改善活動の「本当」の意味:HR事業部
何のために5Sをやるのか
本稿では、ある海運会社の職場改善活動を紹介する。現場や事務所の5S、社員の業務効率化など、現場そのものと働き方の両面から、より良い職場づくりを行うことが課題だ。
海運業という業種柄、その対象エリアは広い。例えば、5Sと言っても船着き場近辺や倉庫、車庫、駐車場、詰め所、休憩所と数棟の建屋……など、広範囲に及ぶ外の区域を回らなければならない。シャシーや包装材、コンテナ、鉄くずといった大規模な不要品やストックが日々発生する中で、規則立てて整然と管理していくのは非常に骨が折れるものだ。
特に5S活動は、日々継続していくことが肝要となる。従って現場の作業者の動機付けが非常に重要である。作業現場の清掃活動と捉えられがちな5S活動だが、「何のために5Sをやるのか」を何度も何度も、しつこいほど繰り返し伝え、不備を指摘し、成果を正当に評価していくことで、少しずつ改善への意識が生まれてくる。
そうすると、何も言わなくても現場の一人一人が、自らの創意工夫で現場の不備や非効率さを是正していくようになる。5S活動の精度を上げるだけでなく、「効率的に作業を行うには、どうすればよいか」「皆が喜ぶためにも、何をすればいいのか」など、職場をより良くする意識が生まれる土壌が出来上がる。
本当の“改善”とは、5S活動の結果、「目の前の景色が変わる」ことによる改善体験を積むことで、その人の働き方の意識が変わることにある。そして、目的意識を持った前向きな社員の存在が、職場を明るく変えていく。
その取り組みから、社員の姿が見える?
「カイゼン」と聞くと、どうしてもトヨタ生産方式のような合理化の方法論に終始しがちである。ある工場のマネジャーの実例を紹介しよう。その工場では、“カイゼン”と称して合理的な工程組みや歩留まり向上、またロスカットのための施策を主導的に実践していた。貴金属加工の工場だったため、特に「切り粉」(加工時に発生する切りくず)の管理が原価管理上、重要だった。
切り粉は「減り」という用語で管理していた。元の素材である金やプラチナが最終製品になった時、加工前に比べて何パーセント減ったかという管理である。通常は10%ほどだが、これを9%にするだけで利益率が大きく変わってくる。
そのため作業服に付着した切り粉を振動機で落としたり、空気中に舞った粉をエアダクトで集塵したり、下水をろ過したりなど、目に見えない粉まで回収するべく、努力していた。しかし、こうした管理は人の行動を制限することはできても、人の行動自体を変えることはできなかった。
マネジャーは試行錯誤する中で、1%の改善は、実は微妙な作業方法や工具の管理・工夫で簡単に実現できるレベルだと気付いた。現場の従業員と向き合い、彼らの意識と行動を変えるだけで、抜本的に解決できるものだと分かったのである。
結局、そのマネジャーは、そこで働く人たちの姿を見ず、方法論ばかりに目を向けていたのだ。カイゼン活動に取り組む管理者は、実際に現場で働く人たちの姿が見えているだろうか。変えるのは方法論ではなく、実行する従業員の意識と行動にあるという視点をぜひ持ってほしい。
現場の声に耳を傾ける
こうした現場改善活動において壁となるのは、「変わることは面倒」と考えている従業員の意識である。今のままでも、取り立てて大きな問題が起きるわけではない。現状維持が心地良い。そんな惰性が必ず表れるものだ。
しかし、「このままでよい」と考えている従業員ばかりではないことも事実である。「このままでよいはずがない。何かがおかしい、変わらなければいけない」。そう感じている従業員は多い。これは私の経験上からもそう言える。何かを変えたいが、変える方法が分からず、日々の業務に忙殺されているだけなのである。
以前、ある会社で現場の声を聞くため、オペレーターの社員と面談を行った。彼女は、「毎日、終業時間間際にお客さまから問い合わせが来るので、残業して対応しています。終業後の予定なんて、入れられないです。友達とも会えない。なんでうちの部署だけって思っちゃいます……」と言う。
この社員を始め、同社の従業員たちは責任感を持って業務に当たっている。しかし、それゆえに無理をしてしまい、誤解を恐れずに言うと「自分の生活を犠牲にしてまで」業務に従事していた。
そこで、なんとしても業務内容の見直しを行い、現場を変えようと経営者は決意した。作業時間の見通しを「見える化」し、残業時間が削減できるよう、経営陣・現場が一体となって改善活動を進めている。
経営陣と社員をつなぐ改善活動
これはあくまでも一例にすぎないが、どんな現場にも課題は山積みである。企業経営者や管理者は現場を見つめ直し、課題を見つけ、真の改善活動に取り組んでいかねばならない。
タナベ経営が5S活動で重視している点は、社長を含め経営陣と一緒に現場を回る、ということである。いわゆる「MBWA」(マネジメント・バイ・ウオーキング・アラウンド=歩き回る経営)と呼ばれるものだ。
普段は社外にいることが多い経営陣にとっては、社内をウロウロと歩き回るだけで、現場の改善活動の過程や変化を肌で感じ取れ、従業員のことも知る機会となる。さらに、従業員にとっては現場で改善活動に励む自分の姿を経営陣にアピールできる機会となる。それが何よりの動機付けとなるのだ。
現場の改善活動が、会社のトップと現場をつなぐ。そこから経営陣が新たな気付きを得る可能性は大いにある。トップや経営幹部の目線と、実際に現場で作業を行う従業員の目線は当然、異なる。経営陣は現場と同じ目線で、従業員が抱える課題を共有してほしい。会社は、経営陣だけでは成り立たない。従業員全員で運営していくものなのである。