泡盛業界でトップクラスのシェアを誇る『残波』。製造する比嘉酒造が創業70周年を機に展開するプロモーションが、各地で大きな反響を呼んでいる。泡盛のイメージを超えた魅力を発信し続ける背景には、確かな商品力と「ザンパの日」を軸に据えた新たなブランディング戦略がある。
残波ブランドで幅広い支持を獲得
寺井 比嘉酒造は創業70年を超える泡盛メーカーであり、自社ブランド『残波』は沖縄県内でトップクラスのシェアを占めるなど業界をけん引する存在です。まずは創業の経緯からお聞かせください。
比嘉 当社の創業は戦後間もない1948年。物資不足の中、メチルアルコールなど飲料用以外のアルコールを摂取して失明する人が後を絶たない状況を憂いた祖父・比嘉寅吉が、「沖縄県民に安心・安全なお酒を提供したい」との思いから創業したと聞いています。1953年には酒類製造免許を取得し、地元の読谷村高志保にちなんだ『まるたか』を発売。1980年に発売した『残波』は当社の主力ブランドに成長し、現在に至っています。
寺井 沖縄県内において、残波は非常に高い認知度を誇っています。沖縄全土に知れ渡った要因はどこにあるのでしょうか?
比嘉 名前の由来になった残波岬は県内でも有数の景勝地ですから、なじみがあり覚えやすかったことも理由だったと思いますが、知名度が一気に高まったのは1995年に放映した沖縄民謡歌手の前川守賢氏を起用したテレビCMがきっかけでした。さらに、父であり先代社長の比嘉健は、女性や泡盛が苦手な方でも飲みやすい蒸留酒の開発に力を注いでおり、試行錯誤を重ねて誕生した『残波25度(ホワイト)』『残波30度(ブラック)』によってファン層が広がったことがシェア拡大につながりました。
寺井 今、沖縄経済は観光を中心に大変活気づいていますが、それに伴って泡盛の市場規模も拡大傾向にあるのでしょうか?
比嘉 残念ながら、市場自体は縮小しています。最大の要因は、人口減少や若年層のアルコール離れが進んでいること。中でも、「くさい」「アルコール度数が高い」というイメージが強い泡盛の消費量は減少傾向に動いています。
寺井 市場活性化のためにどのような手を打たれていますか?
比嘉 当社を含めてメーカー各社は、カクテルにリキュールとして泡盛を使うなど新しい飲み方の提案に力を入れています。早い段階から若年層や女性向けの商品開発を行ってきた当社としては、その経験を生かして新たな商品開発に取り組んでいく役割があると考えています。加えて、販路を沖縄県外、さらに海外に広げるにはブランディングが必要です。「泡盛=沖縄の焼酎」という既存のイメージを超える、新たなコンセプトを発信していこうと挑戦しています。
3日8日は「ザンパの日」泡盛を超えるブランドへ
平井 昨年(2018年)、創業70周年を迎えたのを機に、全社的なブランディング戦略に取り組まれています。会社の歴史や商品に関する社員教育を実施するなど、社内に向けたインナーブランディングを進める一方、社外に向けたアウターブランディングでは「ザンパの日」(3月8日)を軸に据えたプロモーションを展開されました。新たに記念日を設定された狙いはどこにあるのでしょうか?
比嘉 幅広い層に残波を知っていただきたいと思い、日本記念日協会に申請しました。また、今年は3月4日から3月17日の期間を「ザンパ・ウィーク」と銘打ち、ターゲットを絞ったプロモーションを展開。記念日を設定することで、これまでとは違う立ち位置からブランディングをしたいと考えました。
平井 “これまでとは違う”立ち位置とは?
