2018年 年頭指針
「5つのポスト」は現状否定のチャンス
タナベ経営は2017年10月に創業60周年を迎えました。これも皆さまのご支援があってのことと心より感謝申し上げます。これからも「企業繁栄に奉仕する」という創業精神と、「ファーストコールカンパニーの創造」を使命に掲げ、コンサルティングファームのパイオニアとして活動してまいります。
新年に当たり、私共が皆さまへご提言させていただく2018年度の経営指針は、「生産性カイカク戦略―成長する未来を、いま切り拓こう」です。「改革」をカタカナにしたのは、生産性の向上とは単なるコストダウンやコストカット、効率追求ではない、というメッセージをお伝えするためです。
「経営の神様」といわれる松下幸之助翁は、「5パーセントのコストダウンをはかるより、30パーセント下げる方が容易な場合がある。5パーセントのときは、今までの延長線上で考えがちだが、30パーセントともなれば、もはや発想を根本的に転換せざるを得ず、そこからまったく新しい発想が生まれてくることがあるからである」(『松下幸之助日々のことば』PHP研究所)と述べています。同感です。5%の改善は「現状肯定」から始めることができますが、30%の改革は「現状否定」から始めないと難しい。現状否定から始め、従来の生産性アプローチを超える「超生産性アプローチ」が、生産性カイカクなのです。
これまでも、2020年をターゲットに「中期3年2回転の経営」を提言してきました。今年は2018年、後半の3年間に突入する今こそ、私たちは価値観をリセットする必要があります。一言で言えば、「『5つのポスト』経済の到来」(【図表】)。ポスト金融緩和(2018年4月?)、ポスト平成時代(2019年5月~)、ポスト消費増税(同年10月~)、ポスト東京五輪(2020年9月~)、ポスト・アベノミクス(2021年9月~)。こうした「5つのポスト」経済下に成長できる企業体質を創っていかなければなりません。
今は戦後2番目に長い景気回復のさなかにありますが、実は水面下でポスト経済を控えて強烈な価値観の変化と産業構造の転換が起きています。従って、生産性を単純なコストダウンではなく、「生産性とは戦略である」と捉えるべきでしょう。具体的には、「ビジネスモデル投資」「働き方改革投資」「人材活躍投資」という3つの戦略投資によって生産性をカイカクすることです。
ポスト経済は、暗い経済ではありません。しかし、明るい経済でもありません。成長するために変化できるチャンスが大きい環境なのです。
波乱含みの世界経済米国と中国の動向に注視
次に、2018年の世界経済の現状について確認しておきましょう。世界経済の基調をまとめると、「波乱はあっても成長する。その成長スピードが変化する」。IMF(国際通貨基金)が2017年10月に発表した世界経済見通し(WEO)によると、2018年の世界経済の実質GDP成長率は3.7%(2017年は3.6%)。「3LOW(トリプルロー:低成長、低インフレ、低賃金)」からのステージアップがベースとなります。
米国は、トランプ政権が掲げる3大改革(医療保険制度の改廃、税制改革、インフラ投資)のうち、「オバマケア改廃法」の成立が絶望的です。しかし、共和党政権の基本政策である連邦法人税率の引き下げは、昨年11月に現行の35%から20%へ下げる税制改革法案が下院で可決されました。一方、家計債務残高が2007年のリーマン・ショック直前の水準に達しており、返済負担増加のリスクも懸念されています。特に学生ローンの割合が増加傾向にあり、トランプ政権が学生ローン向けの財政支援縮小を打ち出せば、消費低迷の引き金となる可能性もあります。
米国の2017年1~10月の新車販売台数は前年同期比1.7%減。2年連続で過去最高を更新した2016年とは違い、頭打ちの様相です。製造業のけん引役でもある自動車産業が低迷すれば、雇用・経済に与えるマイナスのインパクトは大きい。金融政策が景気の鍵を握るといえるでしょう。
欧州は、堅調な内需に支えられ好調に推移しています。欧州委員会が発表した2017年10月のユーロ圏総合景況感指数は114.0。市場予想を上回り、2001年1月以来ほぼ17年ぶりの高水準に達しています。ただ、気になるのは労働コストの上昇です。欧州連合(EU)統計局が発表した第2四半期のユーロ圏労働コストは前年同期比1.8%増と、2年ぶりとなる大幅な伸びを示しました。低賃金から脱却する動きが進んでおり、労働力コストの上昇をカバーできるだけの付加価値向上が得られるかが、今後の焦点となります。また、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が2018年から量的金融緩和の縮小を表明している点にも、注視していく必要があります。
