増加する中小企業のM&A
日本企業によるM&A(合併・買収)が活発化している。「中小企業白書(2018年版)」によると、2017年のM&A件数が3000件(レコフデータ調べ)を上回り過去最高となったほか、中小企業の成約件数も2012年に比べて3倍超という。経営者の高齢化や後継者不在による事業承継問題に対し、国のさまざまな支援策が打ち出されていることがその背景にある。
中小企業によるM&Aが増えている中、実際のところその成功率はどの程度なのか。東京工業大学大学院の井上光太郎教授が行った実証研究(2013年)では、上場企業での成功率はほぼ5割だそうだ※。そこから類推すると、中小企業の場合は3~4割といったところだろう。
いずれにせよ、M&Aは半数以上が失敗に終わっていることになる。慎重に事を進めたはずのM&Aが、なぜ失敗するのか。結論から言うと、買収側において、自社のビジョンとM&Aの目的が不明確だったことが考えられる。
現在、好業績の中堅・中小企業のもとには、地域金融機関やM&A仲介会社から企業譲渡の案件がよく持ち込まれる。だが、自社の中長期ビジョンと買収目的が不明確なまま、候補リストから興味のある先を選ぶだけという成約自体が目的化したケースも多い。
タナベ経営では、そうした失敗事例と同じ轍てつを踏まないよう、企業買収を企図する中堅・中小企業に「成長戦略M&A」を推奨している。
※レコフデータ『MARR』2014年5月号235号
「成長戦略M&A」とは
【図表2】マトリクス・アプローチによる買収候補先の絞り込み
成長戦略M&Aとは、自社の中長期ビジョンを実現するために、企業買収の目的と具体的な候補企業を明確化し、積極的に仕掛け(提案)を行うM&Aである。ここでは、成長戦略M&Aのポイントとなる「事前検討フェーズ」を中心に論述していきたい。(【図表1】)
(1)M&Aの成長戦略を策定
自社の現状の経営資源を前提に戦略を組み立てようとすると、現事業の延長線上で何ができるかという思考になりがちである。だが、M&Aでは「現状の経営資源という制約条件を外し、中長期的に自社はどういう姿になりたいか」という思考で戦略を立てるべきである。
中長期ビジョンを明確化すれば、ビジョンの実現のためにどのような経営資源が必要で、そのうち外部から「何を調達するか」(M&Aの目的)が、M&A戦略策定で重要な検討事項となる。ここがはっきりしないと、M&Aが成功したかどうかさえ分からなくなる。
(2)M&A候補企業の選定
自社の中長期ビジョンとM&Aの目的(どの不足を補うか)を明確にした後、買収候補先の企業を具体化する。まず、候補先の大まかな基準を設定したロングリスト(絞り込む前段階の買収候補先)を作成する。“大まかな基準”とは、事業(取扱商材・サービス)、地域、売り上げ規模などで、この時点では買収の実現可能性を考慮せず、対象範囲内に入る企業を広く列挙していく。
作成したロングリストから、事業内容、販売チャネル、地域シェア、製品ブランド力、技術力、株主構成、財務状況などを基準にスクリーニング(ふるい分け)し、候補先を絞り込んでいく(ショートリストの作成)。その際、【図表2】のようにマトリクスで分類し、カテゴリーごとにアプローチを整理することも効果的である。
(3)M&Aの仕掛け(提案)
具体的な候補先を選出した後、買収を仕掛けていく。“仕掛け”と書くと物騒に思われるかもしれないが、敵対的買収というニュアンスではなく、自社と相手先の成長発展を戦略的に提案するという意味合いである。
では、どのように買収を提案するのか。これは、相手先の状況によって接触、提案の仕方が異なる。例えば、後継者が不在で、事業存続と従業員の雇用維持などオーナーが安心して引退できることが求められる「後継者不在型」、財務状況が芳しくない企業が経営の安定化を図る「企業再生型」、また地域・業界で生き残るための「再編型」や、経営統合や合併によってトップシェアを握れるなど明確なメリットがある「合理的M&A」が挙げられる。
こうした買収候補先の状況に応じて、自社との提携シナジーと相手先のメリットを的確に伝え、提案を行う。提案方法は、自社による直接的な提案も本気度を示す意味で有効だが、自社の素性を知られずに相手先にアプローチをしたい場合もあるだろう。その際は、相手先の取引金融機関やM&A仲介会社、コンサルティング会社など外部の専門家を活用し、ノンネーム(匿名かつ大まかな企業概要)での打診から行うとよい。
成長戦略M&Aは、自社のビジョンを高い確率で実現させるための戦略となる。現在のM&Aマーケットは売却側に有利な“売り手市場”となっており、買収側は少ないチャンスをうかがう形となる。しかし、外部の「持ち込み案件待ち」だけでは、自社のビジョン実現の確度は高まらない。しっかりとした中長期戦略を立て、買収候補企業をアウトプットすることで、持ち込み案件への適切な検討が可能となる。
持続的な成長発展を目指す中堅・中小企業は、ぜひとも成長戦略M&Aを取り入れ、自社の中長期ビジョンを実現していただきたい。
M&A成長戦略策定のチェックポイント
②M&Aによって何の不足を補うか
③本当にM&Aでなければ実現できないか
④M&Aを実施することで得られる具体的な効果・シナジーは何か
⑤M&A後、自社における対象会社をどう位置付け、誰が担当するのか