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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2025.01.06

フロンティア戦略。湧き上がる未開のマーケットにアジャストせよ 若松 孝彦

2025年の日本経済は、脱デフレ転換で堅調に推移する中で、さまざまな分野や産業で新しい未開のマーケットが湧き上がってくる。新しい市場や技術に投資していくことが未開のマーケットを切りひらき、自社と接点のなかった非顧客を顧客化していくことになる。加えて、自社やグループ内だけではなく、業務提携や資本提携、オープンイノベーション活動など、「共創」の経営技術に投資して俊敏にアジャスト(最適化)することが不可欠だ。
 

インフレ経済への大転換が進行中

2020年から3年間に及ぶ新型コロナウイルスのパンデミックという「人類対ウイルス」の戦争状態に陥り、これが完全収束する前にロシアのウクライナへの軍事侵攻という「人類対人類」の戦争が勃発し、今なお継続中です。その結果、「世界同時価値転換」「世界同時インフレ」「世界経済分断」という世界的インパクトが起こりました。 これを受けて、日本経済はデフレ経済からインフレ経済への転換が進み、「失われた30年を取り戻す新しい30年」へ向かう大きな潮目に直面しています。経営者は今までと異なる価値観の下、次の30年に向けて大きくかじを切っていく戦略判断が求められるのです。 このような状況下で、戦略を構築・推進するために押さえておくべきキーワードは次の3つです。 1つ目は、「悪いインフレから良いインフレへの転換期」。CPI(消費者物価指数)は2021年以降、上昇傾向に転じてインフレ経済へ進み始めたことを示しています。これを放置すると、物価だけが上昇して景気は好転しない「悪いインフレ(スタグフレーション)」に陥ってしまいます。昨年も提言したように、企業は価値転嫁による単価アップを実現することで、収益を上げて賃金を向上させて消費拡大へとつなげ、需要の拡大によって物価を上昇させる「良いインフレ」のサイクルを回し続けることが求められます。 2つ目は、「非顧客の顧客化」。経営学者のピーター・F・ドラッカーは、「非顧客に注目せよ」と言いました。シェア20%を獲得していても、裏を返せば80%は非顧客ということです。今まで自社が目を付けてこなかった顧客やマーケットに注目し、その変化を捉えるべきです。今、経済サイクルの転換と社会や顧客の価値観の転換が同期化して新しいマーケットが湧き上がっていますが、マーケットの発生に気付かずチャンスを取り逃がしている可能性もあります。大切なのは、未開のマーケットに踏み込んでいく経営者の「フロンティア・スピリッツ」です。 3つ目は、「三即主義」。Netflix (ネットフリックス)創業者のリード・ヘイスティングス氏は、現代のビジネスに求められる3つの能力として、「Agility(俊敏性)」「Speed(速さ)」「Creativity(創造力)」を挙げています。湧き上がる未開のマーケットに対し、自社の持つあらゆる経営技術や経営資源を「即時(すぐ、その時に)」「即座(すぐ、その場で)」「即応(すぐ、対応)」にアジャスト(最適化)させていく三即主義が求められます。

