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コンサルティングメソッド
コンサルティング メソッド
タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2019.04.26

決断を行うのは、経営者である:稲岡 真一

 

会社の方向を決める経営者の決断

私たちコンサルタントの仕事は、判断を売ることであるといわれている。従って、経営者と多岐にわたる課題をディスカッションし、その時点でそれぞれの会社にとって最適な経営判断を行っている。

しかし、最終的に右に行くか左に行くかの「決断」を行うのは、経営者自身だ。コンサルタントが右だと判断しても、経営者が左と決断すれば、会社としては、左にかじを取ることになる。その決断が会社を良くもするし、悪くもする。それだけの責任を経営者は負っているわけである。

経営者の判断は非常に重要であるとともに、そこが経営者の面白いところでもあると私は感じる。

 

決断しない社長

製造業A社は、短納期対応を強みにものづくりを行い、顧客の信頼を得ることで増収増益、高収益を上げていた。装置産業に属するA社は、設備に一定のキャパシティーがあり、その中で短納期対応を行おうとすると、人海戦術的な要素が強まってしまう。しかし、社員が朝早くから夜遅くまで頑張って働くことで、短納期対応と高収益を維持していくことが可能であった。

ただ私は、人海戦術で短納期対応を行い、収益を上げる収益モデルはいつか行き詰まる時が来ると思い、社長を除く役員メンバーとは毎月、ディスカッションを行い、次のビジネスモデルの検討を行っていた(社長はこれまでの成功体験が強く、現状のビジネスモデルで当面は成長していけると考えており、私たちとのディスカッションには懐疑的であった)。

その後、メイン取引先や新規顧客からの受注が増加。さらに受注の時期が集中したため、製造キャパシティー以上の受注を取り、納期までの期間がこれまでの1.5倍~2倍になる事態となった。その結果、受注しても顧客の要望する納期に対応できないケースや、納期の対応ができないために仕事を断るケースが発生してしまった。

それ以降、短納期が強みであったA社はその強みを自ら失い、主要取引先からの信頼も失ってしまった。その代償は大きく、売上高は毎月10%ダウンとなり、新規の受注件数が大幅に減少する局面に陥ってしまった。納期対応できなくなった理由は、大きく次の3つであった。

〈納期対応できなくなった理由〉

① これまで製造現場の残業で納期に対応していたが、社員から不平・不満が噴出し、これまでのように残業で対応することができなくなった。

② 残業が発生する際、何時間かかるのかが分からないため社員のモチベーションが上がらず、生産性が落ちた。

③ 社員は、「これだけ残業している(=会社は忙しい)のだから、会社は儲もうかっているはずだ。仕事を断っても問題ない」と考えていた。また、仕事をしたところで給料は上がらないという不満もあった。

実は、これらは以前から潜在化していた課題であり、私をはじめ、役員メンバーも解決策を検討していたが、このタイミングで顕在化したのであった。

これらを解決すべく、社長を含む役員5名と月2回の打ち合わせを行い、対策を検討した。前述した根本的なビジネスモデルを変更するということも視野に入れながらではあったが、まずは売上高が毎月10%ずつ落ちている現実を止めるため、今後の方向性と対策の検討に注力した。
 

 

A社の進むべき方向性は?

A社の進むべき方向性として、次の2点が挙げられた。

〈A社の進むべき方向性〉

① まずは、売り上げの減少を食い止めるべく、どれだけ社員に負担がかかっても、これまでのように短納期対応を実行する。

② 当面の売上高は減少するが、積極的に受注をしない。仕事を依頼してくれる既存顧客に対しては、納期を以前のようにしっかりと守る。

①の考え方は、既存顧客に対して謝罪をし、納期対応を確実に行うことを通知。売り上げの減少をまずは食い止めるという考え方である。ただし、即効性はあるが、体制が整っていない中で実施すると、社内はさらに混乱する可能性がある。

②は、当面、売上高の回復は見込めないものの、その間に現場改善を行い、顧客の要望する納期対応が可能な社内体制を構築するという考え方である。

①②を含め、さまざまな方向性を巡って、役員間で議論を行った。しかし、3カ月間は何も進まなかった。理由は、私が参加する会議ではまとまるが、社内で展開する段階になって社長が「もう少し様子を見よう」と言い出すためだった。つまり、社長が決断できず何も実行に至らなかった、ということである。

それが1度や2度ではない。月2回の会議において、役員が何かを決定するごとにそのような状況が起こる。何も手を打たずに業績だけがズルズルと悪化していったのだ。「何もせずに次の繁忙期を迎えることはできない」と、3カ月がたったタイミングで社長にどうするつもりなのかを迫った。他の役員メンバーも同じであった。

結果的には、②の考えをベースにし、当面、売上高の回復は見込めないが、積極的な受注を控える。その間に現場改善を行い、顧客の要望する納期対応が可能な社内体制を構築するという方針で社内の対策を打つことを決定し、推進していくこととした。

詳しい対策については、紙幅の都合上割愛させていただくが、社長が方向性を決断したことで、役員メンバーを中心に、社員に対して正しい現状と対策を伝え、社内は一気にまとまった。現在、改善途中であるが、売上高はいったん下げ止まり、なんとか決算を迎えることができた。

ただ、残念なのは、もう少し早く手を打つことができていれば、売上高の減少幅を現状よりも抑えることができただろう。

A社のケースから学ぶべき点は、

1. 決断するのは社長である。何も決断しないこと自体が悪である。

2. とりあえず何か実行する。成果がでなければ、方法を変えればよい。何も行動しないで、現状より良くなることはない。

3. 会社の状況や情報を可能な限り社員と共有する。

4. 決めたことは社長が中心となってやりきる。

5. よっぽどのことがない限り、社員との約束は破らない。

であると考える。

今回のケースは特殊なケースであるかもしれないが、近年、上場企業の(雇われ)社長も決断することができないといわれている。これは「自分が経営者である時さえ業績が良ければよい」という考え方により、短期的な利益(P / L思考)にばかり意識が集中するからであろう。

この考え方は、投資を含む決断をする場合に多く見られる。しかし、本当に決断が必要なのは会社の業績が厳しい時である。A 社のケースを通じ、経営者こそ「その時」にしっかり決断できる人物であってほしい、またそういう経営者を社員は望んでいるということを私は痛感した。

読者の皆さまの会社でそのようなことはないと願うが、ご自身の行動を再度、振り返っていただきたい。

PROFILE
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稲岡 真一
Shinichi Inaoka
収益モデルを研究テーマに、数多くの企業の業績構造を分析。その中から新しいビジネスモデルに即した収益構造をデザインし、確立することを得意とする。多くの中堅・中小企業の財務戦略構築や推進、指導などに携わり、クライアントの立場に立った真摯な取り組みが高い評価を得ている。