保冷バッグ「KURUMI」
2019年夏に、東急ハンズ新宿店でテスト販売商品として採用された「KURUMI」。左右21cm、奥行き15cmという小ぶりの帆布製で、見たところ可憐なデザインのバッグとしか思えないが、実はプロ仕様を誇る高性能保冷バッグである。岐阜県の町工場、北瀬縫製が開発・製造し、販売価格は3980円(税抜き)。
北瀬縫製
岐阜県関市武芸川町小知野876-1 TEL:0575-46-2301
「なに、これ?」型の商品
まずは何をおいても、今回取り上げる商品がどんなものなのか、読者の皆さまに当てていただきたいのです。「バッグでしょ?」と答えが返ってきそうですね。
そうです。バッグなのです。でも、ここで紹介するからには、ただのバッグではありません。
これ、「保冷バッグにまったく見えない保冷バッグ」なのです。外側は帆布製ですし、口を開いて中をのぞいても保冷バッグによくある、あのギラギラのアルミシートはまったく見えない。
これなら、毎日の通勤通学に、ごくごく自然な形で持ち歩けますね。お弁当や飲み物を入れて、あとは保冷剤を載せておけばいい。
これ、岐阜県関市にある総勢わずか13名の町工場、北瀬縫製から生まれた保冷バッグです。商品の名は「KURUMI(くるみ)」といい、値段は3980円(税抜き)。
これを目にした消費者、あるいは大手流通企業のバイヤーは、決まって「なに、これ?」と驚くそうです。それはそうでしょう。これまでにこうした商品は、まず存在しなかったと思われますから。
私、いつも繰り返しお伝えしていますが、「なに、これ?」型の商品ってやっぱり強いのです。一般の消費者だけでなく、プロの目利きであるバイヤーも「まだ見ぬもの」を必死で探しています。それをものにできるか(開発しきれるか)が、中小企業にとっては勝負どころとなるわけです。
「大手メーカーではまず開発しないでしょうね。面倒な作りだから」と言うのは、社長の北瀬澄男氏。
確かに、このような保冷バッグは、商品としてはいわばニッチな存在ですね。しかし、市場全体から考えてニッチな商品だとしても、そこに一定数の需要を見込めるなら、中小企業1社にとって十二分な市場規模と言えるかもしれません。そこがもう一つのポイントとなります。
KURUMIはまさに、大事な二つの要素(「なに、これ?」と「中小企業にとっては十分な市場性」)を持ち得た商品であると、私には思えました。
しかも、さらに「だめ押し」と表現できるだけの特性をも備えているのです。
意外なまでの性能
先ほど私は、このKURUMIを「保冷バッグにまったく見えない保冷バッグ」とお伝えしましたが、別の側面から捉えると、実はこの商品、「他のどの保冷バッグよりも保冷バッグらしい」ものなのです。
どういうことか。
「そもそも多くの消費者が抱いている保冷バッグの概念が、私たちからすれば間違っていると言わざるを得なかったのです」
こう説明するのは、社長のご令嬢であり、商品開発部長を務め、自ら本商品デザインワークを重ねた鈴木恵氏です。
北瀬縫製という町工場は、長らく取引先からの発注により、業務用の保冷バッグを製造して納めてきた経緯があります。例えば、デリバリー(出前)の企業がランチを運ぶためのケースや、野球場のスタンドでアイスクリームを売るためのボックスなどが挙げられます。
「そうしたプロ向けの保冷バッグを製造していると、これまで『保冷バッグ』と銘打って一般消費者向けに売られている他の商品は、本当に保冷性能が十分か、と思わずにいられなかったんです」(恵氏)
単にアルミシートを貼ればいいのか、という話ですね。
そういった理由から北瀬縫製はこのKURUMIの保冷性能を上げるため、5層構造を内部に施したというのです。それはプロが使うものと同じ仕様。
つまり、KURUMIは、保冷バッグにまったく見えないバッグであると同時に、機能において他の商品よりはるかに保冷バッグらしいバッグに仕上げた、ということですね。
作り手の狙いどころが実に明確な商品であり、だからこそ、消費者やバイヤーの心に極めて刺さりやすい、とも言えます。
「心に刺さりやすいポイントをしっかりと体現する」のがなぜ大事なのか。その答えは簡単ですね。地方の小さな町工場発の商品の販路を広げていくのは本当に難しいという側面があるからです。
まずは地元から広げる
町工場の多くは、売り上げのほとんどを工賃収入に頼っています。取引先から素材を受け取り、指示通りに加工する。そして工賃を得る。ただ、この仕組みですと二つの悩ましい話が出てきます。
一つは売り上げも利益も限られること。しかも、町工場が手にできる工賃の額自体が低く抑えられがちという現状があります。もう一つは、せっかく蓄えてきた技術を独自の形で生かす道を歩みにくいことです。
そこで近年、各地の町工場は自社ブランド商品の開発に余念がありません。それならば商品の仕様決定権も価格決定権も、ある程度は自らが握れます。
「自社ブランドの開発は、私たちにとって10年来の悲願でした」と、北瀬氏も言います。
しかし、問題はそうやって苦労の末に開発した商品を、世の中にどう伝えるかにあります。厳しい言い方をすると、「伝わっていない商品は、存在していないのと一緒」だからです。ここが難所となる。
北瀬縫製のKURUMIの場合、「伝わりやすい商品特性」を持ち得たことが、まず何より大きかった。大手どころから販売されているものを含め、他商品との違いは明らかですからね。
でも、それだけで即座に成功が約束されるとも言えません。北瀬縫製の場合、商品の存在をどう浸透させていったのか。
話を聞くと、なるほどと思えました。最初は地元のイベントに少量を出品し、そこから口コミでじわじわと売れていった。イベント終了後も、関市内の消費者からの電話が相次いだほどでした。
地元から販路を広げるなんて当たり前だと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私の知る限り、必ずしも簡単な話ではないと感じています。
というのは、地域産品を広く売っていこうとする際に、いきなり大都市圏の市場を狙うケースが少なくないのですね。そこには、地元よりもはるかに巨大な市場がありますから、その気持ちも分かります。しかし、私は「地元の人が振り向かないものに、大都市圏の人が興味を示すはずがない」と強く思います。一足飛びに成功するなんて、そうある話ではない。事実、ある流通企業の実力派バイヤーにかつて取材した折、「地元で局所的に売れている商品をしっかりと発掘するように動きます」と話していました。
その意味で、北瀬縫製が、まずは地道に市内の消費者に販路を広げていった経緯を評価します。
プライドを懸けた訴え
地元で販売していく中で、北瀬縫製は、この保冷バッグのデザインを少しずつ改良していきます。サイズもそうですし、取っ手の形状もそうでした。
そして2018年、満を持して、岐阜県内で催された商談会に参加します。
すると、その商談会に参加していた東急ハンズのバイヤーが保冷バッグに注目し、新宿店でのテスト販売に踏み切りました。まさに一発勝負で答えを出せた。それは、地元の声を聞きながらここまで試作を重ねてきた成果であり、また、商品そのものの設計思想のたまものであると思いますね。
テスト販売の現場では、若い女性層や家族連れなどが代わる代わるKURUMIを手にしていたのが印象的でした。
取材の最後に尋ねてみました。保冷バッグに見えないデザインだけでも十二分なインパクトがあるだろうに、どうしてまた保冷性能にまでこだわったのでしょうか。
「本物の保冷バッグはこういうものなのですという、プロのプライドを懸けた訴えです」と、恵氏は語りました。
プロのプライド、町工場の誇りが匂い立つ商品だから、これだけの注目を浴びているのでしょう。