これからの「採用戦略」を考える:経営コンサルティング本部
「実は、将来を期待していた〇〇課長が来月いっぱいで退職となりました」
将来を嘱望された30歳代後半から40歳代のエース人材の離職の話を、2018年後半から多く耳にするようになった。これまでの転職市場とは異なる流れが生まれている。
2019年3月20日付の日本経済新聞の一面に「スタートアップ転職、年収720万円超上場企業越え」との記事が出ていた。「ITスタートアップへ転職した人の数は過去2年で2.5倍に増えた」とも書かれている。その背景として、「働く人の価値観の変化」「寿命が延びて人生100年時代を迎えている」「年齢を基準としない労働市場の変化」などが挙げられ、40歳代であっても、あと20年以上は元気に働ける時代の価値観の変化がうかがえる。
エース人材の流出に対する危機感は企業によって大きく差があるものの、そのような人材が流出した場合には採用で補おうと考える企業が大半である。しかし、現実としては次のような問題が内在している。
・その人材を採用するための期間やコストはどれくらいかかるのか?
・同レベルの人材が配置されるまでの期間は誰が業務をサポートするのか?
・エースが抜けた社内の空気を回復するためにはどうするべきか?
このような問題が起きている中で、採用のみに目を向けて問題に対する手を打ちきれず、第二、第三のエース人材の離職につながっているケースも出てきている。前述の記事にあるように、優秀な人材がスタートアップ企業などに流れている状況からも、企業選びのポイントが大きく変化しており、かつて企業にとどまることが多かったエース人材であっても、離職をする恐れが出てきていると言える。
そのような離職が続くと、業績どころか企業の存続まで危ぶまれる可能性が出てくる。そこで、これからの「採用」を考える際のキーワードとして次の3点が挙げられる。
2.人的資本の最適化を図る
3.採用力を高める
新卒採用であっても中途採用であっても、人が集まる企業の特徴として「透明性」の高さが挙げられる。ここでいう企業の透明性とは、入社前後の「ギャップがない状態」であり、「自分が思った通りの仕事ができている状態」を指す。
本特集で取材をさせていただいた東山産業(P.15)では、学校とのパイプを生かした採用を成功させている。そのポイントは「学生に対する透明性」と「学校に対する透明性」に他ならない。
例えば、学生・学校に対しては次のような取り組みを行っている。
これらの取り組みによって、学校や学生との信頼関係が強固に結ばれ、採用の成功につながっている。また、リファラルリクルーティングで成功を収めているネクステージグループ(P.11)は、社員が知人に対して自社を紹介する会社説明資料の透明性を高めている。説明資料には次のような記載がある。
・人材の定着率
・人事制度(賃金イメージ)
入社前に聞いておきたい点が明記されており、ネガティブと捉えられる面まであえて打ち出している。リファラルリクルーティングにおいては、会社の正直な姿勢に共感した人材や、入社前から労働時間や休みのイメージを持った「覚悟のできた人材」が入社を決めるというメリットがある。
現在の労働市場において、転職回数や年齢制限などの基準を設けている企業は以前に比べて少なく、機会があれば転職することは難しくない。そのため、入社前に聞いていた情報と入社後の状態にギャップがあると離職につながりやすく、良い情報も悪い情報も口コミ効果によって大きく影響を受ける。
採用が難しい現在において、確実な採用手法となる「人が人を呼ぶ」採用を成功させるためにも「透明性」が重要となる。
ある企業の社長が経営会議の場で、採用に苦戦している人事の責任者に対して、かなり強い口調で話をしていた。「“外部環境が悪い”と言い訳ばかり!そんなに採用が難しいなら、もう採らなくていいよ。在籍しているメンバーで何とかするから!」。周りの空気は凍り付いていたが、この発言は自社の大きな課題に踏み込む一言だと感じた。
