東京モーターショー2019
2019年10月24日~11月4日に開催された「東京モーターショー2019」。来場者は130万人を超え、前回(2017年)の77万人と比べ大きく増えた。輸入車ブランドの多くが出展を取りやめる中、自動車以外の国内各業界も取り込んだ展示戦略を徹底し、それが功を奏した格好だ
「2020」以降の近未来像
2019年秋の「東京モーターショー」。いくつもの意味で注目に値すると私は感じました。
輸入車ブランドの多くが出展しなかったり、二つに分かれた会場が離れていたり(徒歩30分の距離。シャトルバスがあったものの、混んでいました)するなど、開催前は不安視されていましたが、ふたを開けてみると来場者数は約130万人。
これは、前回(2017年)の77万人から大幅増です。ただし、今回は無料で入れる展示ゾーンもあって、有料無料の内訳は発表されていません。無料ゾーンでは、出展メーカーによる車両はもちろん、仮想現実の世界ですとか空飛ぶ車ですとか、自動車以外の業界(電機や通信、エネルギーなど)も、「近未来の生活」をテーマに意欲的な展示を行っていました。
では、肝心の車はどうだったか。私は思うのですが、これからの社会では「人が自由に移動できる手段をどう持つか」が、より問われてくるはずです。そして、地方の過疎地で移動を確保する、あるいはシニアの方々も自由かつ手軽に外出できる手段を確保するには、大手自動車メーカーだけではなく、ベンチャー企業の発想も必要になってくると考えます。これまでの延長線上にはないアイデアを求められるからです。
そうした意味で、今回の東京モーターショーにおいてベンチャー企業が意欲的なモデルを展示していたことは、とても興味深く感じました。いずれも、軽自動車よりコンパクトなサイズの超小型モビリティーの出展。それらは全て電気自動車(EV)です。
もしかすると、大手どころの自動車メーカーを出し抜く形で、こうした企業の手になるモデルが、2020年以降、現実に多くの消費者から受け入れられるかもしれないとすら、感じさせました。
今回は東京モーターショーの参加企業から、二つのベンチャー企業に注目し、つづっていきましょう。
タジマモーターコーポレーション
モータースポーツの世界で長年活躍した、「モンスター田嶋」こと、田嶋伸博氏が率いるベンチャー企業。出光興産と協業し、中山間地でのモビリティー実証実験に使用する「E-RUNNER ULP1」の他に、三輪タイプのモビリティーも展示。特に家族連れからの注目を集めていた
幅広い年齢層を集客
まず1社目は、東京に本社を置く電気自動車のベンチャー企業、タジマモーターコーポレーションです。
社長はモータースポーツの世界で長年活躍した伝説の人物、田嶋伸博氏。彼が力を注いでいるのが、まさにEVの超小型モビリティーです。
同社のブースは、大手自動車メーカーのブースよりはるかに小さな面積だったにもかかわらず、たくさんの観客を集めていたのが印象的でした。しかも、子どもからお父さんお母さん、シニアの方まで。それはどうしてなのか。
展示しているモデルが「これは自分のための一台だ」と明快に伝わってくるようなものばかりだったからだと私は思います。単なる絵空事に終わっていない感じなのです。
具体的に説明しましょう。まず、「E-RUNNER ULP1」というモデルですが、全長2m50cm弱、幅が1m30cm弱という、軽自動車よりはるかに小さいサイズです。でも、いざというとき4人乗れるという超小型EV。これ、石油会社である出光興産の実証実験(地方の中山間部で人が移動するための仕組みづくりを構築するための実験)にも、今後使われるそうです。
なぜ、石油会社が電気で走るEVの実証実験をするのでしょうか。
そこには近未来に予想される深刻な問題があるからなのですね。
現在、全国のガソリンスタンドは、往時の6万軒から3万軒に半減しているとされます。ガソリンを売っても儲からないという厳しい状況の他にも、理由があると聞きます。
ガソリン貯蔵用のタンクの規格が変わり、古い貯蔵タンクをより安全性の高いタンクに変更する必要に迫られているのですが、その費用を負担できないスタンドが次々と廃業しているのです。
