ものづくり業界に求められる“形”:小谷 俊徳
2016年1月、世界経済フォーラム(本部:スイス・ジュネーブ)の年次総会「ダボス会議」で、「インダストリー4.0(第4次産業革命)」がテーマとなった。もう3年が経過したが、その間、製造業は急速かつ大きな変化を求められてきた。
本稿の主題に掲げた「ものづくり業界」とは、言葉通り、モノを作り、販売する業界を指すが、現在はその範囲が急速に拡大している。例えば、米国のGE(ゼネラル・エレクトリック)を中心に提唱されている「インダストリアル・インターネット」では、モノの製造・販売だけでなく、その後の使用状況のデータをフィードバックし、次の製品改良につなげたり、使用方法の提案をしたりと、従来のものづくり企業の発想とは違う次元で事業展開を始めている。
「企業寿命30年説」という言葉があるが、私はある企業の社長から、「今の時代は5年ですよ」と言われた。その社長の意図は、時代の変化が早く、企業を存続させるためにも、時代に即応して変化を起こさなければならないということだ。同じ状態で継続できるのは5年程度でしょう、ということである。企業寿命がそのような状況なのだから、製品寿命に至ってはもっと短命化している。
私のイメージでは、100年以上のロングセラー商品が多数存在しているのは医薬品業界くらいのもので、一般の消費財で同じ商品が100年間も売れている事例は聞いたことがない(それだけ医薬品は特殊なのかもしれないが)。多くの企業は、前述した社長の言葉の通り、常に新しいことに挑戦し、新しいことを始めなければ、存続が危ぶまれる環境にあることを認識する必要があるだろう。
タナベ経営が企画・運営する「ものづくり研究会」が発足したのは2013年。当時の名称は「テクノロジーブランド研究会」だった。理由は、自社の固有技術を活用してブランディングを進めることが大切だと考えたからである。
しかし、固有技術のブランディングだけでは事業存続が厳しい時代へと変化し、ものづくりの原点から見直すために3年目から現在の名称に改めた。
ものづくり企業が行わねばならない一歩目は、「顧客の課題を解決すること」である。しかしテクノロジーブランドとは、自社の固有技術をブランディングして売る。つまりプロダクトアウト(技術起点)に近い発想である。
他方、顧客の課題解決はマーケットイン(需要起点)の発想に変化してきた。わずか3年の間に、ものづくり業界においては時流が大きく変わってきたということである。
2025年の国際博覧会(万博)開催地が大阪に決まった。前回(1970年)の大阪万博「EXPO’70」で、“夢の技術”として出展された携帯電話や電気自動車、ローカルネットワーク(LAN)、モノレールなどがいまや現実のものとなり、広く普及している。
当時、夢の技術と思われたモノは、未来を予測し、そこを起点に逆算して市場が欲するモノ(生活を便利にし、顧客の課題を解決するモノ)の開発を進め、現実のものとなった。今、市場が欲しているモノに着目することも重要であるが、このように未来を見据えた製品開発の発想が求められている。
私があるクライアント先で中期ビジョンの作成を行った時のことだ。その際の参加メンバーは、取締役をはじめとした幹部社員たち。私は冒頭でメンバーに依頼したのは、作成する中期ビジョン計画は3カ年であるが、3年後が着地点ではなく、10年後の会社を見据えた上で、通過点としての3カ年計画であることを常に意識して発想することだった。
3年後であれば、現在の延長線上の発想になってしまいがちだが、10年後は時代も変わり、“延長線上”では考えられない。10年先を見据えて3年後を考えるというのは難しい作業だが、このクライアントにはその発想が必要だと判断したのである。
しかし、ビジョンの作成は難航した。その一番の理由は、一部の役員から出た「10年後は(自分は)もういないから」という一言である(私はそれを聞き、非常に悲しかった)。そこで私は、「自分の部下や後輩、これから入社してくる未来の社員のことを思い、その人たちがワクワクするような企業をつくるためにも、いま自分たちが目指したい企業を想像して真剣に検討してください」と言った。
10年後をイメージすることは至難の業かもしれない。だが、EXPO’70で紹介された夢の技術は、当時の10年以上先を見据えた技術開発であった。この発想ができないようであれば、その企業は衰退し、市場から消えていくだろう。
これまで日本の経済発展を支えてきたのは製造業である。しかし、過去の成功は未来の成功を確約するものではない。過去の延長線上に未来はないと言っても過言ではない。いま、ものづくり企業に求められているのはビジネスモデルを変形(トランスフォーメーション)させることである。
ものづくり企業に求められる、未来を見据えたメーカーズ・トランスフォーメーションを展開するために必要なポイントを次に整理する。
1.アライアンスとオープンイノベーション
