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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2016.07.29

多角化と国際化の100年ブランド企業、変化と成長のグローバルビジョンで200年へ挑む キッコーマン 堀切 功章氏

201608_100taidan-01 (左)キッコーマン 代表取締役社長 CEO 堀切 功章 氏 (右)タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦  

2017年に設立100周年を迎えるキッコーマンは、売上高4083.7億円(連結、2016年3月期)、海外売上比が57%に達するグローバル企業だ。現在の中期経営計画では、2018年3月期に売上高4400億円、営業利益360億円(いずれも連結)を目指す。同社の代表取締役社長CEOの堀切功章氏に、200年企業に向けた新たなビジョンを伺った。

  創業8家による事業継続の知恵   若松 キッコーマンはしょうゆの国内シェア27%、また売上高(2016年3月期)の約57%を海外事業が占めるグローバル企業であり、米国では日本のしょうゆを「Kikkoman」と呼ぶほど一般家庭に定着しています。1917(大正6)年の設立ですから、2017年には100年企業になられますね。   堀切 千葉県の野田と流山で17世紀からしょうゆやみりんを製造してきた8家が、身内での競争をやめて経営の近代化を進めるために合同し、「野田醤油」を設立したのが1917年です。   ただ、一族が祖業となるしょうゆの醸造を始めたのは、今から350年ほど前。現在編集している設立100周年の社史では、設立前史についても紹介する予定です。   若松 堀切社長は13代目でいらっしゃいます。歴史の長い会社は、事業承継の「憲章」などを設けて、承継スタイルをルール化、明文化しているところもありますが、キッコーマンはいかがですか。   堀切 明文化したものは特にありません。単一ファミリーではなく、創業8家が合同で経営しているからでしょう。ただし、不文律のようなものは存在します。創業家の跡取りで入社できるのは基本的に1世代1人とする、創業家の出身でも社長や役員になるとは限らないといったものです。   若松 「100年の計」と呼べる組織存続の知恵ですね。事業承継についてはどうですか。   堀切 その時々に応じて最も適格と思われる人物が経営を担うことになっており、創業家で持ち回るようなことはありません。実際、私の前任と前々任の社長は創業家以外の出身ですし、堀切家は創業家の1つですが、社長に就いたのは私が初めてです。   若松 「その時々において最適の人物を社長に据える」という価値観を創業家で共有しているのが強みですね。経営者候補の選択肢が広がり、会社存続と正しく向き合えます。   堀切 確かに、単一ファミリーの経営だと、子どもが生まれなかったり、子どもは生まれたけれど他の道へ行ったりして、事業承継が難しくなることがありますね。当社の場合、創業家から入社するのは各家の跡取りとなる人間だけで、後継者としての教育は各家で施し、入社後は各人が切磋琢磨(せっさたくま)しながら成長していきます。   しかし、それでも承継が難しくなったことは過去何回かありました。その場合は養子を迎えたり、創業家以外の人間に経営を託したりなど、状況に合わせて柔軟な対応を取っています。創業家以外の人間でも、キッコーマンで育った人材にはその哲学や風土が浸透しています。   若松 私はビジネスドクターとして「後継者候補は5人必要」と提言しています。「5人のうち1人は病気、1人は家庭の事情、1人は事故、1人は能力で脱落し、残る1人が社長」との仮定です。   以前、大和ハウス工業の代表取締役会長・CEOの樋口武男氏と話をしたとき、非同族であるにもかかわらず、樋口氏から強烈な創業精神を感じました。同族・非同族に限らず「後継経営者の選択肢が多くなる経営」は、会社存続のメソッドの1つといえます。   事業承継は最大の事業戦略。キッコーマンの後継者育成の価値観に共感します。   201608_100taidan-02 キッコーマン㈱ 代表取締役社長 CEO
堀切 功章(ほりきり のりあき)氏