米・トランプ大統領の政策と中国経済の失速に注目

世界経済の推移を端的に表現すると、「短期的には着実に回復、中長期的には人口増加スピードの減速が響いて成長鈍化」になります。IMF(国際通貨基金)が発表した「世界経済見通し」(2024年10月)によると、世界の実質GDP(国内総生産)成長率は2023年3.3%、2024年3.2%、2025年3.2%と見込まれていて、米国は堅調維持、ヨーロッパは緩やかに回復、アジアの新興市場国と発展途上国は高成長維持。しかし、中国は2025年に4.5%まで成長率が落ち込むと見込まれます。 世界経済が抱えるリスクは、次の3点です。 1つ目は、欧米の物価高の再燃による景気の減速。2025年1月20日に米国大統領に就任予定のドナルド・トランプ氏が公約通りに追加関税を実施すると、米中欧で関税引き上げの応酬が繰り返され、世界経済が失速する可能性をはらんでいます。 2つ目は、中国経済の失速と“デフレ輸出”。先般発表された欧州自動車メーカー5社の売上高は軒並み大幅減で、その原因は中国依存。また、欧米市場には中国製の安価な鉄鋼やEV(電気自動車)などが大量になだれ込み、自国製品がダンピング(採算を無視した低い価格で商品やサービスを販売すること)されるという“デフレ輸出”問題が巻き起こっています。 3つ目は、地政学リスクの増大による資源価格の高騰。中でも中東紛争の拡大リスクによる資源価格の高騰は深刻です。 世界経済の潮流は、①消費・物価:世界的な賃金上昇を受けて個人消費は堅調だが消費の二極化が進む、②金融・財政:インフレ鎮静化で各国は金利引き下げの段階、③開発・投資:サプライチェーンのブロック化の影響で内製化・国内回帰へ、④産業・技術:成長分野は生成AI・PHEV(プラグインハイブリッド)・ロボット・サーキュラーエコノミー(循環経済)、⑤労働・雇用:拡大し続けている世界の人材不足マーケット、の5点です。 グローバルな視点で眺めると、日本のGDPは世界全体のわずか4%(World Economic Outlook Database:2024年10月)。つまり、残り96%は未開のマーケットであると言えるのです。

日本経済は価値創造の共創投資で成長チャンスが到来する

日本経済を一言で表現すると「経済回復は外需型から内需主導へ」です。円安に伴う外需中心の回復から、国内の個人消費や設備投資を中心とした内需主導型の経済成長へ移行すると考えます。 日本経済の好要因として、①継続的な賃上げ率の向上、②所得環境の改善や資産効果による個人消費回復、③堅調な企業収益に伴う設備投資増、④公共投資の拡大、⑤インバウンドの好調、この5つが挙げられます。いずれも「持続性のある回復要因」であり、2025年以降も経済回復は維持すると見られます。これを支えるのは、デフレ経済からインフレ経済への転換なので、私たちも経営の価値観を転換する必要があります。 日本経済のリスク要因は、①金融政策の正常化による借入金利の上昇で債務返済難と設備投資抑制、②為替変動幅・株価変動幅の拡大による経済混乱、③中国経済の不動産不況・住宅市況低迷長期化を背景にした減速感の強まり、④地政学的混乱による外需の下振れ(米中摩擦の悪化・ハイテク覇権争い・中東情勢悪化)がもたらす世界貿易の停滞、の4点です。 日本経済の潮流は、①国内消費:国内消費の賃上げを背景に個人消費は回復、インバウンド需要は拡大へ、②企業業績:新陳代謝が加速し、増益・減益の二極化へ、③設備投資:生産回復、設備投資は引き続き好調、④社会資本:新規建設投資は防災・減災、国土強靭きょうじん化投資へ資源が循環、⑤金融政策:17年ぶりの利上げによる「金利のある世界」へ、⑥雇用・労働市場:ひっ迫する労働市場、人的資本経営への投資が鍵、の6点です。 デフレ経済からインフレ経済への転換が進む中、価格訴求力(安売りし続ける力)で稼ぐ「デフレモデル」から、価格決定力(値決めのできる力)で稼ぐ「インフレモデル」への転換が必要です。デフレ経済では、コストダウンと回転で収益を生み出す守りの経営で、内部留保を積み立て「潰れない会社づくり」に努めました。 ところが、インフレ経済になるとお金の価値が下がるので、稼いだキャッシュを高単価・高付加価値化に向けた価値創造の投資へ回し、「成長する会社づくり」へと思考プロセスを転換する必要があります。有望な投資先は、「DX」「設備(環境)」「M&A」「人材」「開発(ブランド)」「ESG」「海外」の7つ。無形資産や非財務資本への投資を積極的に行うことが必要です(【図表1】)。これによって、単純対応の“価格”転嫁フェーズからクリエイティブな“価値”転嫁フェーズへシフトすることができます。経済サイクルの転換期にある日本経済は、絶好の成長チャンスを迎えます。30年に及んだ“我慢のデフレ”からの完全脱却を目指し、“チャンスのインフレ”と捉え直した持続性のある正しい成長サイクルへ転換していくべきです。 【図表1】7つの価値創造投資 出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

