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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2024.02.01

全員主役の「ひろば経営」でグローバルニッチトップ企業へ:関ケ原製作所 関ケ原製作所 代表取締役 矢橋 英明氏

関ケ原製作所 代表取締役 矢橋 英明氏
 
「天下分け目の戦い」の地・関ケ原。ここで7つの事業を展開する関ケ原製作所は、経営理念を体現する全員主役の「ひろば経営」と、各事業でグローバルニッチトップを目指す「事業経営」によって、100年企業に向けた新たな歴史の扉を開こうとしている。
    経営理念を体現する広大な「セキガハラ・キャンパス」   若松 岐阜県不破郡関ケ原町に拠点を置く関ケ原製作所は、7 つのニッチ領域で事業を展開されており、売上高は248億円、従業員は393名になります。タナベコンサルティンググループも、これまで経営者人材育成コンサルティングなどで支援させていただいており、社風やビジョンは理解している立場ですが、あらためてお話しを伺いたくお願いします。   関ケ原と言えば「天下分け目の戦い」の地としても有名ですが、この歴史的価値の高い場所に関ケ原製作所の拠点「セキガハラ・キャンパス」があります。現場を拝見すると、まさに「キャンパス」と言うにふさわしい環境を創っておられます。   矢橋 ありがとうございます。関ケ原の戦いで東軍と西軍がそれぞれ陣を敷いた、そのちょうど真ん中あたりに工場が位置しています。当社は、会社を「学び成長していく広大なキャンパス」と捉えています。それを具現化したセキガハラ・キャンパスは、15万㎡の敷地内に、工場や社内研修などで使われる「人間塾」、ものづくりの教育施設「匠道場」、創業者の家を復元した「創業者邸」などのほか、やすらぎ広場やカフェなどを擁する、地域に開かれた施設となっています。   もともと矢橋家は、岐阜県大垣市赤坂で古くから金融・大理石・育英事業を営んでいました。当社は私の祖父であり創業者の矢橋五郎が分家として関ケ原の地で独立したのが始まりです。矢橋家には「陰徳を積め」「商売に頼るな」「書画骨董に親しめ」という家訓があり、人を大切にする文化・哲学に重きを置いてきました。また、矢橋五郎の「会社はみんなのもの」という創業の精神は今も当社に息付いており、それを体現する施設を目指しました。   若松 創業は1946年ですから、「会社はみんなのもの」という創業の精神は、会社と社員の関係性において非常に独創的かつ大事な原点であると思います。2026年11月には創業80周年を迎えられる中、今は7つの事業領域で多角的に展開されています。事業経営に対する考え方をお聞かせください。   ものづくり技術の研鑽と伝承の場「匠道場」   ものづくり技術の研鑽と伝承の場「匠道場」 ものづくり技術の研鑽と伝承の場「匠道場」。現場と同様の作業環境が整い、技能士などの資格を持つ技術者指導のもと、社員が自発的に溶接・機械加工・組立といった技術を基礎から学ぶ 矢橋 当初は本家の縁もあって旧国鉄や商船関連の事業を立ち上げ、その後、現在の主力事業である大型鉱山で使用される油圧シリンダーやトンネル掘削機へと事業領域が広がっていきました。   現在は7つのニッチ領域(【図表1】)で事業を展開していますが、特徴は大手企業が参入しない、もしくは参入しづらい分野、かつ、中小企業では技術的に参入が難しいニッチ分野であること。いずれの事業も業界ナンバーワン、ナンバーツーの企業と取引しており、特に鉄道向けの軸受製品の国内シェアは9割以上に上ります。   【図表1】関ケ原製作所の事業領域 関ケ原製作所の事業領域 出所 : 関ケ原製作所提供資料よりタナベコンサルティング作成   若松 9割とは圧倒的です。私は、「売上高や利益はマーケットシェアとブランド(技術)力で決まる」と言っています。各事業が国内トップクラスのグローバル企業と取引してニッチトップを目指していることが、戦略的に値決めのできる経営スタイルにつながっています。   矢橋 簡単に説明すると、油圧機器の製造は、大型のマイニング(機械を使った大規模な採掘)機種に特化しており、部品として取引先の海外生産拠点に供給しています。