その他 2018.09.28

Vol.37 印象は「最後に焼き付ける」:ジアスルーク&タリー

 

空港にある渋いバー

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ジアスルーク&タリー
「ジアスルーク&タリー」は、新千歳空港のレストランフロアに2011年にオープンした、オーセンティック(伝統的なスタイル)なバー。開放的なスペースに12席のカウンターがあるほか、写真のように「街場のバー」かと見まごうような7席のカウンターもしつらえる。北海道のウイスキー蒸留所の限定物を、ここでは昼間から気兼ねなく飲むことができる。営業時間は10時30分?22時(ラストオーダー21時30分、無休)
〒066-0012 北海道千歳市美々987-22 新千歳空港ターミナルビルディング3F
TEL:0123-46-3959

 

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私は仕事柄、週の半分は出張に出ています。こうした気ぜわしい毎日を送っていますと、「出張のさなかに生まれる、ふとした空き時間を、いかに『旅』に変えるか」に意識が向かいますね。

仕事と仕事の間に少し散策するですとか、印象的な景色を写真に収めるですとか……。中でも大事にしているのは「出張の締めくくりに何をするか」です。まあ、たいがいは「食」になります。

これ、出張客である私と逆の立場――つまり、各地の観光業界にとっても重要なポイントであるはずです。「その地で最後に口にするもの」は、その地の印象を大きく左右する存在になるでしょうし、そこにもし掘り出し物があったなら、その存在がじわじわ広まることが大いにあり得るからです。

ですから、駅や空港の中にある飲食施設は大切なんですね。旅や出張を終える人たちが最後に訪れ、何かを体験する場所に他なりませんので。

実際には、名ばかりの地域料理を食べさせるような店も少なくないのですが、探せばちゃんとあります。まさに掘り出し物と言っていいような店が。

その筆頭格として今回取り上げたいのは、北海道の新千歳空港にあるオーセンティックなバー、「ジアスルーク&タリー」です。実は私自身、何度も同空港を利用していたのに、バーを見逃していました。今から思えば、もっと早く知っておけばよかったと感じているほどの存在です。

 

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北海道を体感できる品ぞろえ

 

 

ここは本当に空港か

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同店のバックバーには、ウイスキーだけで70銘柄ほどをそろえるが、中でもジャパニーズウイスキーのラインアップに注目したい。ジャパニーズウイスキーの旗手と言えるベンチャーウイスキーの「イチローズモルト」が惜しげもなく提供される。ボトルを見せてもらうと、製造者である肥あく土と伊知郎さんの手書きのサインがあった。21時30分がラストオーダーで、深夜便の搭乗客も間に合う。料理などのメニューからも、北海道らしさを感じ取れるのが、また一つの魅力

 

遅くまで営業しているので、ゆっくり楽しむことができる

遅くまで営業しているので、ゆっくり楽しむことができる

 

国内空港でここまでしっかりとしたバーがあるのは、極めて珍しいと思います。

窓のない閉空間、ウイスキーだけで70銘柄はくだらないバックバー。オフィシャル物のシングルモルトに関しては、まず一通りはあるというところでしょうか。要するに、街場のバーに勝るとも劣らない。しかも午前から店を開けています。これは、“最後に立ち寄る一軒”として胸躍る空間ではないかと、私には感じられます。

ただのバーに終わっていないところがまた、心憎い。何かというと、その品ぞろえから、北海道を体感できるようになっているのです。

フードで用意されているのは、例えば、網走産のニシンのマリネやカラフトマスのスモークなど。昼時を外せば、エゾシカをじっくり焼いた一皿も注文できます。

窓のない渋い空間で、(飛行機の出発時刻さえ逃さなければ)時間を忘れて一杯やれるのが魅力であると同時に、ここがどの地であるかをいや応なく意識させられる。つまり「時間を忘れるが、場所は刻み込まれる」という話。

さらに私が評価したのは、ウイスキーの品ぞろえにあります。

北海道と言えば、ニッカウヰスキーの「余市蒸溜所」が知られていますね。このバーに、ちゃんと置いています。それも余市蒸溜所の限定物が何種類も。バーマンに好みを伝えて選んでもらうプロセス一つとっても楽しいものです。「ここは本当に空港か」という気分にもなるし、北海道を発つ間際のわずかなひとときに、こうして旅や出張を締めくくれるというのは、なんともぜいたくな感覚ですよね。

