潮流変化に対応する未来経営モデル
企業経営には、「望遠鏡」(5~10年後の未来や社会の大きな潮流を見据える力)と「顕微鏡」(短期の環境変化と経営トレンドを見極める力)が必要だ。現環境下では特に、企業が構造転換期を迎える2030年をめどにバックキャスティング(未来のあるべき姿から現在を振り返る)を行い、ビジョンを設定することが重要である。
2030 年に向け、日本は人口動態の変化とX-Tech(クロステック)によってデジタル化が加速し、「Society 5.0(ソサエティー5.0)社会」へと移行していく。企業は働き手から選ばれる時代となり、併せてSDGs(SustainableDevelopment Goals)が経営トレンドになっていくことも視野に入れる必要がある。
SDGs とは、「国連持続可能な開発サミット」(2015年)で採択された、17の目標と169のターゲット(具体目標)からなる「持続可能な開発目標」である。2030年までにこの目標を達成すべく、世界中の企業や団体がすでに取り組みを推進している。
SDGs の達成は、経団連の「企業行動憲章」でも宣言され、多くの日本企業に影響を与える。つまり、SDGsを考慮しない企業は、顧客・取引先・投資家・学生の誰からも評価されない時代に入っているのだ。
SDGs経営に必要な八つのアクション
SDGsを踏まえた上で日本国内に目を向けると、地方の過疎化や超高齢社会、インフラの老朽化、価値観の変容といったことも含めて、社会の仕組みを抜本的に見直す「社会課題解決時代」が到来している。
こうした課題マーケットを制するには、SDGsを実装し、商品・サービス単体ではなく、企業モデル全体をトランスフォーメーション(変身)させていくことが肝要である。私はSDGsを実現する企業には、八つのアクション(【図表】)が必要と考えている。
① 経営哲学・存在価値の整理
今後の社会に求められる役割や組織の使命として果たしていくべきことを検討し、自社の存在価値を整理して価値判断基準を見直す。その際にSDGsを理解し、目標と経営理念を統合する。
② 2030年ビジョン設定
経営の物差しは経済価値から社会価値へと変容していく。いかに社会に貢献していくか、社会の課題ニーズに対して「自社が10年後にありたい姿」としてビジョンを設定する。想定した未来と事業の関連からビジョンを導いていく。
③ バリューチェーン上でのSDGs実装
企業活動におけるバリューチェーン上の各機能を、SDGsとマッチングさせて実装する。また、企業規模や経営資源に見合う取り組みであるかも検証する。
④ 社員の価値観変容
社会課題解決やSDGs達成にチャレンジするには、社員の価値観や使命感を醸成することが重要である。インナーブランディングで理解度を高め、仕事を通じて働く人たちを生かす組織基盤をつくる。
⑤ クラスター形成
社会的価値を実現する仲間や外部との連携を図り、複数のコアコンピタンスを利用するためのクラスター形成を図る。経験や技術を提供し合えるプラットフォームをつくり、価値ある商品・サービスを各社・各組織が開発できる基盤をつくる。行政・各社・各組織団体のビジョンや目的、目標を合わせ、密着度を高めることでクラスター形成が強まる。
⑥ 未来コストを投下する
将来のためのコストと捉え、効率を最優先にせず、適切に投下する。
⑦ プラットフォーム構築・事業開発
SDGs に即した社会課題解決を行う事業プラットフォームを構築し、事業開発を行いながら収益を確保する。基金の設立なども効果的である。
⑧ エンゲージメント運営
競争戦略ではなく、経営理念に共感してもらえる仕組みを構築する。私が提言する「ブランディング・エンゲージマーケティングサイクル」を回し、事業活動に賛同・応援してくれる人を増やすことで、関係性を相乗的に高めていくことができる。買い物という“ 投票行動” は、消費者の意思表示を確認する方法である。
エンゲージメントを高めるためにも、マーケティングの生産性指標であるPAR(購買行動率)、BAR(ブランド推奨率)を測りながら、その活動の応援者(ブランド推奨者)を増やしてほしい。
三方よしに未来を加えた「四方よし経営」を
持続可能なビジネスモデルの事例として、沖縄県恩納村の「もずく基金」を紹介する。海が美しい同村は、沖縄初のモズク養殖拠点だ。良質なモズクの生産を支えるのはサンゴ礁だが、1998年に発生した世界規模のサンゴの白化現象で、湾内のサンゴも9割が死滅してしまった。
そこで、モズク生産者(恩納村漁業協同組合)、加工(井ゲタ竹内)、販売・流通(生活協同組合)、産地支援(恩納村役場)の4者で「恩納村コープサンゴの森連絡会」を設立。「恩納もずく」をブランド化し、寄付金付き産直モズクを販売した。
この寄付金を使って毎年1000本以上の植え付けを行った結果、サンゴ礁は見事によみがえり、「恩納もずく」は消費者の食卓を彩り続けている。顧客アンケートでは8割が継続購入したいと評価しており、消費者も含めたステークホルダーが価値を享受し合う好例である。
近江商人の「三方よし」は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という経営哲学として語られてきた。ここに、子孫が困らないように「未来よし」を加えた「四方よし」の経営が、SDGs経営の姿である。
未来は、現在の延長線上とは異なる所にある。過去を断つ覚悟を持ってSDGsにチャレンジし、瞬時に共感を得られる発信を続けていくことが重要となる。「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」という二宮尊徳の有名な格言は、SDGsを実現していく経営スタイルにも通じている。掲げた目標を“ 道徳” に終わらせず、「四方よし経営」を実現していただきたい。