メインビジュアルの画像
100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2017.07.18

みんなが幸せになるために会社は存在する 伊那食品工業 取締役会長 塚越 寛氏

201708_100taidan-01
2017年8月号

 

家庭用寒天「かんてんぱぱ」で知られる伊那食品工業は、国内寒天市場のシェア8割を占めるファーストコールカンパニー。
創業以来48期連続増収増益という驚異的な実績を持つ同社だが、その本質は社員のハピネス(幸せ)を追求する独自の経営哲学にある。混迷の時代に会社はどうあるべきか ――。
「売上高や利益は企業存続の手段にすぎない」と言い切る取締役会長の塚越寛氏に伺った。

 

社員のハピネスの総和こそ企業価値

 

若松 ここ「かんてんぱぱガーデン」は心が落ち着くような、素敵な場所ですね。この対談前にガーデン内の「そば処栃の木」に昼食で立ち寄ったのですが、予約も何もしていなかったのに「タナベ経営さんですね」とスタッフの方に声を掛けていただきました。

 

塚越 今回の対談のことをどこかで聞いたのでしょう。当社は社員に対して秘密をつくらず、何でもオープンにしています。会社は一枚岩になることが大事。そのためにはコミュニケーションです。私たちは社員旅行を毎年実施しており、1年おきに海外に行くのもそのためです。特に、2018年は創業60周年ですから、ヨーロッパへ行こうと計画しています。

 

松 ヨーロッパ旅行は社員の皆さんにとっても良い記念になりますね。塚越会長は日頃から「社員を幸せにするために会社がある」と明言されています。

 

塚越 社員を大切にすると、目に見えて社内の雰囲気が良くなります。それがモチベーションにつながることを、これまでの経験から確信しています。今でこそ採用に苦労しなくなりましたが、創業からしばらくは人手不足が深刻でした。社員の定着率も低かったため、少しでも長く働いてもらえるように職場環境の改善に取り組んできました。常に、「どうやったら社員が楽になるか」「働きやすくなるか」という視点で、社員のためにお金を使う。こうした会社の姿勢が伝わるとモチベーションは上がりますし、環境改善は自分のことですから社員も真剣に考える。考える習慣が身に付いてより良い提案が出るようになる。そうして会社が少しずつ良くなっていくのです。

 

若松 社員が成長した分だけ企業が成長する、ということですね。しかし、昨今は売上高や利益だけで企業の成長や良さを測ろうとする風潮が強くなっているように感じます。

 

塚越 そうした考え方はあまりに短絡的だと思います。売上高を成長と捉えると、「自分だけが儲かればいい」となってしまう。利益についても、払うべきものを払わなければ会社の利益は増えますが、それでは周囲は豊かになりません。使うべきところに全部使った後に残ったものが利益です。だから私はいつも「利益はウンチ」だと言っています。人間は、排せつするために食べているわけではありませんね。もちろん、利益は大事です。利益がないと会社は経営できませんから。

 

201708_100taidan-02

木漏れ日の美しい「かんてんぱぱガーデン」

 

 

「どう儲けるか」ではなく「どうあるべきか」が大切

 

若松 急成長ではなく、木々が育つように、毎年少しずつ成長し続ける「年輪経営」を実践されています。創業当時からこうした経営哲学、経営方針をお持ちだったのでしょうか。

 

塚越 いいえ。社長代行就任当時は不良債権があって、資産らしいものなんてない日本一貧乏な会社でしたから、売り上げを上げることに必死でした。しかし、ある程度の規模になって経営が落ち着いたころ、会社はどうあるべきかを考えるようになりました。そのころ、二宮尊徳翁や松下幸之助氏の著書をはじめ、とにかく本をたくさん読みました。中でも影響を受けたのが、出光興産創業者の出光佐三氏が書いた『働く人の資本主義』(春秋社)。何度も読み返すうちに、「企業は本来、会社を構成する人々の幸せの増大のためにあるべきであり、そのために大事なことは会社が永続すること」という考えにたどり着きました。

 

松 昨今は最短距離で規模を拡大するためのノウハウが重視されがちですが、塚越会長は経営の踊り場に立たれた時、どうやってさらに儲けるかではなく、「どういう会社になりたいか」に目を向けられたのですね。

 

塚越 目先の効率は長期的には非効率。「急がば回れ」ということわざがありますが、伊那食品工業でも、生産性向上より社員の環境改善に対する投資を優先してきたからこそ、社員が定着して会社がここまで大きくなったのだと思います。まずは社員が幸せになるために、そして世の中のために資金を使うことを意識してきました。

 

若松 最近は「働き方改革」などの言葉もありますが、とっくの昔からそれを実践されているのですね。私の経験では、経営不振の原因のほとんどは過剰投資と販売不振ですが、伊那食品工業の場合、景気動向に関係なく社員の幸せのために投資し続けてきたわけです。

 

塚越 社員が働きやすい環境をつくることが第一です。現在も寒天の生産工程の一部で自動化に取り組んでいます。建物・設備合わせて7億円規模の投資ですが、新たに自動化されるのは1つの工程のみ。この工程は大変な作業ですから、毎朝1時間ほどかけて事務担当も含めた全社員で行っていました。全員で行うというのも1つの工夫だったのですが、そこを自動化すれば社員は楽になります。改善後の生産性は今とあまり変わらないので採算は合いませんが、無借金経営ですし、長い目で見ればプラスの効果が大きいと考えての投資です。

 

研究開発で挑む高度の専門化とブランド化

 

若松 会社の設立から16年目の1973年、自社内に研究室を開設して技術や用途の開発を進めた結果、成熟商品と考えられていた寒天の可能性は大きく広がりました。ブランドを生み出した経営と大きな関係があると推察します。早い段階から研究開発に力を入れた理由をお聞かせください。

 

塚越 当初、研究室は10人でスタートしました。当時の社員数は約100人でしたから、その1割を開発要員に充てようと決めました。これは今も同じで、社員数約500人のうち、50人が研究開発に携わっています。メーカーは今後、研究開発が重要な存続スキルになるだろうと考えていました。1割と決めた理由は特にありませんが、遠くをはかるにはこれぐらいの人材が必要だろうと思います。

 

若松 寒天という素材を高度な専門性で業務用寒天、業務用食材、業務用ゲル化剤、家庭用製品と、総合展開されています。企業は成長過程において下請けで終わる企業と自社ブランドを持って開発力で成長できる企業の2つがあります。その大きな違いはブランドにある場合が多いのです。塚越会長のご著書『リストラなしの「年輪経営」』(光文社)の中で「『いい会社』をつくるための10箇条」が印象に残りました。

 

塚越 当たり前のことを当たり前に行うことは決して簡単なことではありません。だから、私は10箇条として明文化し、常にそれに照らし合わせて戒めとしているのです。

 

「いい会社」をつくるための10箇条
1. 常にいい製品をつくる。
2. 売れるからといってつくり過ぎない、売り過ぎない。
3. できるだけ定価販売を心がけ、値引きをしない。
4. お客様の立場に立ったものづくりとサービスを心がける。
5. 美しい工場・店舗・庭づくりをする。
6. 上品なパッケージ、センスのいい広告を行う。
7. メセナ活動とボランティア等の社会貢献を行う。
8. 仕入先を大切にする。
9. 経営理念を全員が理解し、企業イメージを高める。
10. 以上のことを確実に実行し、継続する。
出典 : 塚越寛著『リストラなしの「年輪経営」』(光文社刊)