比嘉 泡盛が飲まれるのは主に沖縄や沖縄料理店でしたが、残波を飲むきっかけを沖縄という「場所」から、思い出や時間といった「コト」に変えたいと思いました。「どこで飲むか」から「いつ飲むか」に立ち位置を変えることで、泡盛の中の残波ではなく、お酒の一つとしてブランディングしたい。そうした気持ちがあり、2019年3月のザンパ・ウィークは、あえて焼酎の本場である福岡市でプロモーションを実施しました。
寺井 今回のブランディング戦略のコンセプトとして、「伝統は先を行く」を掲げられました。コンセプトにどのような思いを込められたのでしょうか?
比嘉 コンセプトは、ブランディング戦略を考える過程で、タナベ経営の皆さんと社員が一緒に作りました。これまで培ってきた経験を生かしながら、新たな価値を生み出していく決意を込めています。
焼酎の本場・福岡市でプロモーションを敢行
貞弘 ザンパ・ウィークではどのような層をターゲットとして設定されましたか?
比嘉 20歳代から30歳代、40歳代の働く男女を想定しました。それに合わせて博多市の商業施設「KITTE(キッテ)博多」に屋台バーを出店して、残波を使ったカクテルや沖縄料理以外とのマリアージュを提案するなど、ターゲットに合わせて“インスタ映え”するキャンペーンを実施。他にも、JR博多シティでのサンプル配布や福岡市営地下鉄での電車広告ジャック、LOVE FM 福岡協賛の「LOVE FM FESTIVAL2019」への出店など、さまざまなプロモーションを展開しました。
貞弘 想定していたターゲットにアプローチできましたか?
比嘉 手応えは十分に感じられました。駅で配布したサンプルの評判は上々で、用意していた5000個(2日間分)のサンプルを予想よりも早いペースで配り終えました。また、電車広告ジャックなど多くの人の目に残波が触れたことで、新たな層に残波を知っていただいたことはもちろん、一度でも沖縄に来たことがある人に思い出していただいたり、残波を手に取っていただいたりするきっかけになったと思います。この影響が、今後どのような形で出てくるか非常に楽しみにしています。
飯田 プロモーションの一環として、単行本累計発行部数220万部を超える人気コミックス『ワカコ酒』(徳間書店)とのコラボボトルを発売しました。その際、すぐに多数の反響が寄せられました。
比嘉(静) メディアに紹介していただいたこともあって、販売開始から3日間は電話が鳴りっぱなしの状態でした。特に県外からのお問い合わせが多く、東京営業所を通して最寄りの販売店などをご紹介させていただきました。また、車で30分ほどかけて読谷村まで買いに来てくださるお客さまもいらっしゃるなど、反響の大きさに驚きました。
飯田 今回のプロモーションでは、乾杯と残波を掛けた「ザンパイ」をキーワードとしてロゴを作成し、一連のキャンペーンに使用しました。同音異語に“惨敗”という言葉があるため、反対意見もあったのではないでしょうか?
比嘉 当初、社内から反対はありましたが、私が押し切った部分はあります。乾杯にも「完敗」という同音異語がありますし、良い意味でも悪い意味でもインパクトがある方がキラーワードになるだろうと思い決断しました。
そもそも沖縄では、乾杯の時に「カリー」(嘉利)と声を掛け合う習慣がありますが、調べてみると、嘉利には「おめでたい」「縁起が良い」の他に「神様に捧げる」という意味があるそうです。それを知った時、ザンパイという言葉が妙にしっくりきました。人生は楽しいこと、うれしいことばかりではありませんが、そんな時も「ザンパイ」と杯を合わせて笑顔になってもらいたい。「ハレの日にも、そうでない日も含めて、常に人の喜怒哀楽に寄り添うお酒になれたらいいな」という、私の中にあった残波のイメージに重なりました。
インナーブランディングで社員の意識が変化
西井 プロモーションを通して、どのような成果が得られましたか?