都市部でもこうした動きが見られますが、とりわけ地方、特に過疎地域では顕著です。
地方部では、ガソリンスタンドがある意味でライフラインですね。そのスタンドを「電池ステーション」「充電ステーション」として活用できれば、廃業を防げるメリットもあるわけです。
いま冬本番ですが、ガソリンスタンドが1軒廃業すると、過疎地域では「暖房用の灯油を買いに、何十kmも走らなくてはいけない」などという事態が起きかねない。だからこそ、こうした実証実験に意味があります。
格好良くないとダメ
「E-RUNNER ULP1」の話に戻りましょう。航続距離は100km、最高速度は時速60kmと、近場を動くための一台と見て取れますが、この超小型EV、デザインがスタイリッシュで格好良いのです。過去のモーターショーで大手メーカーが出展したモデルより、私はデザインが洗練されていると思います。
聞けば、世界的に知られる日本人カーデザイナー、奥山清行氏の手になるものだそう。なぜ、わざわざそこまでデザインにこだわるのでしょうか。田嶋社長は「だって、格好良くないと誰も乗ってくれないでしょう。ただ移動するだけでいいんですかという話です」と言います。
これ、大事な視点だと思います。物を見る目がしっかりしているシニア向けだからこそ、「乗っていて自慢したくなる」という側面は極めて重要なはずです。
もう1台、このタジマモーターコーポレーションが展示していた別の超小型EVには、子どもたちが代わる代わる乗っていました。
屋根は付いているけれど、横はガラ空きという三輪車(アジアの街を走るシンプルな乗り物のよう)。これは3人乗りで、全長約2m50cm、幅は1m26cm。最高速度はわずか時速28km。田嶋社長の「ママチャリよりも、安全に子どもを連れて行ける一台です」という説明を聞いて納得しました。
なるほど。ようやく、リアリティーある超小型EVが出てきました。
FOMM
スズキ、トヨタ車体出身の鶴巻日出夫氏が代表を務めるベンチャー企業。「FOMM ONE」はいざという場面で水に浮く超小型モビリティー。タイではすでに1600台を受注している。同社のブースでは超小型スポーツモデルである「AWD SPORTS Concept」も展示していた
水に浮くEVの意味
なぜ、ここまで思い切った作りにできて、なおかつ、これは自分のための一台だと思えるようなモデルをベンチャー企業が出せるのか。
私が今回注目した、もう1社のベンチャー企業であるFOMMのスタッフが、「言ってみれば『専門店』のような感覚で、はっきりしたコンセプトを打ち出し、それを貫く車作りをしますから」と話してくれました。
FOMMは、「いざという時に水に浮く超小型EV」を展示していました。やはり軽自動車よりも相当にコンパクトなサイズ。でも4人乗れます。そして万が一、水難に遭った場合にも、水に浮き(密閉性が高い)、しかも時速3~4kmではありますが、走行することもできるといいます。
すでにタイでは2019年4月に発売されていて、これまでに1600台の注文があるのだそうです。価格は日本円にして200万円ほど。恐らく、日本国内での販売も視野に入れていると思います。ちなみに生産はタイで行われています。
FOMMが展示していたこのモデルもまた、「切実に欲する『あなた』の気持ちに刺さりそうな一台」と言えるのではないかと私は思います。狙いどころが明快だからです。
日本が勝つために
EVの開発競争が世界規模で進み、どこが勢力を伸ばすか緊張感のある戦いが続く中、日本は「軽自動車と電動車いすの間」を攻めるのが有効ではないかと思います。
国内外を問わず、電気自動車の開発では近距離の移動が一つの焦点となっていることが、理由として挙げられます。「ラストワンマイル」などとよくいわれますね。大きな車や公共交通機関を降りた後、目的地までの最後の短い道のりで、誰もがちゃんと移動できるかどうか。
それともう一つ、そういう場面で必要な小さな車作りは、日本のお家芸だと思うからです。
ベンチャー企業の「専門店」ならではの発想は、必ずや世界的競争が激化していく局面で生きると感じています。