過去の日本企業は、守ることが好きだった。社内でも、技術者は自分の技術を誇示するために他の技術者が描いた図面を使うことを嫌い、共有化できる部品ですら自分流に作った時代があった。それだけ企業も個人も技術を囲っていたと言える。
しかし、一企業や一個人ができることは限られており、現在の国際競争に立ち向かうには、「アライアンス」(協業・提携)や、組織外の知識・技術を積極的に活用する「オープンイノベーション」による共同開発で立ち向かう必要がある。
例えば、浅野撚糸は、自社開発した特殊撚糸「スーパーZEROR」の特長を最大限に生かせる用途開発について、あらゆる可能性を探った。その結果、タオルメーカーとタッグを組んで新製品の開発に取り組み、大ヒット商品「エアーかおる」を生み出した。もし、浅野撚糸が自前での開発にこだわっていたら、エアーかおるは世に出なかったかもしれない。
また、ある技術で名を知られるA社は、業界内でその分野における「要素技術銀行」と呼ばれており、「開発に困ったら、A社に相談してみると解決の糸口が見つかる」との評判が広がり、異業種からさまざまな相談が舞い込んでいる。同社は、自前で解決ができない際は、外部の技術をつなぎ合わせるオープンイノベーション戦略によって成功を収めている。
ある開発型企業の社長は、「新たな開発は、過去に活用できなかった開発の掛け算で生まれる」と言っていた。自社では活用できない新技術でも、それを具体的に用途開発できる企業は他にあるはずだ。同じ目的を持った企業間連携を強化することで、「1+1=2」ではなく、3や4にもなるのである。「業界の常識は世間の非常識」と考え、広く外部に耳を傾け、夢の技術を追求すべきだ。
2.ビジネスモデル変革
モノ売りから「コト売り」へ――。そう叫ばれて久しいが、製造業のビジネスモデルはこれからどのように進化すべきなのか。
日本の技術は一流といわれてきたが、海外の技術革新は目覚ましく、日本の技術以上に磨かれているものも多く見られる。日本の製造業は、技術で勝ち残るのか、コストで勝ち残るのか、何で勝ち残るのかを、未来を見据えて考える時が来ている。考え方はいくつもあるが、その一つが、前述したインダストリアル・インターネットのような、製品以外に付加価値を生み出す方法である。
自社製品がどのように使われ、顧客の何を解決しているのか。設計段階で想定した通りに全ての機能が使われているとは限らない。顧客の用途に応じた製品改良や納品後のアフターサービスによる付加価値を生み出すことで、新たなビジネスモデルが誕生する。
アパレル業界のSPAも、登場した1990年代当時は画期的なビジネスモデルであった。顧客ニーズを最も知っているアパレル専門店が製造も手掛けることで、それまでの商流に風穴を開け、市場動向を的確に把握し、流通在庫を減らして、ブランド価値を高めることに成功した。いまやSPAはアパレル業界にとどまらず、「製造小売業」として多くの製造業で取り入れられている。これも今の常識にとらわれず、未来の市場を開拓する手法と言える。
3.スマート化
ものづくり研究会では、2016年にIoTセミナーを実施した。IoTの開発企業と活用企業に参加してもらい、パネルディスカッションも行った。当時の意見としては、「準備の時」というものが多かったが、その1年後にはIoTが一般に普及し、特別な存在ではなくなった。
このようにデジタルデータを活用し、製品、製造ライン、バリューチェーンのスマート化が進んでいる。そこにAIを加えると活用範囲は無限大に広がり、新たなビジネスチャンスが生まれてくる。
京都機械工具も、IoTを活用して工具の進化を成功させた企業だ。工具と言えば「頑丈でなければいけない」というイメージがあるが、同社は安全優先の精神から安全に壊れる工具を開発した。また、適切にボルトが締め込まれているかなどの情報を履歴として取り込んだ。現在は、同社の工具で生産された製品の安全性を担保する機能まで担っている。
ドイツ政府が提唱・推進している「インダストリー4.0」では、生産工程のみならず流通工程から得られる膨大なデジタルデータにより、生産から流通を自動化し、コストの最小化と生産性向上の実現を目的にしている。これを具現化させた「スマートファクトリー」(工場内のあらゆる機器がインターネットに接続し、「見える化」や最適生産を行うこと)が、世界の製造現場で注目を浴びている。
異常の早期察知や不良品発生率の低減など、デジタルデータの本格的活用は始まったばかりかもしれないが、今後の活用範囲の可能性は大いに期待ができる。工場のスマート化を推し進めることで、未来の生産・物流体制が見えてこよう。
これからは少なくとも、2020年東京オリンピック・パラリンピックの10年後、「2030年」を想定した未来構想を検討し、自社の新たな未来を生み出すための戦略判断を行う必要がある。そのためにも多くの情報を吸収し、ものづくり企業といえども製造面だけにとどまることなく、広く縦・横への展開を図り、新たな一歩を踏み出してほしい。