悪循環に陥ると……
「コモディティー化」という言葉があります。
ある商品分野で、品質や性能の競争が行きつくところまで達してしまって、もはやそれらでは差別化しにくい状況になったとします。そうすると、あとは価格面によってしか差異を付けられない局面に陥ってしまう、という話。
いっときの家電製品や生活雑貨などがそうですね。
消費者はどう動くか。「どうせ、どの商品を選んだって性能には大差ない。だったら少しでも安い方がいい」。そんな購入選択をしてしまいますよね。
すると、企業の側も、安値競争に走らざるを得ません。そして悪循環が始まります。売り上げが伸びないから、思い切った機能を打ち出すような新商品開発に踏み切る余力はなくなってくる。
消費者の側からすると、その商品分野の購入にわくわくするような要素が消えるわけですから、購入意欲もそがれていきます。
こうしたコモディティー化に、企業が抵抗する手段はないのか。なかなかに難しいテーマであると思います。何せ、商品特性で他社をリードしようにも、やるべきことはもうし尽くした状態であるとも想像できるからです。それに、消費者は、その商品分野をすでに「いかに値段が安いか」という目でしか見なくなっているわけです。
でも、だからと言って諦めるのはまだ早いかもしれません。
今回取材した益基樹脂(埼玉県三郷市)の事例は、とても示唆に富んでいました。同社は樹脂製品の企画、製造、販売をしている企業です。
プラスチックやアクリルといった樹脂製品など、まさに「コモディティー化の最たる物」と思わせられますが、同社の取り組みには、勉強になる部分が多々あると私は感じたのです。
ブランドを創出する
益基樹脂は、樹脂加工の技術を生かした、店舗ディスプレーや陳列什器の製作を得意としてきた企業です。ただ、5、6年前から「次の一歩を踏み出さないといけない」との思いに駆られたといいます。商品の単価は安くなり、しかも競争は激化の一途だからです。
同社は「toumei(トウメイ)」というオリジナルブランドを立ち上げました。長年の技術を生かして、消費者向けの生活雑貨の企画、製造、販売に乗り出したのです。
樹脂を使った箸置きなどを商品展開しているのですが、とりわけ私が注目したのは、アクリルで作られたコースターでした。グラスの下に敷く、円形のあれですね。
なぜか。コースターって、それこそいろんな素材の物があるじゃないですか。紙もあれば木もあります。つまり、天然素材のコースターが少なくない。それをわざわざ樹脂で作って、本当に消費者が受け入れるのか。
透け感のきれいな一品
このコースターは、「HAKUcoaster(箔コースター)」という名の商品です。値段は1枚864円(税込み)。高いのです、樹脂製でありながら。
で、実際、どれくらいの反響があるのかと、同社の担当者に尋ねたら「2016年の発売以来、当初目標の5倍は売れている」と言う。
まず、この商品のことをお伝えしますね。「箔コースター」、確かに、物がいいのです。表面をマット加工した真ん丸のアクリル板に、渋い金色をしたアルミの箔が押されています。模様は12種類あって、「朝顔」「わたげ」「あみど」など、それぞれに品がある。
可憐でありながらも、使い手に変にこびていないというか、思い切りのいいデザインを成しています。しかも、その透け感がとても美しいと感じさせます。
これ、グラスを置くだけじゃなくて、例えば、上生菓子をこの上にぽんっと載っけても、いい見栄えになりそうです。コースターだけに使うのがもったいない。使い手のセンスを問うてくるような、そんな商品にも思えてきます。
それにしても……。よくこの商品を作り、800円超の値付けに踏み切り、しかも当初予測の5倍の売れ行きにまで育てましたね。
「toumei 箔コースター」ができるまで
「そんなの、売れるか?」
いや、実は開発途上から発売直後までは、社内外から冷淡な声が上がっていたといいます。
「アクリルのコースターなんて売れるのか」と、反対意見もあったそうですし、実際に商品化した後も、「これ、アクリルなんでしょ?」とも言われたそうです。
アクリル素材の商品など、コモディティー化の最たる物だから、1枚800円を超えるコースターを作ったところで、消費者は振り向かないはず、という評価ですね。
でも、担当者に言わせれば、その考え方が本来は誤りらしい。
「アクリルって、もともと高級素材なんですよ」
コモディティー化の波にさらわれるような素材ではないというのです。確かに、このコースターの出来栄えを目の当たりにすれば、高級素材と言われても、納得できます。さらには、「このコースターのような、アート的アプローチを取る場合は、天然素材よりもアクリルの方が相性がいい」とも。
もし仮に、木などの天然素材を用いていたら、「逆にもっと安っぽく、ベタな感じのコースターになっていたと思います」と担当者は言い切ります。つまりは、同社の足元にある樹脂加工の技術を生かし切り、また、樹脂の特性をも存分に引き出したコースターに仕上げた。そこが成否を分けたのだろうと思いました。
「確かに、この商品を出した当時(2016年)アクリル素材というのは、ある意味で逆風だったかもしれません。陶器や木など、どこかほっこりとさせる素材が人気でしたから」それでも売れたのには、2つのポイントがあったと、私は感じました。
まず、商品のアプローチが明確だったこと(アクリルの再評価を促す)。そして、和の模様のデザインが見事だったこと(デザイナーが手描きで起こした線画の風合いを、忠実に再現した)。
素材の良さを殺さない
その前者の方について、もう少しお話ししましょう。担当者は言います。
「先ほども話しましたが、アクリルは本来、高級素材です。その良さを生かさずに作られた商品が、このところ多くなりすぎたのではないでしょうか」
どういうことか。業界全体の話として、ややもすれば「せっかくのアクリル素材を使っても、商品をもっと安くもっと安く、という方向に流れすぎるきらいがあった」というのですね。
加工の仕方にも問題があったそうです。下手に手を掛けすぎると、かえって安っぽく見え、しかもアクリル本来の素材感や透け感は死んでしまう、ということらしい。
その結果、アクリルの持ち味が殺されたような商品が多く出回り、アクリル全体のイメージが悪化。そうした流れから、「アクリル製なんて安物でしょ」という評価が定着してしまった、という話。
だから、「箔コースター」では、アクリルが有する特性がなんだったのかをあらためて考え抜いたというわけです。そうして、透け感の美しい、品のあるコースターが出来上がりました。売れ行きは先にお伝えした通りです。
商品化に当たって、もう一つ大事にしたところがあるとも聞きました。それはパッケージ。
1枚ずつ、透明な袋に包まれているのですが、シンプルながら、なかなかに洒脱な印象です。
「参考にしたのは和菓子屋さんのお菓子の包みでした」
なるほど。それ相応の値段を付ける商品であれば、パッケージングにも当然、細心の気遣いが求められるわけです。“商品の神様は細部に宿る”と私は常々、考えています。こうした戦術も正解だったのでしょう。
コモディティー化にあらがうには、まず、その本来の特徴は何であったかに立ち返ること。納得しきりの取材でした。