つためにも、定期的なミーティングの時間を確保する、あるいは前もって行動スケジュールを共有するなどの配慮が必要です。

 

日常業務の中でのちょっとした心遣いや、言葉で明確にやりとりをすることが大きなトラブルを防ぐ近道です。「これくらい分かっているだろう」と言葉を端折らずに、具体的なフレーズを一言入れる意識を持つだけでも有効ですし、一言を付け加えれば、互いの認識がずれていることを修正するきっかけにもなります。

 

わずかなことでも、言葉で伝えていくことが心地よい関係性の構築につながるのです。

 

 

 

PROFILE
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大野 萌子
Moeko Ono
一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。内閣府、防衛省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで年間150件以上の講演・研修を行う。著書に『言いにくいことを伝える技術 ~もう振り回されない! ストレスフリーな人間関係を一瞬で手に入れる』(ぱる出版)、『「かまってちゃん」社員の上手なかまい方』(ディスカヴァー携書)など。