今こそ物流のプロとしてノウハウを見直す:土井 大輔
“モノを運ぶ”から「価値を運ぶ」物流へ
物流が価値を運ぶ――といわれて久しい。「モノを運ぶ」だけの従来のビジネスモデルでは、今後の物流業の成長は見込めない。
東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年は、ヒトとモノが大きく動くため、短期的に見れば物流業は成長するチャンスを迎えることになる。しかし2021年以降は、市場環境の変化と業種・業界におけるボーダーレス化が進み、他社と同じビジネスモデルでは勝ち残れない優勝劣敗の競争環境に突入すると考えられる。
加速していく人口減少に加えて、世帯数も減少に転じるとみられており、モノを買う「消費マーケット」は確実に縮小する。また、それと並行してトラックの完全自動運転や、倉庫ロボット導入による無人倉庫の普及に伴い、物流業界とは全く異なるプレーヤーの参入も想定される。
今後5年間は物流企業にとって、自社が発揮すべきノウハウ、注力すべきノウハウを明確にして、一段と成長するための資源配分を行うタイミングだと言えよう。
今こそ物流企業が主導権を握るべき
日本ロジスティクスシステム協会がまとめた「物流コスト調査報告書」によると、2017年度の売上高物流コスト比率(全業種)は前年度比0.31ポイント減の4.66%。労働力不足を背景に大きく上昇した前年度(0.34ポイント増の4.97%)から低下し、以前までの水準に戻した。
とはいえ、物流業界を取り巻く環境は、以前と比べて一気に状況が変わった感がある。ドライバーや作業員の人材不足が深刻化し、社会問題となっている。今後、運賃が下がる見込みはほぼない。倉庫内でピッキングや仕分け作業を行うパートやアルバイトの最低賃金も上昇した。場所によっては時給を上げても人の確保がままならないところも少なくない。
そのためメーカーや卸・小売企業などの荷主においては、トラック便不足への危機感から“安定輸送”への関心が高まっている。これは見方を変えれば、物流企業にとって大きなチャンスでもある。物流企業は、いまこそ荷主側の調達から販売までの流通機能を最適化するために、主導権を握るべきだ。元請け機能を生かして自社の“支配貨物”を増やすことで、いわば自社が荷主のような立場で共同物流などを提案していくことが必要である。
まず、荷主との関係を見直すために、物流企業は何をすればよいのか。1点目は「運賃と付帯作業料金の分離」である。荷物の積み込みや納品先での荷降ろしなどの荷役作業は、付帯業務として別途料金をもらうべき性質のものである。だが、多くの運送事業者は荷役作業を“サービス”として行う慣行が長く続いている。しかも「手積み・手降ろし」が多くドライバーに過度の負荷を強いるばかりか、業務を女性ドライバーに任せることができない一因にもなっている。
2点目は「適正価格の設定」である。運賃の在り方は運ぶ荷物の性質や形状、取引条件、地域性などによって千差万別であり、何をもって“適正”とするのかは難しい。物流業界は元請け・下請けの多層構造になっていることが、適正な価格設定をより難しくしている側面もある。一般的に荷主と言えば、メーカーや卸・小売企業などを指すことが多いが、下請けの運送会社からすると、元請けの大手物流会社が“荷主”となるだろう。
過去の取引履歴や物流経費に関わる帳票類、損益計算書、作業別のコストなどから自社に適切な料金を算出し、「契約の書面化」を進めるべきだ。これは自社だけでなく、業界全体での取り組みが必要。1社では何も始まらないが、1社から始めないと何も変わらないのである。
物流会社のノウハウは得意先の物流戦略支援
多くの荷主企業は、自社の物流業務をアウトソーシング(外部委託)の名の下、物流企業へ丸投げをしている。その結果、自社の物流担当が単なる“手配担当”となり、物流実態を自らが把握できないという情けない状態に陥っている例も少なくない。よって、物流は最も重要な機能の一つであるにもかかわらず、人材育成が遅れている。
これは委託を受ける物流企業にとって、得意先の自社への依存度が高まるため、一見すると理想的な状況のように映る。だが、物流業務の一括下請け会社という立ち位置のままだと、物流企業側が不利になることがある。より単価の安い他の一括物流企業へ簡単に“転注”(発注先を変える)されるリスクが高まるのだ。
物流オペレーションに関わる費用が上昇する中、メーカーや卸・小売りは調達から販売までのサプライチェーン再構築が迫られている。だからこそ物流企業は、下請けではなくパートナーという立ち位置から、“サプライチェーンの最適化支援”に資源配分すべきである。
従って、物流企業は「コスト意識」「守り中心」「自前主義」という3点を取っ払うことに注力していただきたい。
①コスト意識を取っ払う
メーカーや卸・小売企業を見ると、調達から販売までのサプライチェーン全体を見ることができず、人材も育っていない企業が多い。そのため、委託先の物流企業と価格交渉して、コストダウンをのませることが“成果”だと勘違いしている企業も少なくない。
荷主側において、運送費・梱包費・保管費・資材費などはコストとして計上されることがほとんどである。だが、「リードタイムの短縮が顧客満足を高める」「商品の鮮度がプロモーションになる」と考えれば、物流業務は広告宣伝あるいは販売促進と捉えることもできる。物流企業が提供しているサービスは、“コスト”ではない。顧客に届ける商品価値を高めるための投資であるということを訴え、荷主企業のコスト意識を取っ払うことが必要である。
②守り中心を取っ払う
物流企業は、得意先に依存したビジネスモデルになっている場合が多い。「出荷確定情報が前日の夕方にならないと分からない」「当日に必要車両台数の変更が入る」など、“急遽対応”が通常対応になっているケースだ。常に急遽対応の発生に備えて車両と人員を確保する。それ自体はよいが、外部の変化にとらわれるあまり、自社が変化することを避ける傾向が強い。物流企業はそうした“守り中心”の風土・意識を取っ払うことが必要である。
③自前主義を取っ払う
トラック車両と人材の確保が厳しい中、荷主企業が主導する共同物流や、モーダルシフト(貨物輸送をトラックから船・鉄道へ転換すること)が活発化している。大手GMS(総合スーパー)は食品・日用品メーカーとの共同で専用列車を運行し、国内食品メーカーも共同配送・共同による鉄道往復輸送などをスタートさせた。その他、ビール大手も鉄道コンテナを活用した共同輸送に着手するなど、“自前主義”を取っ払った効率化の取り組みが進んでいる。
ただ、これらは本来であれば、メーカーや卸・小売業のロジスティクスを担う物流企業が提案すべきことである。だからこそ、下請け物流ではなく、サプライチェーンを最適化するパートナーという考え方が必要なのだ。
現在、物流業界では、IoTやロボットの活用による自動化・省力化が進んでいる。ただ、輸送・保管・包装・荷役など個別機能は自動化できても、全体最適のマネジメントは自動化できない。物流企業は、物流のプロという立ち位置で、自社のノウハウを得意先の物流戦略支援に役立てていただきたい。