「フロンティア戦略」で未開のマーケットへ挑む

このような状況を踏まえ、2025年の基本戦略テーマとして「フロンティア戦略」を提言します。これは、「湧き上がるマーケット」への「提供価値」と「経営資源」を同期化させることにより、非顧客の顧客化(未開領域の取り込み)を推進する戦略です。 戦略フレームとしては、①非顧客に注目して、需要が湧き出ている未開のマーケットを見つけ出す、②新しいマーケットにアプローチをかけて自社の価値を提供する、③非顧客に価値を提供するために、あらゆる経営資源を適合化していく、の3つを同期化し、ビジネスモデルをデザインしていきます。(【図表2】) 成功事例として、空調分野のグローバルシェアナンバーワンメーカーであるダイキン工業を取り上げます。 同社のフロンティア戦略のポイントは3つあります。1つ目は「グローバル戦略」。世界各地で湧き上がる課題解決マーケットへ向けて三即主義でアジャストし、シェアを拡大しました。2つ目は「M&A戦略」。現地ニーズに合わせた価値を提供することを目的に、50件超のM&A(大半が海外企業相手のクロスボーダーM&A)を実施。累計投資額は約1兆円に及びます。3つ目は「市場“最寄化”生産戦略」。地域ごとに顧客ニーズが大きく異なるという空調機の特性に合わせて世界27カ国90カ所以上に生産拠点を設け、地産地消型のサプライチェーンを構築しています。 フロンティア戦略によって提供すべき価値は、①総合的価値:自社のコアバリュー(中核的価値)を拡大して総合的に提供する、②専門的価値:マーケットにおける専門性を高めて突き抜ける価値を提供する、③カスタマイズ価値:自社がすでに提供している価値をカスタマイズして提供する、の3点に分類されます。 総合的価値の提供に関する成功事例は、ユニ・チャームです。同社は1963年に生理用ナプキンを発売してフェミニンケア事業をスタートし、不織布・吸収体の加工・成形技術を強みにベビーケア・ペットケア・ウエルネスケアといった市場ニーズを深掘りして、コアバリューである「不快なものを快適にする」の総合化を推進。非顧客の顧客化に成功しています。 専門的価値の提供に関する事例は、エランです。寝具の訪問販売を行っていた同社は、病院寝具の取り扱いに関する電話を受けて病院業界を調査し、入院患者と家族、医療関係者の多くがリネンや身の回り品の用意に困惑しているという課題を発見。「手ぶらで入院、手ぶらで退院」できるように、既存商品を組み合わせてレンタルする「CS(ケア・サポート)セット」を世界で初めて開発・提供し、17期連続の増収増益を達成しています。 カスタマイズ価値の提供に関する事例は、応用地質です。同社は地質調査からスタートして防災・環境・エネルギー・メンテナンスという成長マーケットに事業を拡大。多発する自然災害や環境問題を抱える社会資本マーケットに向けて、地質調査の技術を持続可能な価値にカスタマイズし、マーケットに向き合うセグメント体制に再編して適合化させています。 【図表2】 「フロンティア戦略」3つの戦略フレーム 出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