比嘉 最大の成果は、これまで表現できなかった言葉や思いを社内に浸透させられたこと。私一人の力では、自分の思いやイメージをブランディングに落とし込むことはできませんでした。もちろん、キャンペーンを通して得られた成果はたくさんありましたが、今はそれよりも社員が自社ブランドや商品について深く考えるようになったことや、マーケティングとブランディングの違いを理解したことが大きな成果だと感じています。さらに、タナベ経営と一緒に進めたことで、ブランディング以外の部分で学ぶ点が多いにありました。例えば、会議の進め方や課題解決のプロセスなどは、社員にとっても得るものが大きかったと思います。
平井 社員が商品の特徴や魅力を深く知ることで、プロモーションの幅が広がっていきます。
比嘉 ブランディング戦略の背景には、従来のイメージを一新しないと泡盛業界はもとより、アルコール業界で生き残っていけないという強い危機感がありました。おかげさまで県内では広く名前を知っていただいていますが、県外、海外となるとほとんど知られていないのが現状。さらに言えば、沖縄県内であっても若い世代からは「名前は知っているけれど飲んだことがない」といった声が聞かれます。そうした状況を変えていくには、社員教育を図りながら一人でも多くのお客さまに知っていただく努力を続けていかないといけません。
飯田 福岡市の次は首都圏に挑戦されてはいかがでしょうか。
比嘉 来年は、東京オリンピック・パラリンピックというビッグイベントがありますから、それに合わせて東京でキャンペーンを打ってみたい気持ちはあります。ただし、その場合も一気に拡大するのではなく、下から湧き上がってくるような広がり方が合っているように思います。「沖縄の残波って面白いことしているよね」と興味を持ってくださるお客さまが増えた結果、一人でも多くの方に残波を手に取っていただける形が理想です。
飯田 お客さまとの接点づくりに重点を置かれているわけですね。
比嘉 おっしゃる通りです。例えば、プロモーションの一環として3月に那覇空港で販売した、残波のロゴ入り手拭いのガチャガチャもその一つ。ガチャガチャは小銭を使い切りたい観光客に非常に人気があり、幅広い方が購入されます。そうした方にとっては、手拭いを見るたびに沖縄や残波を思い出すきっかけになりますし、お土産にもらった方であれば残波を知る良いきっかけになるはずです。一つ一つは小さなチャレンジであっても、積み重ねによって売り上げが上がっていく。社員と一緒に勉強しながら挑戦し、成長していくのが理想です。
挑戦を続け既成概念を超えていく
飯田 残波の認知度が県外や海外で上がれば、泡盛業界や沖縄産業の活性化にもつながります。
比嘉 沖縄にどう貢献できるかは常に考えています。今回、ザンパの日を設定して3月8日を県外へ打って出るきっかけにしようと決めましたが、同時に、8月3日を裏・ザンパの日として、沖縄県内でキャンペーチームコンサルティング対談ンを実施しようと決めました。読谷村内の企業と協力しながら、ゆくゆくはお祭りのようなイベントを開催できたらいいなと思います。
平井 最後に、今後のビジョンについてお聞かせください。
比嘉 社長に就任して10年たちましたが、ようやく自分のしたかったことを形にできるようになってきました。これからも既成概念を変えるような、新しいことに挑戦していきたいと思います。例えば、イタリア料理を食べながら残波を飲む、和食を食べながら残波を飲むなど、当たり前とされてきた料理とお酒の組み合わせを超えて提供していきたいですし、沖縄に旅行に訪れる外国人観光客の方々に“Japanese Hard Liquor”とお伝えできるくらいさまざまな場面で提供できれば、面白くなります。そういった展開に持っていければ最高です。
平井 残波ブランドが、全国、そして海外へ広がっていくようタナベ経営も全力でサポートしてまいります。本日はありがとうございました。
PROFILE
- ㈲比嘉酒造
- 所在地:沖縄県中頭郡読谷村字長浜1061
- 設立:1948年
- 代表者:代表取締役 比嘉 兼作
- 売上高:18億円(2019年2月期)
- 従業員数:44名(2019年2月現在)