その他 2018.06.29

AIは労働者の敵か、味方か

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2018年7月号

 

 

AIは労働者の敵か、味方か

 

 

技術の発展が職を奪う――。マクロ経済学では、テクノロジーやオートメーションの進歩によって労働者が職を失うことを「技術的失業」と呼ぶ。電話交換機の発明で電話交換手が職を失い、自動改札機が開発されて切符切りの駅員が消えた。電算写植の導入で印刷所から文選工や植字工が去った。

 

そしていま、新たに仕事を奪う先端技術と危惧されているのが「AI」だ。英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フレイ博士の共同論文(『雇用の未来』、2013年)によると、「今後20年間で米国の総雇用者の約47%の仕事は自動化されるリスクが高い」という。また、今年3月に死去した理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士は「完全な人工知能の開発は、人類の生存に終止符を打つだろう」と警告。「AI脅威論」がかまびすしい。

 

少子高齢化による人口減少という「静かなる有事」が進行する日本。人手不足を補う存在としてAIへの期待が高まる一方で、急激な技術進歩に伴う大量失業・職業消滅への社会的懸念も高まっている。では、実際の労働者自身はどのようにAIを捉えているのだろか。

 

マクロミルが2017年9月に行った調査結果によると、「自分の仕事がAIに取って代わられると思うか」との質問に対し、「いいえ」と答えた人が6割に上った(【図表1】)。また、今年2月に日本労働組合総連合会(連合)が発表した調査結果でも、AIの普及が「不安である」と答えた人は1割程度にすぎず、半数以上の人は「期待している」と回答した(【図表2】)。AIの普及で「仕事が楽になる」と考える人が多く、失業への不安を訴える人は意外に少ない。

 

 

【図表1】自分の現在の仕事がAIに取って代わられると思うか (年代別)

自分の現在の仕事がAIに取って代わられると思うか (年代別)

出典 : マクロミル「AI(人工知能)に関する調査」(2017年9月12日)

 

 

【図表2】今後、AIが普及することに対してどう思うか (単一回答)

今後、AIが普及することに対してどう思うか (単一回答)

出典 : 日本労働組合総連合会「AI(人工知能)が職場にもたらす影響に関する調査」(2018年2月16日)

 

 

各機関がまとめたAIによる労働への影響面を見ると(【図表3】)、「労働人口の約半分の仕事が代替される」(野村総合研究所)、「従業者数が735万人減少する」(経済産業省)といったものから、「ただちに失業を意味するわけではない」(厚生労働省)や「自動化リスクの高い仕事は9%にすぎない」(OECD)などの試算もあり、見方が分かれている。必ずしも「AI普及=失業」というわけではなさそうだ。

 

 

【図表3】AIによる労働への影響
AIによる労働への影響

AIによる労働への影響

出典:厚生労働省労働政策審議会労働政策基本部会資料 「技術革新が労働に与える影響について(先行研究)」(2017年12月5日)を基にタナベ経営作成

 

 

P.F.ドラッカーは、企業にイノベーションをもたらすものの1つとして「人口構造の変化」を挙げている(『イノベーションと企業家精神』ダイヤモンド社)。人口の増減や年齢・性別構成、雇用状況などの変化にイノベーションの機会があるという。見方を変えれば人手不足はイノベーションのチャンスになるのだ。

 

過去のイノベーションを見ると、人手不足を補うために生まれていることが多い。例えば、自動電話交換機の発明だ。20世紀初頭、米最大手の電話会社AT&Tの調査部門が、15年後の人口と電話交換手の予測を行った。すると、20年後には17歳~60歳までの全ての女性が電話交換手にならない限り、交換業務の対応が不可能になることが分かった。そこで同社の技術者は自動電話交換機の開発に着手し、その2年後に手作業だった交換業務の自動化に成功した。これによって電話網が一気に拡大し、現在のIT産業へとつながり、高賃金と莫大な雇用を生み出した。

 

技術革新が起きると仕事の合理化が進み、人間の合理化が始まる。だが、同時に、従来はなかった職種が生まれるのも確かだ。AIの普及は、逆に職を増やすかもしれない。とはいえ、労働者がAIの知識を習得せず、今までの仕事のやり方に執着していると、業務手当どころか失業手当をもらうはめになりかねない。

 

先の連合の調査で、「現在のスキル・技術で(AIに)対応できると思うか」という設問に対し、「できないと思う」と回えた人が約7割(67.3%)もいた(【図表4】)。AIの普及でビジネスパーソンが危惧すべきは、失業ではなく、自身のスキルアップだろう。

 

 

【図表4】今後、自分自身がAIに関する知識・スキルなどの能力発揮を迫られる場合、現在のスキル・技術で対応できると思うか(単一回答形式)

今後、自分自身がAIに関する知識・スキルなどの能力発揮を迫られる場合、現在のスキル・技術で対応できると思うか(単一回答形式)

出典 : 日本労働組合総連合会
「AI(人工知能)が職場にもたらす影響に関する調査」(2018年2月16日)