「野菜のカゴメ」をビジョンに掲げて、「ピンチこそチャンス」の改革を推進 カゴメ 代表取締役社長 寺田 直行氏
2016年度、17年度と2期連続で売上高・利益ともに過去最高を更新中のカゴメ。2019年には創業120周年を迎える同社の好調の背景にあるのが、収益構造と働き方の改革を同時に進めるビジョンマネジメントだ。代表取締役社長・寺田直行氏に社員の意識を変え、持続的成長に導いた改革の要諦を伺った。
商品のバリューアップで売り上げ・利益を伸ばす
若松 トマトを中心とする加工食品分野をけん引するカゴメは、2019年に創業120周年を迎えられます。寺田社長が就任されたのは2014年。当時は2期連続の減収減益という厳しい環境の中、大胆な改革を進めて変化に強い企業体質を築いてこられましたね。
寺田 急速な円安の進行に加え、原料高騰、野菜飲料全体の需要縮小によって、社長就任時の営業利益率は2%台にまで落ち込んでいました。85年間もトマトジュースを作っているのに、ほとんど利益が出ていなかったのです。収益構造の変化に対してすぐに手を打つべきですが、改革で大事なのは優先順位です。カゴメの生命線は商品ですから、まずは既存商品のバリューアップから着手しました。最初は、国産加工トマトを使用したストレートジュースのバリューアップに取り組みました。それまで濃縮還元ジュースと同じ方法・価格で販売しており、これでは価値が伝わりません。商品名を「カゴメトマトジュースプレミアム」と改めて期間限定販売とし、商品価値を引き上げ、価格も上げました。
若松 消費者の反応はいかがでしたか。
寺田 原料の違いや製法を丁寧に伝えると、お客さまにも納得していただけるものです。その証しに、値上げ前より販売数が伸びて売り上げ・利益ともに増加しています。
若松 会社の顔とも言える象徴的な商品、強みの商品をさらに強くするアプローチは業績改善の要諦。この成功が改革の弾みになりましたね。
寺田 トマトケチャップなどの商品についても、原料高騰を理由に25年ぶりとなる値上げを実施。利益が出ていない商品はリスト化して内容を精査し、終売するかを判断していきました。多くの不採算商品を抱えてしまった原因は、収益構造の変化を現場が知らなかったことにあります。当然、本社は把握していましたが、それを現場に落としていませんでした。転換点となったのは、売り上げ一辺倒だった営業現場のKPI(重要業績評価指標)に限界利益率の考え方を導入したこと。社員が収益を強く意識するきっかけとなりました。
若松 デフレ基調が続く中、バリューアップによる値上げへとかじを切られたのはさすがです。さらなる値下げによって拡販を狙う企業も少なくありませんが、これを続けていくと屋台骨が崩れかねません。価格を上げていくには、消費者の行動や生活を変える新たな価値提供が必要です。
寺田 2016年に発売した新商品「野菜生活100 Smoothie なめらかグリーンmix」は、お客さまの飲用シーンを広げたことでヒットにつながりました。スムージーブームという追い風もありましたが、容器にリキャップ(再栓)式のフタを採用したことで開封しても持ち歩いたり、何度かに分けて飲んだりできるようになりました。
若松 コンビニエンスストアなどの商品はストロー式で、その場で飲み切らないといけませんでした。開封後も携帯できると非常に便利です。商品のバリューアップで値上げに成功されましたが、利益を出すにはコスト削減も重要です。
寺田 その通りです。原価低減に関しては、外部に委託していた生産を内製化するなど、生産部門を中心に進めました。加えて、社内のムダ・ムラ・ムリを徹底してなくしていきました。例えば、社長用の社用車や役員特典だった新幹線のグリーン車使用を廃止したほか、残業や会議時間の短縮、コピー枚数の制限や電子化など。改革を積み重ねていくことで、現場に危機意識が浸透していきました。グループ連結で社員は2500人に上りますから、小さなことでも成果は大きいですよ。水浸しの雑巾は、少し絞るだけでたくさん水が出てくるのと同じです。
若松 細かい部分にメスを入れると末端の社員まで危機感が伝わります。大事なのは「雑巾が水浸し」だと気付く感覚。ピンチの時は思い切った改革ができますし、トップが率先して身を切る行動を示すとインパクトがあり、スピードも上がります。まさにピンチの時こそ改革のチャンスです。
収益構造と働く環境は改革の両輪です。
働く環境を変えないまま収益構造の改革は
進められません。
社員の意識を変える「働き方の改革」を推進
若松 就任当初から働き方や働く環境の改善にも力を入れていらっしゃいますね。
寺田 収益構造と働く環境は改革の両輪です。働く環境を変えないまま収益構造の改革を進めると残業が増えるだろうと予測できたため、20時以降の残業を禁止して「仕事は期限を決めよう」と宣言して徹底してきました。年間の労働時間の目標を1人当たり1800時間と決めました。また、時代に沿って選択制時差勤務や在宅勤務、時間有休などを導入。独自の試みである「地域カード制度」は、希望の勤務地で3年間働ける制度で、総合職であれば在職中にカードを2回使うことができます。実際に、子どもの学校やパートナーの転勤といったライフスタイルの変化に合わせて使う社員もいますし、他社からの関心も高いですよ。
若松 制度化して女性活躍や働き方改革に取り組んでいる企業は多いものの、実態として社員に浸透していないところも少なくありません。制度だけにとどまらず企業文化にするために心掛けていらっしゃる点はありますか。
寺田 有休取得率や女性社員比率を経営目標に入れており、以前は50%程度だった社員の有休取得率が80%まで上昇しました。ただ、「働き方の改革は生産性向上だ」「経営目標だ」と言っても、実際社員の意識は変わりません。当社では、「働き方の改革は生き方改革」という社員主役のメッセージを発信し、社員自身が勤務時間だけでなく、1日の時間全体をどう使うべきか考えるよう促しています。
若松 リーダーシップをとって推進してきた当事者として、社員の変化を感じますか。
寺田 変わってきている感覚はあります。実際に時差勤務で7時半に出社して4時に退社し、これまでやらなかった楽器の練習をしているという社員もいますし、それぞれ家族との時間が増えています。家族との時間というのは、これまで奥さんに任せていた家庭のことを代わりに担うことができる。家族の時間の使い方が変わってきました。
若松 まさに「働き方の改革」が「社員の生き方改革」にもつながっていますね。
寺田 会社以外の時間が増やせれば、可処分時間が増えます。例えば、学生時代にやっていたスポーツ種目で、地域のクラブチームに参加するなど、さまざまなことの両立が可能になります。
若松 一方で働き方の多様化と生産性をどう両立するかは企業にとって難しい課題です。
寺田 間違えてはいけないのは、「休みなさい」と言っているわけではありません。可処分時間のことばかり考えると、会社はうまくいかないですね。鍵となるのは「KPI」です。「あなたの仕事の成果は何か」を定量化して目標にすると評価のバラツキがなくなります。そして、公平公正な処遇。残業分の給与は仕事の成果に応じて社員に配分すること。残業が減っても成果が上がれば給与は上がりますし、逆に成果が下がった人は給与が下がる仕組みです。やる気のある人に、「楽しい」「やりがいがある」と思ってもらえる会社でないと成長していきません。また、期限を決めて成果を上げるツールとして、勤怠や業務内容を個人や会社が把握できる全社共通のスケジューラーを導入するのも良いと思います。