 

 

掘り出し物の一杯が

さらにこのカウンターで、先日、文字通りの掘り出し物に出会えたのです。

それは、「厚岸蒸溜所」(堅展実業)の「ニューボーン」(短期熟成酒)です。道東の厚岸で2年前に立ち上がった、クラフトウイスキー界の注目株として知られる蒸留所の一杯。

この厚岸蒸溜所、ウイスキー好きの間では関心を寄せる人が多い存在なんです。相当に力を込めてウイスキー造りに奮闘しているという話が伝わってきていますから。

しっかり寝かせたウイスキーは2020年ごろ登場しそうです。そんなニューボーンを口にしながら、どんなウイスキーが2年後に生まれるかを考える楽しみが、このバーで得られるのです。

厚岸蒸溜所の手による、ニューボーン第1弾が発売となったのは2018年初めなのですが、すぐさま売り切れて、都内ではもう入手できません。期せずして、新千歳空港のこのバーで再会できたのには、軽く興奮しました。

この「ジアスルーク&タリー」の本店は、同じく道東の網走にあります。同店にとっては、新しく立ち上がった蒸留所を応援したい気持ちもあるでしょうし、厚岸蒸溜所の側からすれば、同じ道東のバーには、しっかりとニューボーンを卸したいという思いがあったのかもしれませんね。

厚岸蒸溜所の存在を知らなかったお客が、このバーでその情報に初めて触れるという効果も得られそうです。「北海道にまた一つ、価値あるものが生まれるのか」と。

バーマンに水を向けてみたら、これから登場しそうな第2弾、第3弾のニューボーンについても、ちゃんと提供し続けたい、とのことでした。うれしい言葉です。

 

 

この店の価値とは

こう考えると、「ジアス ルーク&タリー」が実に面白い存在であることがお分かりいただけるかと思います。締めくくりの一軒としての演出力、そして地元の掘り出し物の存在を伝える発信力は、ともに十二分だと感じさせますね。

ならばなぜ、同じようなバーが他の地方の国内空港にはあまり見られないのか。

まず、やはりバーという業態を空港内に設けることにどれだけの需要があるのか、そこが読みづらいという側面があるでしょう。特に便数の少ない空港では、損益分岐点を割る恐れがありますから。

また、バーである限り、技術力を有するバーマンを配置することが必須ですから、人材確保という面でも難しい部分がある。

それでも思うのです。ジャパニーズウイスキーの蒸留所が全国各地にこれだけ増えていて、日本だけでなく海外でもその価値が評価されている現在、簡易な形態のバーの設置(例えば、技術力が求められるカクテルの提供は諦め、地元のジャパニーズウイスキーの提供に徹する、というような)は、少なからぬニーズを生み出すとも考えられます。

地域の新たな宝を、旅する人に提示するという意味でも、これはあり得る方策でしょう。問題があるとすれば、ジャパニーズウイスキーの販売可能数量自体が払ふってい底気味なことです。あまりに人気が高まり過ぎているので、そこは不安要因と言えます。

 

 

締めくくりを大事に

このバーで過ごす間、私はちょっと別のことにも思いをはせました。旅や出張を締めくくる大事な要素というのは、何も飲食に限った話ではないのですね。

ホテルで言えば、出発する前に口にする朝食の内容はどうか。あるいは、バスやタクシー、駅のスタッフの接遇はきちんとしているか。そうしたサービスの中身も大事になります。

2019年はラグビーW杯が日本で行われます。2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。海外から訪れる観光客だけではなく、国内を移動する人たちもさらに増えることでしょう。

宿泊施設の建設、物販の拡充も重要ですが、観光に携わる事業者やスタッフは、本当に「最後の場面」を大事に考えられているか。正直なところ、私はそこが気になりますね。締めくくりの場面が台無しになれば、それまでの印象はいとも簡単に覆る、それが常でしょうからね。

それぞれの事業者が、それぞれの担うべき場所で、「締めくくりの接遇や演出」を成す。その意識をもっと醸成しなければならないのではないか……。

帰京間際の空港で厚岸蒸溜所の貴重なニューボーンを口にする機会に恵まれながら、そんなことを考え続けた次第です。

9月6日、北海道・胆振地方を震源とするM6.7(推定)の強い地震が発生いたしました。被災された皆さまに謹んでお見舞い申し上げますとともに、被災地の一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。