商船機器としては、甲板に設置されるクレーンや救命艇用のクレーンを生産しており、標準品は中国工場で生産する一方、特殊品の生産や開発は国内で行っています。   舶用特機は、官公庁向けが中心。祖業である鉄道関係は、レールの分岐器の量産や省人・省力のメンテナンス装置の開発を行うほか、海外展開としてインドや米国テキサス州へ高速鉄道関連の装置や部材を供給するなどしています。   精密機器分野では、大型石製マシンベース(機械の下に設置する精密に調整された水平な台)のトップメーカーであり、1万分の1㎜単位の超精密加工が可能。液晶画面や半導体などの製造装置に使用されています。大型製品は、一品物やオーダーメード装置の設計・製造・アフターメンテナンスまでを一気通貫で請け負っており、「工業製品の宮大工」的な事業。軸受製品は、鉄道の車輪部分のベアリング用カバーを生産しています。   売上構成としては、油圧機器関連が約50%を占めており、残りの事業がそれぞれ約10%です。   若松 「卵を1つの籠に盛らない」ことはリスク分散の経営であり、その上で、各事業は大手企業が参入しない、もしくは参入しづらい分野、かつ、中小企業では技術的に参入が難しいニッチ分野でのバリューチェーン構築を目指す事業コンセプトが大切です。     経営の本質を知り物心両面の充足を図る「人間ひろば活動」に注力   若松 矢橋社長は6代目ですが、どのような経緯で事業承継をされたのでしょうか。   矢橋 もともとは商社に勤務していましたが、31歳の時に叔父で2代目社長の矢橋昭三郎から後継者として呼び戻されました。当時は売上高80億円、従業員数300名という規模。35歳で常務に就任しました。当時の経営は、急成長を遂げて売上高100億円になったころ、脱オーナー経営へとかじを切り、取引銀行や主要取引先に株式を譲渡して、3代目、4代目の社長は取引先や銀行出身の方が、5代目はプロパー社員が務めました。   私自身は37歳で常務から平社員に戻って現場を回るという立場になりました。大学院でMBA(経営学修士)を取得した後、2009年に中国工場に赴任することになりました。   若松 関ケ原製作所の長い歴史の中で、経営スタイルの試行錯誤があったのでしょう。それでも会社に踏みとどまり、平社員に戻り中国から再出発したことも、創業の精神を胸に秘めていた矢橋社長だからできた決断であったと感じます。   矢橋 片道切符で中国に赴任しましたが、そこで多くの気付きがありました。合弁会社だった中国工場を単独資本に変更するのに大変苦労していた際、みんなが一生懸命助けてくれたのです。それまでの私は、プレーヤーとして仕事にかなり自信を持っていましたが、プレーヤーとして1人でできる仕事には限界があると気付きました。メンバーが1つのチームになって目線を合わせると大きな力が発揮できるという中国での経験は、私にとって大きな発見でした。   若松 経営は1人で始めなければ何も始まりませんが、1人では何もできません。両方正解であり、経営者としての仕事の本質ですね。   矢橋 おっしゃる通りです。それに気付いた時、創業者の教えや経営理念が腹落ちしました。これが経営者の仕事であり、経営なのだと理解した私は、すぐに人間主体の経営を目指す「人間ひろば」の活動を中国でもスタートさせました。   具体的には、給与面だけでなく、社内で運動会やバーベキューを開催したり、当時の中国では珍しかった社員旅行をしたりと、社員の物心を満たす取り組みに力を注ぎました。その結果、25%近かった離職率は4%まで下がりました。   若松 中国という場所で離職率25%が4%になったのは劇的な変化です。人間ひろばの活動が中国でも受け入れられた証しですね。物の充足だけでは社員の働きがいや帰属感は高まりません。経営は物心両面が大切です。その体験から、経営理念が腹落ちしたことは社長業として非常に大きいです。矢橋社長はその後、2015年に帰国されましたね。   矢橋 中国における活動や成果が日本本社に届くと、帰国するよう要請を受けました。国内は脱オーナー経営によって売上高は拡大していましたが、収益力やバランスシートには課題も多く、それまで大切にしていた志や「みんなの会社」という理念が希薄になりつつありました。