1951年千葉県生まれ。74年慶應義塾大学経済学部卒業後、同年キッコーマン醤油(現キッコーマン)入社。社長室、大阪支店、営業企画部等を経て、95年プロダクト・マネジャー。その後、関東支社長、常務執行役員経営企画室長、取締役常務執行役員国際事業第1本部長兼国際事業第2本部長を経て、11年に代表取締役専務執行役員(兼キッコーマン食品代表取締役社長)就任。13年より代表取締役社長CEO(同)。公益社団法人経済同友会幹事、日本醤油協会副会長も務める。
  食と健康を事業ドメインに多角化と国際化を強力に推進   若松 200年続く会社は、現在、日本に約3100社あるといわれます。企業総数400万社の中の0.08%しか200年企業になれない計算です。100年企業も全体の0.6%しかありません。特に創業60年から70年で、生存率が大幅に低下します。理由は、事業転換ができないからです。   一方、キッコーマンの事業領域は、歴史を重ねるにつれて広がっています。どのように事業と向き合っていらっしゃるのですか。   堀切 長く会社を続ける秘訣(ひけつ)は「変化」です。時代の変化に合わせ、自社を変えていかねばなりません。当社の場合は、しょうゆを軸にして同心円を描くように事業を広げてきました。多角化です。現在は「食と健康」をドメイン(事業領域)に、多角化とさらなる国際化を推進しています。   若松 タナベ経営では「変化を経営する」という言葉を使って、変化をマネジメントできない会社は生き残れないと説いています。キッコーマンの場合、事業領域をどのように変化させるかは、経営者の判断で決めているのでしょうか。   堀切 CEOがリーダーシップを取りながら、ボードメンバーの合議制で決めています。どんなに強烈なリーダーシップを持った経営者も、周囲と相談しながら合議制で進めてきました。家憲の中にも「重要なことを判断するときは自分だけで決めてはならない。周りの人とよく相談しなさい」との項があります。   若松 コーポレートブランドに関しては「キッコーマンの約束」という表現をされています。私は「ブランドとは顧客との約束」と定義し、「日本企業は100年ブランドを目指そう」と提唱しています。キッコーマンは、まさにこれを実践されています。   堀切 ブランドの価値を決め、さらに磨き上げるために何をすべきかを再定義したのが、2008年の新コーポレートブランド導入です。その際に、当社がお客さまへ提供する価値を明文化したキッコーマンの約束「こころをこめたおいしさで、地球を食のよろこびで満たします。」をベースに、コーポレート・マークとコーポレート・スローガン「おいしい記憶をつくりたい。」を作成しました。食と健康が全ての出発点になっています。また、グループの将来ビジョンとして同年に策定したのが、「グローバルビジョン2020」です。   目指すべき姿、5つの基本戦略を示した「グローバルビジョン2020」   若松 「グローバルビジョン2020」では、目指す姿として「キッコーマンしょうゆをグローバルスタンダードの調味料にする」「食を通じた健康的な生活の実現を支援する企業となる」「地球社会にとって存在意義のある企業となる」を挙げ、それを実現するための5つの基本戦略を定めておられます。それが、「しょうゆ世界戦略」「東洋食品卸世界戦略」「デルモンテ事業戦略」「健康関連事業戦略」「豆乳事業戦略」です。まず、しょうゆ世界戦略とは、ますます世界へ向けてしょうゆを広めていくということでしょうか。   堀切 高収益のビジネスモデルを展開しながら、しょうゆをグローバルスタンダードの調味料にしたいと考えています。世界中どこに行ってもキッコーマンしょうゆがあり、家庭の中で日常的に使われている状態です。これは、もしかすると達成にさらに100年を要する目標かもしれません。   若松 しょうゆを世界中の人々が当たり前に使う調味料とするのですから、たいへん夢のある目標ですね。キッコーマンはそれを実現できる可能性を持っていると感じます。   堀切 国内市場では量的な広がりが限定されるため、価値を高めることがテーマになります。一方、海外市場ではまだまだ量的な拡大を期待できます。同じしょうゆを販売していても状況は全く異なるわけです。   若松 東洋食品卸世界戦略も幅広く展開されているのですか。   堀切 日本食を中心とした東洋食品を提供しています。1969年にしょうゆの販売チャネルとして資本参加した会社を、その後、完全子会社化。この事業が大きく成長しています。   若松 デルモンテ事業戦略は、トマト製品の事業戦略ですね。   