実現すべき収益モデルと人的資本KPIの設定

フロンティア戦略で実現すべき収益モデルの事例は、スポーツアパレルメーカーのゴールドウイン。その営業利益率は18.8%(連結、2024年3月期)と、スポーツ用品業界でも随一の高収益企業です。 同社の重視するKPI(重要業績評価指標)は、「自主管理売上比率」です。自主管理が可能な売場での売上比率を60%まで伸ばすことを目指しており、直近の決算では56%に到達。このKPIを導入した10年前の2014年3月期と、現在(2024年3月期)の業績を比較すると、粗利益率は約12ポイント、売上高営業利益率は約15ポイント、自己資本利益率は約14ポイント向上し、収益構造や財務構造に変革をもたらしています。フロンティア戦略の推進に当たっては、業績に直結する独自のKPIを実装していただきたいと考えます。 フロンティア戦略を支える人的資本経営の事例は、丸井グループです。同社は2017年3月期から2021年3月期の5年間で320億円の人的資本投資を行った結果、数々の新事業を生み出し、2026年3月期までの10年間で約560億円の限界利益が見込まれるとしています。 「人的資本に対する投資回収の基準を持っているか」「人的資本投資における目的や目標を持っているか」を確認することが大切です。

「共創(co-creation)」戦略を実装する長所連結経営モデル

フロンティア戦略とは、既存・新規を問わず「マーケットを獲得していく戦略」であり、「全社視点で顧客に向き合う組織」が求められます。それにアジャストするのが、ホールディング体制やグループ経営による組織マネジメントです。 グループ経営は、複数の事業会社が共通の目的を持って活動することでグループ全体の競争力を高めていく「掛け算経営」であり、それを実践する最適な手段は、ホールディング体制の確立です。ホールディングカンパニーを経営のプラットフォームにしてグループ経営のPDCAを回していくことが大切で、これを経営の「シングルプラットフォーム化」と呼んでいます。 企業は、業務提携、資本提携、ホールディング経営、グループ経営など、「共創(co-creation)システム」によって新しい商品、事業を創造し、市場を開拓する必要があります。先に述べた「即時(すぐ、その時に)」「即座(すぐ、その場で)」「即応(すぐ、対応)」にアジャスト(適合化)させていく三即主義や、「Agility(俊敏性)」「Speed(速さ)」「Creativity(創造力)」などの経営能力が求められる時代において、自社の技術だけでそれらを実現することは難しくなっています。 異業種や異分野企業とのオープンイノベーション活動の推進によって、非顧客への適合化が実現するのです。長所(強み)をつないでいく長所連結経営モデル、全ての企業に「共創戦略」の実装が求められます。 このような経営モデルを実現する上でのキーワードは、①攻めは分離・守りは集中(事業は数多く設けて多角化しながらも、グループ全体の経営はホールディングスに集中)、②遠心力と求心力(手を離しても目を離さない経営スタイル)、③エンパワーメントとエンゲージメント(権限委譲と理念共感)、の3点です。ホールディングス・グループ経営で一番大切なのは、グループ理念(グループパーパス)です。ぜひ作成に取り組んでください。 DXの実装による経営管理システムの構築に関しては、「情報の民主化」を目指し、収集したデータを社内のあらゆる人が活用できるようなERP(統合基幹業務システム)の導入を推奨します。トップマネジメントのリーダーシップによって、①チェンジマネジメント(業務をシステムに問い合わせるという考えのもと、業務改革や組織変革、マネジメントシステムの変革を行う)、②ダッシュボードマネジメント(収集したデータを活用できるように整理して可視化する)、③リアルタイムマネジメント(いつでも・どこでも・誰もが・同じデータをリアルタイムで共有できる)を実現していきましょう。 今、世界・日本経済は大きな転換期にあります。経営者は新たな価値観を捉えた次の時代に向けた戦略策定が求められています。大転換経済によって湧き上がっている未開のマーケットと向き合い、経営資源の再配分と共創のオープンイノベーションによって自社を最適化していきましょう。   若松 孝彦 わかまつ たかひこ タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。 1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『チームコンサルティング理論』『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。 タナベコンサルティンググループ(TCG) 大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国660名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来17,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。