人事責任者の姿勢を叱責することもさることながら、自社の業務を合理化するためには改善の余地がまだ多くあり、その改善も強く推進していきなさい、という各責任者に対する意思表示であったのだ。
これからの採用を考える上では、これまでの正社員を前提とした業務分担から幅広く適材適所考え、正社員に固執せず、多様な雇用区分を生かした業務に配置していくことが求められる。まに「人的資本の最適化」である。
そのためにも、自社の業務を棚卸しして、レベルや担当の割り振りを見直すことが求められる。これまでの日本の業務分担はゼネラリスト的な発想が強く、例えば、「工程1→工程2→工程3→工程4」を1人で担っていることが多い。結果的に個人の能力やアウトプット品質が高まる方で、属人化された業務に陥ってしまう。
工程2:Aさん
工程3:Aさん
工程4:Aさん
一方、ドイツなどヨーロッパの国々においては「工程1はAさん、工程2と3はBさん、工程4はCさん」というように区分されている。そのため休暇も取りやすく、業務の代替も可能となるのだ。
工程2:Bさん
工程3:Bさん
工程4:Cさん
そのような工程の区分ができれば、採用の間口も大きく広げることができる。例えば、これまではフルタイムのみの勤務であったところ、午前10時~午後3時(休憩なし)の5時間勤務が可能となったり、在宅勤務での対応が可能になったりと、さまざまな可能性が出てくる。そうなると、高齢者・外国人・主婦層など、対象者の幅を広げることができるため、採用の可能性が大きく広がる。
人手不足はあくまでも、年齢や性別や経験を絞った上での話であり、実際には仕事をしたくてできない層が存在している。また、日本以外の諸外国では労働力人口が増加しており、「出入国管理法(入管法)」の改正なども行われていることから、外国人雇用の追い風に乗るためにも必要な対応であると言える。
前述のような取り組を実現させ、採用を成功させるためには「3つの力」が必要となる。ここでは、3つの力を次のように定義している。
2.採用ブランディング力
3.採用推進組織力
1.採用マーケティング力
採用マーケティング力とは、誰に対して・何を・どのように提供するかを戦略的に進めることを指す。自社の求める人材を定義する際には、「市場で優秀な人材」を採用するのではなく、「自社で活躍できる人材」「自社に合う人材」を定義することが重要である。
2.採用ブランディング力
採用ブランディング力とは、採用マーケティングを通じて得られた解に対し、自社の理念、価値観、強みを適切に発信して、求職者の入社動機を形成する活動を指す。興津螺旋(P.19)では、女性が働きやすい工場であるという自社の環境を、「ねじガール」という分かりやすい表現を用いることによって、採用市場において共感を得た。結果、女性の採用成功につながった。
3.採用推進組織力
採用推進組織力とは、採用活動を推進していくチームなど、採用成功に向けた組織的な活動を指す。採用を成功させるためには、営業活動と同様に、相手の共感や納得感を得て相思相愛の状態をつくることが必要である。応募者と直接対面する採用担当者のレベルアップが、歩留まり率や最終的な成果に直結するのだ。
これまでの採用戦略においては、「いかにエントリー数を確保するか」という点に議論が向かいやすく、有料広告の効果測定を行って、「〇〇ナビが良かった」「〇〇合同説明会は失敗した」などの話をすることが中心となっていた。しかし、時代は大きく変化し、「採用できた・できなかった」という議論ではなく、「雇用」というレベルで自社を考えなければならないのである。
これまで採用は「人事の仕事」と捉えられてきたが、これからの時代は全社を挙げて取り組む必要がある。働きやすい職場、働きがいのある職場に人が集まる。理念や事業に共感し、「絶対にこの会社でなければ自分の思いに合致しない」という求職者がどれだけ来ているか。友人、知人、自分の家族を入社させたいと思ってくれる社員がどれだけいるのか。そのような入社後の働き方にまで魅力を感じてもらえる環境づくりが、これまで以上に重要な時代なのである。結果的に安定した雇用が、業績基盤の確立につながっていくのだ。