急速な事業拡大によって休日出勤や長時間労働が当たり前になっており、社員は疲れ切っていたのです。疲弊する社員の姿を見て「なんとかしなければいけない」という思いが強くなり、日本に帰る決断をしました。     関ケ原製作所 代表取締役 矢橋 英明氏   「会社はみんなのもの」の精神で人間主体の事業経営を目指す   若松 2018年に社長に就任されると、「原点回帰」を第三創業のキーワードとして掲げました。原点や創業の精神を伝えていくことは非常に重要だと私も考えています。そうした理念や哲学は、人づくり・基盤づくりを探求する「ひろば」とビジネスモデルを探求する「事業」を両立するバランス経営にも表れています。   矢橋 人間主体のバランス経営を目指すために、社長就任時に「ひろば経営51%、事業経営49%」と決めました。これは自分自身への戒めでもあります。社員の幸せが何よりも大事。社員が満足してこそ、良い製品・サービスが生まれ、顧客満足は競合他社を上回り、その結果、社会に貢献して価値創造につながっていきます。   ひろば経営のベースには理念があり、その上に人づくりがあります。さらにその上に、会社づくりと価値創造という事業経営がある。この4つが積み重なり、社会貢献につながっていくのが目指す姿です(【図表2】)。ひろばという基盤の上で人材を育成し、その人材が事業を育成する。今はようやく理念、人材、事業が三位一体になってきた段階です。   【図表2】関ケ原製作所が掲げる「ひろば経営」「事業経営」 関ケ原製作所が掲げる「ひろば経営」「事業経営」 出所 : 関ケ原製作所提供資料よりタナベコンサルティング作成   若松 私は、「組織は戦略に従い、戦略は経営理念に従う。そして、その経営理念は社員が実践してこそ成果になる」と言ってきました。ひろば経営と事業経営の位置付けや、矢橋社長の目指す姿はその原則通りです。また、タナベコンサルティンググループは、関ケ原製作所の「社長塾」も支援させていただいていますが、確実に次世代人材が育ってきているのを感じます。   矢橋 2019年から「社長塾」をスタートし、現在は3期目です。おかげさまで、思いや志を承継する人材が育ってきています。   若松 それはうれしい限りです。皆さん本当に熱心に取り組んでいらっしゃいますし、ひろば経営が浸透して、1つの文化、社風になっている印象を受けます。   矢橋 ありがとうございます。実は以前タナベコンサルティングに協力いただいて社員満足度調査(エンゲージメントサーベイ)を実施したところ、2割は高い評価、6割が中ぐらい、2割が低い評価でした。厳しい結果を目の当たりにした私は全社員と面談を実施し、そこで出された180項目を超える意見や要望に応えてきました。   最近、再び社員満足度調査を実施しましたが、高い評価が3割、中ぐらいの評価が6割、低い評価は1割まで改善しています。ですが、私はまだ満足していません。社員にとって会社とは、「明るく楽しい生活空間」。社員にとって仕事とは、「生きがい、やりがい、自己実現の場」。これがひろば経営の目指す姿であり、その実現に向けて今後も取り組んでいきます。   若松 社員満足度は具体的施策を実装したり、具体的な教育を通じて社員の皆さんの価値を高めたりすることで必ず改善していきます。180項目の改善へ取り組んできた経営者リーダーシップの結果が調査結果に反映されています。経営は「愛」ですからね。   矢橋 経営は「愛」ですね、私もそう思います。     シナジーで新たなサービスモデルを創造し、人と技術が輝く100年企業へ   若松 昨今よく耳にする人的資本経営の実装が「ひろば経営」と言えます。一方、営利企業である以上、利益を人材に投資できる事業も大事です。さきほどの「事業経営49%」というバランスが絶妙です。事業経営で注力されているテーマや課題はありますか。   矢橋 おっしゃる通り、企業は利益を出して人材・開発・設備投資をしながら未来を創造していかねばなりません。両輪を回すことが大事です。   また、事業間のシナジー(相乗効果)の発揮に取り組んでいます。7つの事業で培った技術・技能に横串を刺していこうと、まずは営業担当者や技術者を集めたマーケティング研究会を立ち上げ、各事業の強みや弱み、保有する技術・技能を整理しました。