3つの「びっくり」
私は常々、商品をヒットさせるキーワードの1つは「びっくり」であると考えています。「何だ、そんな簡単な言葉でひとくくりにするのか」とあきれるかもしれませんね。では、もう少し説明しましょう。
「びっくり」には、3つの種類があります。
まず「そんなバカな」。1970年代に発売となったソニー「ウォークマン」が、まさにそれですね。こんな手があったのか、という商品で、消費者と音楽の関係性をがらりと変えました。
次に「そこまでやるか」。一例としては、今年で開園35周年を迎えた「東京ディズニーランド」における、スタッフの接遇などが挙げられます。あの演出力はやはりすごい。
最後は「分かっていたのに」。私は、今後、これがより重要なポイントになるのではと踏んでいます。「分かっていたのに」とは、消費者というよりも、あまたのライバル事業者が、「やられた!」と悔しがるような「びっくり」です。
それを実行すれば顧客を驚かせ、購入に走るはずと、頭のどこかでは理解していたけれども、コストや手間の問題をはらんでいると考えたり、あるいは、本当に市場になじむかに確信を持てなかったりしたために、商品化しなかった。ところが、ある1社が動いて発売したら、見事にヒットしてしまった、というもの。
虚を突かれた格好になる他の企業にしてみれば、そのヒットぶりを眺めるにつけ、本当に地団駄を踏みたくなるほどの思いに駆られるでしょうね。
塩の味が違う理由
春夏秋冬4つの塩
今回、山口県の長門市を訪れ、取材してきました。同県の北西端、日本海に面した半島の先にある油谷島で製造されている「百姓の塩」の話です。この塩を作り、販売しているのは百姓庵。10年前から塩の製造を続けています。
この百姓の塩ですが、私の感想は、先ほどお伝えした3つの「びっくり」のどれにも当てはまる快作と言って差し支えない。
室町時代から伝わるような製法をそのまま用いているから?違います。日本各地を探せば、伝統的な作り方をしている塩はまだまだあるでしょうね。
では、美しい海からくみ上げた海水を使っているから?もちろん、そのことが百姓の塩にもたらしている効果は多分にあります。ここ油谷湾は、森から流れ込む淡水と、きれいな海水が重なり合う汽水域であり、その水はミネラルをふんだんに含んでいますから、塩作りには絶好です。
事実、百姓庵のご主人は、全国を巡り歩いた末、他ならぬこの地を塩作りの拠点としたほどらしい。しかしながら、それをもって私が「びっくり」だと表現したわけではないのです。
百姓の塩と名付けられた商品、実は4つあるんですね。4つと聞いて、ピンときた方はさすがです。お分かりになりますか。私はすぐには気付きませんでした。
春夏秋冬。仕込む時期ごとに分けて、「春塩」「夏塩」「秋塩」「冬塩」という4商品があるということです。ああ、そこか!と深くうなずきました。
海の状態を再現する
4つの季節の塩をそれぞれなめてみました。「そんなバカな」というほどに、食感も味も異なっています。海水の状態が四季折々で違うのですから、考えてみたら当たり前ですが、そう言われるまでは考えたこともありませんでした。
春塩は、海藻が茂ってくる頃の海水から作られます。これ、天然のダシが効いているような感覚です。試しに、この春塩で、タイのカブトの潮汁を作ってみたら、驚くほどに味わいが膨らみました。
夏塩は、最もパンチがある印象です。梅雨を経て、森のミネラルが海に流れ込んでいる海水なのですね。これは、牛のステーキ肉を焼いたのにぶっかけると、力強さをより発揮してくれました。面白いなあと思ったのは、汗をかく夏って、人は塩分を欲するじゃないですか。そんな季節の海水で作られる塩というのは、やっぱり力感がある。自然の摂理にかなっているんですね。
秋塩はどうか。辛さや甘み、苦みなどのバランスが最も取れているのではないかと感じさせます。これは塩むすびでしょう。秋になったら新米でも試してみたいなあと思いました。
そして冬塩。とてもあっさりしています。触った感じ、パウダースノーのようにふんわりしています。静かに春を待つ海水から塩を作ると、こうなるのですね。冬の白身魚の刺し身に合わせてもみたいですが、もう1つ。この冬塩をカクテルのソルティドッグに使ってみたら、絶妙な1杯になりました(冬の終わりの塩で作ったのが、前頁の画像です)。
塩になる元の海水は、季節ごとに状況が異なるわけですから、そうあってしかるべきなわけですね。
さて、「びっくり」の2つ目である「そこまでやるか」で言えば、百姓庵の製法は徹底しています。
油谷湾からくみ上げた海水を、まず2週間かけて、立体式の塩田で、濃度が高くなるまで循環させます。風と太陽の力で水分を蒸発させて塩分を濃くしていくのです。
次に、釜に移して1週間ほど煮詰めていく。まきの火でじっくりじっくりと炊く作業です。
そしてさらに、煮詰まった塩の上層部から下層部まで、しっかりと混ぜ合わせていくといいます。この技法は「天地返し」と呼ばれるもので、それにより、天然のミネラルのバランスが元の塩水の状態そのままに再現される塩が仕上がるそうです。
聞けば、そこまで徹底した工程を守っている製造拠点は、現在ではそう多くないらしいのです。百姓の塩では、この天地返しの手法を用いているからこそ、季節ごとの塩が、それぞれの持ち味を明快に表しているとも言えます。
ただ単に伝統的技法を用いる、というのではなく、「四季折々の海のありよう」を極めて忠実に生かすための工程を取っているということでしょう。まさに「そこまでやるか」だと思います。
あと1つ。そもそも、海水をくみ上げて塩作りに携わっている生産者であれば、季節ごとに味わいや食感が異なることは気付いていたはずです。しかしながら、季節ごとにわざわざ商品を分けるという発想は、まずなかった。
その意味で、百姓の塩は、まさに業界にとって「分かっていたのに」と声を上げてしまう商品ではないかと、私は見ています。
室町時代から存在する伝統的な手法
高くても試したくなる
その結果、本州の北西端で仕上げられたこの塩は、東京・銀座に2017年登場した人気スポット、GINZA SIXでも取り扱われるほどになりました。
季節ごとの塩は、それぞれ180g入りの小袋で885円(税別)です。また、限定で発売されている「四季の塩のセット」は、80g入りの瓶が4個入って4000円(同)。いずれも塩としては、高額です。
でも、四季の塩を試せるというのは、ちょっと面白い、大人の遊びだなあ、と思わせます。食に聡い人であれば、こんな着想の調味料に振り向くでしょうし、どんな塩なのかを言い添えながら誰かに贈りたくもなります。
汽水域の海水をくみ上げられる格好の地を全国に探し求め、風と太陽の力、まきの力を得ながら仕上げていく。さらに、天地返しの手法をとることにより、海水のミネラル分を忠実に再現する。そして、仕込んだ季節の塩ごとにパッケージへ包む……。おそらく、これらのどれか1つが欠けても、このような唯一無二の商品は生まれなかったのではないでしょうか。
「びっくり型」の商品を生み出すための大きなヒントを得た――。そんな感慨すら抱きました。