課題発見への注力が事業創造の第一歩
民泊仲介サービスの世界最大手「Airbnb」は、創業者の2人が家賃を払えず、自宅アパートのロフトを貸し出したのがきっかけだった。世界最大のライドシェアサービス「Uber」も、創業者の2人がサンフランシスコでいくら手を挙げてもタクシーが止まらないという実体験に基づいている。
新規事業の創造において、「顧客は誰か?」は非常に重要な問い掛けである。この問いに漠然としか答えられなければ、アプローチが間違っていると言わざるを得ない。
マーケティングでは、「ペルソナ」がよく用いられる。これは、自社の製品・サービスを購入する架空の顧客モデルである。あたかも実在しているかのように、詳細に人物像を設定する。具体的な顧客イメージを練り上げることで全員が顧客をよく理解し、共有することができる。
ここで、もう一歩踏み込んで考えてほしい。仮想の人物ではなく、実在する人物を顧客像として設定すると、どうなるだろうか。
漠然と多くの顧客を対象にするより、実在する特定顧客の困り事は何か、その課題は何かと具体的に考えた方が、真摯に向き合うことができる。また、仮想の顧客課題から出発したソリューション開発は当たり外れが大きい。実在顧客の本質的な課題の発見に注力し、その仮説を顧客にぶつける行動を繰り返すことが重要だ。この段階でのプロダクトは、あくまで課題発見のためのプロトタイプ(試作品)づくりでなければならない。
市場調査や数値データからのアプローチでは出てこない課題、つまり多くの人が気付いていない(意識していない)ニッチな課題を見つけるのだ。まずは課題発見に注力することが第一歩であり、それが結果的に課題解決への近道となる。
では、実在顧客は誰に設定すべきか。さらにもう一歩踏み込んで考えてほしい。自分自身(自社)を顧客に設定するのである。なぜならAirbnbやUberのように、自らの具体的な困り事の解決から、新規ビジネスが生まれるきっかけになった場合もあるのだ。
自社が一番の顧客というアプローチ
金属加工業A社の強みは、積極的な設備投資による生産性の高い製造工程にある。その強みを磨くと同時に、将来的に課題となる人材難を回避するため、A社は工場の自動化(スマートファクトリー化)を検討した。
そこで取り組んだのが、M&A(買収・合併)だった。ロボット技術を持つ企業を自社に取り込み、一気にそのノウハウを入手した。現在は、自社工場のスマートファクトリー化と独自のアプリ開発に取り組み、先々にはそのノウハウを他社へ展開する新規事業を立ち上げていく計画である。
人材採用が思った通りに進まず、このままでは事業を成長させられない。また人材育成の重要性を認識しているが、十分に時間を割けていない。さらに業務効率化を図らなければ、収益が改善しない。このように既存業務を行う上での企業の課題はさまざまであり、課題のない企業はない。課題に対する感度を高め、その課題を解決するソリューションをアライアンスによって生み出し、そのソリューションをさらに外部へ展開することで新規事業を創造する。
既存事業を抱えた組織で新規事業を生み出すには、A社のように、自社が抱える課題からアプローチするというのは有効である。ピンチはチャンス。自社を課題解決の一番の顧客に設定することは、その他大勢の顧客の体験価値を明確にする意味でも重要である。
自らの困り事の解決策を世の中に役立てる視点
新規事業は、ビジネスモデルが新しいというだけではダメだ。世の中に新しい価値をプラスし、人々の役に立つという視点のビジョンが必要である。その原点となるのが、課題解決に取り組むモチベーションだ。従って、自らの困り事が切実なほど、その解決策はそのまま世の中に役立つソリューションとなり、新たな市場の創造につながる可能性が高い。
世の中に役立つソリューションとしてインパクトを持たせるには、“そこそこ”支持してくれる多数の顧客ではなく、たとえ少数でも強く支持してくれるファン、つまり「熱狂顧客」をつくるべきだ。熱狂顧客とは、自社の製品・サービスがないと困る顧客、製品・サービスが持つストーリーに共感してくれる顧客である。この熱狂顧客を早く創造する取り組みが、新規事業のブランディングにおいては欠かせない。
その意味でも、身近にいる熱狂顧客を自社(自分自身)に設定することは、アプローチとして有効だ。価値転換期の今こそ、自らが熱狂顧客となるソリューションを生み出そう。