堀切 米国のデルモンテ社と提携し、国内生産を始めてから半世紀以上がたちます。ケチャップなどのトマト製品をつくり出したのは、当時の経営陣が人口動態を分析して「しょうゆはいずれ頭打ちになる」と判断したからです。その後、フィリピンとインドを除くアジア・オセアニア地域での商標使用権と販売権を取得し、シンガポールを拠点に事業を展開しています。ケチャップも国内では頭打ちですが、中国をはじめ、アジアの新興国に欧米式の食文化が本格的に浸透するのはこれからなので、大きな成長が期待できます。   若松 健康関連事業戦略と豆乳事業戦略の展開はいかがですか。健康関連事業では、総合病院も経営されていますね。   堀切 健康関連事業戦略は、バイオ事業や健康食品の拡大を推進しています。健康食品とは当社が培ってきた技術をベースにしたサプリメントなどです。また本社近くに「キッコーマン総合病院」を有し、野田市の地域医療に貢献すると同時に、食と健康を医療を通じて実現したいと考えています。   キッコーマンの名前が付いた病院だけに、入院中の唯一の楽しみである食事には力を入れています。塩分やカロリーを控えた献立でも満足感が得られるよう工夫したり、食器をプラスチックから陶器に替えたりして「日本一おいしい病院食」を目指しています。最近では高齢者施設などに食材を卸す企業が病院見学に訪れるようになりました。   豆乳事業戦略は、M&Aで紀文食品から豆乳事業を譲り受けてスタートしました。健康志向で豆乳のマーケットが広がる中、キッコーマングループの新たな柱として育て上げる計画です。   201608_100taidan-03 ㈱タナベ経営 代表取締役社長
若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
  創業の精神と変化の創造が次の100年をつくる   若松 「過去の実績は、必ずしも未来を保証しない」「未来は予測するためではなく、創るためにある」。私はこれが経営の原則だと考えます。次の100年を見据えた取り組みを聞かせてください。   堀切 当社の経営陣が多角化と国際化という戦略を選択したのは50年以上前。つまり、半世紀前の意思決定が、現在のキッコーマンを形成したのです。われわれの役目も半世紀先、1世紀先という視点で会社の在り方を探索すること。その時代に「どうありたいか」「どうあるべきか」を議論しています。これまでの100年を振り返ることも大切ですが、本当に意義があるのは、次の100年をどうするかを考えることです。   最近の変化は非連続的でスピードが速いため、変化が起きてから対応していては手遅れです。故に、変化の先取りが必要ですが、これは至難の業。一番確実なのは、自分で変化をつくり出すことです。エクセレントカンパニーと呼ばれる会社は、マーケットそのものも含めて、自らの手で変化を創り出しています。   若松 同感です。そうしないとライバルや環境に陳腐化させられてしまいます。これからは、子どもへのブランド浸透が重要度を増していくでしょう。ボリュームゾーンは高齢者ですが、子どもはかけがえのない“未来”なので最重要視すべきです。   堀切 当社は2005年に「食育宣言」を行い、現在のコーポレートスローガンである「おいしい記憶をつくりたい。」を食育スローガンとして掲げました。食育の重要性は、さまざまな教育現場で証明されていますが、実行するのは難しい状況です。そのような課題を解決するため、当社の社員が「しょうゆ博士」として小中学校で出前授業を行い、食の大切さを訴求する「キッコーマンしょうゆ塾」などを展開しています。   若松 世界的なリーディングカンパニーであるキッコーマンには食育を普及させる使命(ミッション)があり、それが存在意義にもつながります。食の未来を切り開く使命を実現し、世の中になくてはならないキッコーマンであり続けることをお祈りします。本日は誠にありがとうございました。    

PROFILE

  • キッコーマン㈱
  • 所在地:〒278-8601 千葉県野田市野田250
  • TEL:04-7123-5111
  • 設立:1917年
  • 資本金:115億9900万円
  • 売上高:4083億7200万円(連結、2016年3月期)
  • 従業員数:5933名(2016年3月31日現在)東証1部上場
  • http://www.kikkoman.co.jp/