今では営業担当者が新規の顧客開拓に挑戦したり、設計担当者も同行したりと、マーケティング研究会を通じて新たな展開が広がっています。7つの事業を混ぜたら面白いことが起こったので、最近はグループ会社も含めてシナジーを出していこうと同様の活動を始めたところです。   それらの活動を通して、新しい強みとなるのは「サービスモデル」であると感じています。これを8つ目の事業の柱にしようと取り組んでいるところです。当社の製品に対してサービスを提供するだけでなく、他社製品のサービスまで手掛けられるような体制強化を図ります。この事業が成長した暁には、本当の意味での事業シナジーが生まれると期待しています。   若松 この先、国内のものづくりは、どんどんサービス業化していきます。私は「ものづくりサービス業」と言っています。製造業もアフターサービスを磨くことで、次の取引のビフォアーサービスになる時代なのです。   矢橋 同感です。アフターサービスをビフォアーサービスにすることが、ますます重要になります。   若松 事業のセグメントは、国内ナンバーワンやグローバルニッチトップに向かっていますね。成長する技術を見極めるコツはありますか。   矢橋 当社の場合、取引先の課題やニーズから新たな技術に取り組むケースが多いです。ただ私が大事だと思うのは、「やめること」です。既存製品についても、競合先が多く出てきたら勇気を出して「やめよう」と言います。やめると人間は貪欲になり、新しいこと、次の展開を考えるようになります。考えないと食べていけませんからね。   若松 トレードオフ戦略ですね。やめる決断は、経営者の重要な仕事です。企業変革は「捨てる、改める、新しくする」のステップで取り組むことが大切です。新たに挑戦できる環境を意識的につくり出されているのですね。   矢橋 顧客創造についても、今は商社との連携を強化しています。商社は豊富な人脈と情報をお持ちですから、当社が気付かなかったお客さまとの接点が生まれています。プロダクトアウトの会社でしたが、マーケットインからマーケットアウトに変えていこうとチャレンジしています。100年企業に向けて「つながり、変化、深化、進化」をキャッチフレーズに掲げて取り組んでいますが、文化を深化させて事業を進化させていくのが私のミッションだと考えています。   若松 私は「長所連結主義」と言っていますが、会社や人材の強みを見つけ、磨き、つなぐことが経営であり、戦略です。「人間塾」や「匠道場」では、まさに強みを磨いておられます。   もう1つ重要なのが、事業と人とのつながりです。そこを人間ひろばや「会社はみんなのもの」という創業の精神でつなぐことで、人材や組織からイノベーションが生まれる会社を探求していく。100年経営とは変化を経営する会社です。関ケ原製作所にとって、「つながり、変化、深化、進化」が100年企業への道なのだと感じました。貴重なお話をありがとうございました。     関ケ原製作所 代表取締役 矢橋 英明(やばし ひであき)氏 1966年岐阜県関ケ原町生まれ。1990年東海大学工学部卒業後、椿本興業入社。1997年関ケ原製作所入社後、2009年から2015年まで中国工場に赴任。2015年帰国後、常務取締役、2016年代表取締役副社長を経て2018年より現職。     タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。     タナベコンサルティンググループ(TCG) 大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国600名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来15,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。    

PROFILE

  • (株)関ケ原製作所
  • 所在地 : 岐阜県不破郡関ケ原町2067
  • 創業 : 1946年
  • 代表者 : 代表取締役 矢橋 英明
  • 売上高 : 248億円(2023年5月期)
  • 従業員数 : 393名(2023年5月現在)