一方、中国経済は過剰債務、住宅バブル崩壊、資金流出という3つのリスクを抱えています。IMFの独自試算によれば、中国の銀行融資のうち「不良債権、要注意先、グレーゾーン(銀行融資部分)」の合計が対GDP比で12%に達しており、債務リスクは依然として高い状態です。
過熱する不動産マネーと金融緩和縮小局面での下振れリスクにも注意が必要です。不動産やインフラを投資対象とするファンドの運用額は、2017年上半期で過去最高水準の875億ドル(約10兆円)に上ります。不動産価格は高騰しており、上海の新築住宅価格は平均年収の20倍以上ともいわれています。これが、「世界バブル」「ハイパーインフレ」と呼ばれる兆候の1つなのです。
また、中国の産業構造は第3次産業へ移行しつつあり、製造業では高度化が志向されています。GDPに占める研究開発費比率は英国を抜いてフランスに接近しており、先進国並みの水準に達しています。
ASEAN5(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム)は、資源輸出依存度が低いフィリピンやタイ、ベトナムで資源価格の下落が追い風になっています。ベトナムとフィリピンは米中への輸出依存度が高いため、米国経済や中国経済の好不調が自国の景況に直結するでしょう。フィリピンとタイは、サービス輸出が高水準で推移しています。
国内環境は過去最高水準業績の改善を賃金に転嫁できるか
日本経済については、2018年の実質GDP成長率が0.7%(IMF予測、2017年は1.5%)。補正予算による財政効果が剥落し減速する見通しです。なお、OECD(経済協力開発機構)の見通しでは1.2%となっています。現在、企業業績は堅調に推移しています。損益状況を四半期ベースで見ると(財務省「法人企業統計」)、2017年7~9月期(金融・保険業を除く全産業、以降同)の売上高は前年同期比4.8%増と4四半期連続で増加しました。経常利益も同5.5%増と5四半期連続で増加し、7~9月期としては過去最高を更新しました。要するに「増収増益」です。さらに売上高経常利益率は全産業で5.3%。ちなみに前期(17年4~6月期)は6.8%で、これは1985年以降で最高水準でした。
個人消費に目を移すと、スマートフォンの普及やICT(情報通信技術)革新、都市化、単身化や高齢化といった変化が個人消費の構造を大きく変えていくと予測されます。また、実店舗からインターネット販売へのシフトにより、2016年の日本国内のBtoC-EC(消費者向け電子商取引)市場規模は15.1兆円(前年比9.9%増、経済産業省調べ)まで拡大しています。いずれにしましても、個人消費の鍵を握る賃金上昇に、企業の増収増益をどれだけ転嫁できるかがポイントになります。
国内消費を支えるインバウンドも増加傾向にあります。2017年の訪日外国人客数(推計値)は、11月4日時点の累計値で2016年の年間数値(2404万人)を上回り、年間合計が5年連続の過去最高となる2800万人を超える見通しとなりました。政府は新たな目標(2020年に訪日外国人客数4000万人、訪日外国人旅行消費額8兆円)を掲げましたが、空港のキャパシティーや宿泊施設の不足、宿泊施設で働く労働力不足などの課題を抱えています。特に「接客・給仕」「飲食物調理」などのサービス職の有効求人倍率は全職業平均を大きく上回っており、人手不足が深刻です。
ところで、タナベ経営では「経常利益率10%経営」を提言し続けてきました。粗利益率40%で経常利益率10%が理想のバランスです。その理由は、これがブランド力によって生み出される値だからです。たとえ戦略投資および償却後の経常利益率が8%だとしても、付加価値の額や率が高まるのであれば問題ありません。最も悪いシナリオは、低い経常利益率を放置した結果、戦略投資もできないまま、景気の腰折れによって損益分岐点を割り込んでいく経営です。
関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。