QQTOILET
「QQTOILET(救急トイレ)」は携帯用のトイレ。普段は手のひらに乗るほどのサイズに収まっており、携行するのに支障がない設計。袋を開くと、長さ30cmほどに広がり、しかも本体が自立する。このことで使用時はもちろん、使用後に中身が漏れるのも防ぐ。さらに大きなポイントは、上部のジッパーが二重になっているところ。値段は高いが、昨年だけで3万2000個も売れているスマッシュヒット商品
販売価格 : 594円(税込み)
多摩川クラフト㈲
http://www.tamagawacraft.com/
防災グッズに必要なのは
今年も「防災月間」を迎えましたね。南海トラフ巨大地震が今後30年以内に発生する可能性は70~80%といわれていて、いまや日本に安全な地域はありません。備えあれば憂いなし。今回は防災グッズの話をしましょう。私が考える“関連商品のあるべき姿”とは??というのがテーマです。
まず、非常食で言いますと、私は「普段食べているものに限りなく近い商品がいい」と考えています。その方が緊急時でも心理的に大きな支えとなるからです。
正確に申し上げますと、これは私の考えではなく、以前、ある研究者が教えてくれた話だったのですが、「なるほど」と膝を打ったことを覚えています。
実際、ここ数年で注目されている非常食(備蓄を想定した商品を含む)は、例えば定番のビスケットの保存缶、あるいは大手食品メーカーの長期保存レトルトカレーなどですね。いざというときに、これがあったら、ホッとできるだろうなと想像できる商品群。
で、今回のテーマですが、非常食ではなくて携帯用トイレです。自然災害時はもちろん、登山などのアウトドア、あるいは、家族で出掛ける渋滞覚悟の長時間ドライブなどのことを考えても、いくつか携えておいて損はなさそうな商品です。
携帯用トイレの場合、何が重要な決め手となっているでしょうか。非常食のように、「いつもの生活と同じように」とは残念ながらいきませんね。商品の特性や制約を思えば、そこは致し方がない。
ならば、何が大事なのか。
まあ、いろいろな考え方があると思いますが、今回取り上げる携帯用トイレはその訴求が極めて明快だった。どういう話なのか、ここからご説明していきます。
もともとは門外漢
今回ご紹介するのは携帯用トイレ、「QQTOILET(救急トイレ)」です。値段は一つ600円ほどですので、類似した他の商品よりも価格は高い。しかし、既存商品の隙間を突くような格好で、スマッシュヒットを飛ばしています。
関西地区の生協が仕入れ続けていて主婦層に人気があるほか、北海道の自衛隊の航空部隊からも注文が入っているそうです。
主婦と隊員。この二つの層に共通するのは、携帯用トイレの必要性を切実に感じている点かもしれません。主婦は家族の非常事態に思いを巡らせ、隊員は長時間、屋外で任務する大変さを体感している。
数多の携帯用トイレが存在する中で、そうした二つの顧客層の心をつかんだということは、このQQTOILETに相応の特徴があるという証しでしょう。それが何か、というのは……すみません、もう少し待ってくださいね。
QQTOILETを開発、製造、販売しているのは、東京の稲城市にある多摩川クラフトです。
失礼ながら一般には無名と言ってもいい企業であるだけでなく、主力事業と言いますか、そもそものなりわいは、立体地図などのクラフト造形です。立体地図とは、博物館などでよく見掛ける、54ページの写真にあるようなものですね。そうした門外漢の事業者でありながら、この携帯用トイレは、2018年だけでも、実に3万2000個を出荷しています。この数字、侮れないと思います。
同社の社長、水津慎吾氏は、クラフト造形を通して、ものづくりにまい進するだけでなく、いまから10年近く前、クラフト造形業界が不況で厳しい情勢に見舞われた折、別ジャンルのものづくりにも時間を惜しんで挑んでいたそう。その中から編み出されたのが、テントの中に金属製の円筒型バケツを設置する、簡易トイレだったと言います。これ、非常時やアウトドアで重宝する存在ですね。
