ポジション別の事業戦略
縦軸に「市場の魅力度」、横軸に「自社の競争力」を置き、それぞれの高低の組み合わせで「強化事業」「有望事業」「死に体事業」「残り福事業」と4つの象限に分けたものを「ポジション別の事業戦略」と言い、自社の事業をマトリクス上にプロットし、これから進むべき方向を判断する(【図表1】)。「市場の魅力度」は、事業のライフサイクルと将来成長性から判断する。
事業には、開発期・成長期・成熟期・衰退期というライフサイクルがあり、開発期から成長期にかけては、事業成長に伴う先行投資が増大し、キャッシュフローはマイナスとなるため、ある時点で撤退判断が求められる。マーケットの将来成長性が高ければ、事業規模の拡大によるスケールメリットでランニングコストが減少し、キャッシュフローがプラスに転じる。強化事業から有望事業への推移である。成熟期になると競争激化による価格低減が見られ、衰退期に入れば事業規模の縮小によるコスト増加から、キャッシュフローがマイナスとなる危機に陥るため、ビジネスモデルの強化やコストダウンなどによる競争力強化が必要となる。
マーケットの規模が小さく、将来成長性が低くても、自社の競争力が高ければ「残り福事業」に位置付けられる。大企業が参入しないニッチマーケットで勝ち残っている中堅・中小企業は、ここに該当する。このような中堅・中小企業は、現業で固定費をカバーしつつ、成長マーケットの新分野で純利益を稼ぐような事業シフトにチャレンジしていただきたい。
ROA、ROEによる経営判断
前述したポジション別の事業戦略を立案する際、新規事業や既存事業に対して投資するか、撤退するかの判断は、「事業評価指標」によって行う。(【図表2】)
企業利益の源泉は「売上高」であり、シェアを獲得することでスケールメリットが得られる。その売上高を獲得するためにどれだけの費用が必要であったか、その差額としてどれだけの本業利益が残存したかということが求められ、「営業利益率」を重視するようになった。
しかし、その利益を獲得するためにどれだけの資本を使用したかという視点が欠如していたため、「ROA」(投資効率)や「ROE」(運用効率)を追求するという考え方が出てきた。
ROAは保有する全ての資産を活用して得られた利益の割合を、またROEは株主から調達した資金を活用して得られた利益の割合をそれぞれ表す指標である。しかしながら、いずれも事業評価指標としては“ 弱点” がある。
事業責任者が投資機会を見つけて投資を実行すると、固定資産が増加して総資産が膨らむ。その結果、投資効率を示すROAは短期的に悪化する。事業責任者がこの短期的な投資効率の悪化を嫌った場合、長期的視点に立った投資に消極的となり、企業の競争力が損なわれてしまう。
しばらく投資を行わなければ、減価償却によって固定資産は徐々に減少するため、相対的にROAは高まっていく。ところが過度にROAを重視して事業を評価すると、新規投資だけでなく、通常の更新投資まで滞り、急速に設備が陳腐化する。
一方、ROEにおいては、経営者が「財務レバレッジ」(借入金や社債などの他人資本を「てこ」に使い、利益を多く上げること)を効かせ過ぎると、企業の有利子負債が急増し、過小資本(借入過多)に陥るというリスクをはらんでいる。
財務レバレッジを効かせて多額の資金調達を行えば資金が余ってくるため、早急に投資対象を探さなければならない。ROAの投資抑制の弊害とは逆に、投資の成果を急ぐあまり投資判断が甘くなり、バブル景気の時代に見られたような安易な投資行動を誘発しやすい。
ROEは株主が企業全体の経営能力を評価する際の指標としては有用であるが、事業責任者は資金調達の裁量を与えられていないため、事業評価指標としては使い勝手が悪い。そこで、FCF(フリーキャッシュフロー)やEVA(経済的付加価値)、ROIC(投下資本利益率)を指標として重視する上場企業が増えてきている。
後編(8月号)では、ROICを活用したファイナンス思考と投資判断について解説する。