トラスコ中山 東京本社にて
約27万8000点のアイテムをオリジナルカタログ『トラスコ オレンジブック』に掲載、即納体制の物流網を整備し、ドライバー1本から無料配送。年商約1665億円、総資産経常利益率11.5%、売上高営業利益率7.8%という業績(2015年12月期)を誇るトラスコ中山。同社は、「使命」と「善悪」を戦略判断の基準とした独創的な経営スタイルを貫いている。「業界の常識は世間の非常識」の実践で広がった“未見の景色”はどのようなものか。代表取締役社長・中山哲也氏に話を伺った。
損得で選択しても良い結果は得られない
若松 1959年に「中山機工商会」として創業し、1964年に「中山機工株式会社」を設立。その後、現在の社名へ変更した1994年に中山社長は就任されました。
それからしばらくして「モノづくり支援業」を宣言し、「問屋を極める、究める」をキーワードとして顧客価値に徹底的に寄り添われています。
独創的なビジネスモデルは、どのようにして組み上がっていったのでしょう。
中山 どんな事業もまず「志ありき」だと思います。「儲(も)うかりゃいい」ではなく、人や社会のお役に立ってこそ事業といえます。しかし、私の入社当時を振り返ると、父が創業した会社になんとなく入って、なんとなく仕事をしていました。
恵まれていたのは、父の決断をすぐ横で見てこれたことです。経営者というのは、その時々で厳しい判断をしなければならないが、3年、5年、10年と時を経ると、「儲かりゃいい」で選択しても良い結果にはならないということを、実地で学ばせてもらいました。そこから、物事の判断は損得勘定ではなく善悪で判断する「取捨善択」の考えが生まれたのです。
もう1つ感謝しているのは、社長を交代してから、父が一言も「ああしろ、こうしろ」と私に言わなかったことです。事業承継後の創業者にありがちな千手観音のような干渉やコントロールはゼロ。その代わり私も、一言も父親に相談したことはありません。どうしたものかと悩んだ時は、自社の意義や存在価値を考えるようになり、日本の製造業を支援するのが当社の役割だということをあらためて認識したのです。
その思いを言葉にしたのが、企業メッセージ「がんばれ!!日本のモノづくり」。ただ、言葉だけで会社は良くなりませんから、施策を1つずつ具現化して今があります。
若松 「志定まれば、気盛んなり」。吉田松陰の言葉ですが、まさしくそうなっていったのですね。並の経営者であれば、取り扱うモノの価値を高めようとするところです。そこを「モノづくりを支援する」というコトの価値、本質的価値をビジネスの先にあるものとして設定したが故に、簡単にはまねできないモデルとなったのでしょう。
そうした努力を重ねた結果が、創業以来の無借金経営、自己資本比率81.4%(2015年12月期)という強い企業体質の実現につながっているのだと考えます。
中山 志を持てば、やるべきことと進むべき方向が見えてきます。そして、進むべき方向が見えた後に大事なことは、本質を見極める目を持つことです。例えば、売り上げを増やすには、誰しも「販売店さまと人対人のつながりが大事」と考えますが、私はこれが違うと思っています。
最初の頃、当社の営業社員は「大手企業には勝てない。使っている交際費の額が違うから」と言っていました。確かに接待をすれば喜ばれるでしょうが、ビジネスをしている以上、必要な商品をいち早く届ける方が大事じゃないか。それで物流システムを整え、在庫をそろえる方向に脇目もふらず進んでいきました。当然、経営効率や在庫回転率がどうのといった声が当時は出ましたが、気にせず徹底的に在庫を置きました。すると、見えてくる景色が全く違ってきたのです。
顧客にメリットのない在庫回転率
本質を見極めた「やめる経営戦略」
若松 注文に対してどれだけ在庫から出荷(ヒット)できたかを表す「在庫ヒット率」が88.2%(2015年12月期)とのことですが、在庫回転率ではなく在庫ヒット率を指標にされている理由を教えてください。
中山 在庫回転率にこだわらない理由は簡単。お客さまにとって何のメリットもない指標だからです。当社にとってお客さまへのサービスのバロメーターは、在庫ヒット率をどこまで引き上げ、いかに即納できるかということ。ナンバーワンの利便性を提供することが使命であり本質的なことであって、それが一番の競争力になるのです。
若松 一番に選ばれるには理由があり、その理由を何にするかは、会社によって違います。ロングテールのビジネスモデルを創ったアマゾンの創業が1994年。中山社長の就任と同年です。BtoBとBtoCの違いはありますが、違う国、違う地域で同じものを目指して進んでこられたのですね。
ところで、「景色が違ってきた」とは、どのように変わったのでしょうか。
中山 機械工具の卸売業界は、大小さまざまな企業がありますが、大手卸企業は「細かい工具や消耗品などの品ぞろえはトラスコにかなわない」ということで、機械や設備、家電製品へ重心を移していきました。その結果、今では相互補完的な関係になってきています。中小卸企業はというと、やはり在庫数や即納体制ではかなわないということで、次第に当社のお客さまになってきました。これが第1の変化です。
第2の変化は、ネット通販会社との取引が増えてきたこと。トラスコ中山に“コンセントをつなぐ”と、約27万8000アイテムの中から欲しいものが即日届くため、利便性が高いということで当社に声を掛けてくださる。今までやってきた問屋業をいかに掘り下げて強くするかというところが、ネットビジネスが強くなってきた今の時代においても、ちゃんと生きているなと思います。
第3の変化は、メーカーの代理店から注文が来るようになったこと。1つのメーカーには複数の代理店があり、代理店同士はコンペティター(競合)です。在庫していない注文が来た場合、代理店はメーカーにその商品を発注します。しかし、メーカーの出荷は商品ロットが決まっていたり、運賃を負担しなければならなかったりと、条件が多いことがある。結果的にトラスコ中山から買った方が便利で安いという訳で、代理店から当社に注文が来るようになりました。目先の在庫回転率にとらわれていたら、こんな景色は見えなかったでしょうね。
若松 業界の常識を覆した結果なのですね。ただ、常識をおかしいと考えても、志と信念がないと戦略的投資も含めて勝負をかけられません。
中山 もう1つ「やめる経営戦略」も大事です。これまでやめてきた中で一番大きなものは手形取引。今では貸し倒れもほぼありません。物品受領書もやめました。これにより業務の効率が上がり、紙も保管スペースもいらなくなりました。
取扱商品ではコメ、背広、貴金属などをやめました。年商1000億円前後の頃は100億円近い売り上げがあった商品でしたが、本業と関係ないことをしていては競争力が付かないと気付いてやめました。
ただ「これ、やめたらどう?」と言うと、決まって社内から100ほど、やめられない理由が出てくるんですよ。
若松 私たちは変化のステップを「捨てる、改める、新しく」と提言していて、まずは捨てるものがないか考えます。でも捨てるのは怖い。故に、組織はなかなか変化を受け入れないものです。
中山 だから、手形取引を全廃した時、私は社内でほとんど相談しませんでした。だが、いろんなものをやめ、本筋のところに集中した結果、さまざまな良い効果が表れてきました。特に労働時間の短縮にかなり役立っています。その一番の理由は「在庫があるから」。注文の処理はWebで自動的にできるため、余計な仕事をしなくてよいのです。