ただし、それは複数人で使うような商品です。次は、よりパーソナルなものをと考えていた。
そこに2011年、東日本大震災が日本を襲います。かねてよりつながりのあった行政機関から、「何か便利な携帯用トイレはないでしょうか」との問い合わせを受けたそうです。
水津氏は考えました。ここでこそ、パーソナルな携帯用トイレをものにしたいという話です。
登山ガイドの話を聞いて
でも、皆さんもお分かりのように、この時点で携帯用トイレは、それこそ大小さまざまな企業が販売しているカテゴリーです。
そこへいまから打って出ることに躊躇はなかったのか。
「それはありませんでした。目指すべき方向は見えていたので」
どういうことか。水津氏は考えたそうです。携帯用トイレとはどうあるべきなのか。
私、ここが本当に重要なところだと思います。「先行する他社や、ライバルと目される他社がこんな商品を作っているから、わが社も」という発想では、ヒットはおぼつかないからです。
携帯用トイレであろうが、家電製品であろうが、生活雑貨であろうが、「この商品とはどうあるべきか」という、まさに作り手の旗を掲げて、顧客に問いかける商品こそが、他商品を制し、かつ、後発での参入であっても、多くの人を振り向かせるのは間違いない。
それは、このコラムで過去に紹介してきた、さまざまな商品に共通している部分です。屋台村とはそもそもどうあるべきか、クラフトビールとはどうあるべきか、キッチン小物とはどうあるべきか……。その旗にこそ、ヒットの芽はある。
では、多摩川クラフトの水津氏は、携帯用トイレに必要なもの=こうあるべきという旗を、どう掲げたのでしょうか。
「中身が漏れないこと。それに尽きると確信しました」
ある登山ガイドの話を聞いたのが契機だったそうです。
ある日、使用後の携帯用トイレをリュックサックに収めて下山していた。すると途中で、背中に押される形で、中身が飛び出してしまった。凝固剤で固めていても、それごと袋から漏れてしまったというのですね。
「それでは、せっかくの登山の思い出が吹き飛んでしまうじゃないですか。だからこそ、携帯用トイレで最も大事なことは、とにもかくにも漏れないこと。そこに照準を定めたんです」
高コストでも理解された
具体的にはどうしたのか。本体は再生可能プラスチックにアルミを蒸着処理した素材。そして使用時も使用後も本体が自立するような形状にした。開くと幅広になって、ちゃんと立ちます。
「こうすれば、クルマのフロア面に置いておいても倒れづらいので、安心感が高まります」
さらにここが大事なのですが、本体上部にある、封をするためのジッパー(食品保存袋の「ジップロック」についているようなものです)を、既存の他社商品では一重のところ、念を入れて二重に備え付けました。
「そのことで、結果的に高価格になったわけですが、ここは譲れませんでした。漏れないことこそが勝負どころと踏まえたので」(水津氏)
その結果、第三者の試験機関に依頼して検証してもらったところ、195kgの荷重を掛けても中身は漏れなかったといいます。
つまり、「自立する」「ダブルジッパーを備えている」という、誰の目にも明らかな特性に加えて、客観的な数字でも、その意味を伝えることが可能になったわけです。
ある商品分野においては、マーケティングコスト(宣伝広告費など)をかけるよりも、製造コストをかける方が賢明という提案を、私は常々しています。製造コストを相応にかけることで、商品そのものが「ものを言う」、すなわち顧客の口コミを導く。その結果として、マーケティングに費用を投じるよりも、よほど大きな効果を得られるという話です。
この「QQTOILET」の事例は、まさにそれに当てはまりますね。
つくづく思うのは、なぜ、既存他社は、ここに気付かなかったのか。いや、気付いていても、密封力の違いなど、わずかな差にすぎない、とタカをくくっていたのかもしれません。門外漢の多摩川クラフトは、そこに果敢に斬り込んだ。だからこその成功だと、私は思います。一見わずかな差が、実は顧客にとっては切実なものかもしれない。そういうことです。