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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2023.12.01

100年企業を見据えた「MIRAI承継」で「シン・ヒューマンカンパニー」を目指す:正晃ホールディングス×タナベコンサルティング 若松 孝彦

 
グループ売上高1225億円、従業員数880名の正晃ホールディングスは、試薬の提供を祖業としながらメディカル・サイエンス領域の高度な専門商品や機械を病院や大学へ提供し、きめ細かいサービスで成長を遂げたファーストコールカンパニーである。時代の半歩先を読むサービスを次々と展開する同社の代表取締役会長兼CEOの印正哉氏と、次代を担う代表取締役社長の印正俊氏に、100年企業を見据えた戦略を伺った。
グループ売上高1200億円へ、現状維持は停滞と衰退の始まり 若松 正晃ホールディングスとのご縁は、先代である創業者・印正司氏から印会長、そして印社長と3代にわたります。長いご縁に心から感謝します。私がコンサルティングでご一緒した際は売上高約100億円でしたから、印会長が社長を務められた32年間で正晃は大きく成長されました。 印正哉 若松社長とのご縁の始まりは、私が社長に就任した1991年ですね。売上高は約100億円でしたが、おかげさまでグループ売上高は2023年3月期で約1200億円になりました。 若松 当時と比較して約12倍の成長です。この間、社長としてリーダーシップを発揮されてきたわけです。その戦略や成長過程をお聞かせください。 印正哉 2020年からの3年間の成長は、コロナ禍による検査機器や試薬などの需要の高まりが影響しています。事業エリアも広がりました(【図表】)。先代である父の印正司から経営を受け継いだ当時、事業エリアは福岡県と佐賀県、大分県と山口県の一部でしたが、今では沖縄県を含めた九州全域と北海道、関東、関西に営業拠点を持っているほか、中国・上海の子会社は現地社員が60名ほど、売上高は100億円になっています。
【図表】正晃ホールディングスの事業領域 出所 : 正晃コーポレートサイトよりタナベコンサルティング作成
若松 事業領域(セグメント)が拡大し、エリアも九州を出て全国および海外に拡大していますね。これらの成長戦略は経営者の確固たる意志がないと実現しません。創業者である正司氏の思いだったのでしょうか。 印正哉 いいえ。むしろ父は「会社は絶対に潰してはいけない。これ以上は拡大せずに社員を大事にする経営をすべき」という意見でしたが、私は「社員を大事にするためにも、会社をもっと成長させなければいけない」と考えていました。また、私なりに業界再編をはじめとする外部環境に危機感を感じていました。現状維持は停滞、衰退の始まりだと。それに、私自身は夢を追いかけるタイプですから、拡大しようと決めました。 私の好きな言葉は、タナベコンサルティングの創業者である田辺昇一先生の「夢を見て、夢を追い、夢を食う」。私の生き方や信条と重なり、非常に共感しています。 若松 夢を見て、その夢を追い、夢を食う(実現する)。この言葉は、自社を大きく成長させてきた印会長の生き方そのものですね。田辺昇一もそうでしたが、夢とは「志」です。夢や志を追いかけ続けるから、会社や組織は成長するのです。 2000年以降はM&Aを含めて営業拠点を広げる一方、2015年に正晃ホールディングスを設立。現在は持ち株会社と10の事業会社からなるグループ経営の体制を整えられました。それぞれの売上高はどのくらいでしょうか。 印正哉 事業会社の中核である正晃が最大で、売上高は約760億円です。M&Aで子会社化したバイオテック・ラボが約165億円、フロンティア・サイエンスが約48億円。竹内化学は約77億円ですが、大阪にある同社の営業拠点を生かしながら、関西エリアを100億円まで拡大していきたいと考えています。 顧客の声から事業をつなぐバリューチェーンを構築 若松 正晃ホールディングスは主力事業である試薬の卸売業が祖業ですね。創業の経緯をお聞かせください。 印正哉 1950年に父が正晃化学薬品商会を創業したのが始まりです。終戦後、父は北九州の東洋製罐に復職したものの、母親の「そばにいてほしい」という願いを聞き入れ、博多にあった化学系の企業に転職しました。その企業が試薬を扱っていたのですが、入社してわずか5年で倒産。一念発起した父は、メーカーやユーザーを回って取引の約束を取り付け、5、6名の社員とともに試薬の卸売業をスタートさせました。 若松 「会社は絶対に潰してはいけない」という先代の言葉は、自らが倒産を目の当たりにした原体験が関係しているのでしょう。田辺昇一も、勤めていた会社が倒産した原体験を胸にタナベ経営(現タナベコンサルティンググループ)を創業しました。非常に似ています。その後はどのように事業を広げていかれたのでしょうか。 印正哉 基礎研究用の試薬から始まり、病院における血液検査や尿検査といった臨床検査へと事業が広がりました。父は文系で経理畑出身でしたが、目の付けどころが良かったのだと思います。臨床検査は時代の波にも乗って成長していきました。 若松 経理畑出身という門外漢だからこそ、事業という生き物を客観的に観察できたのだと感じます。印会長が入社されたのはいつごろですか。 印正哉 1976年です。最初は、お付き合いがほとんどない大学や企業向けに試薬の営業をしていました。営業で結果を残すと、次に任されたのが、新たに立ち上げる機器部の責任者でした。病院で臨床検査が増える中、検査機械のニーズが高まることを父は見抜いていたのです。 ただ、社内に機械に詳しい人は皆無だったので、部下と一緒に手を血まみれにしながら検査機械をいじって勉強しました。 若松 それが第二創業者である印会長の「事業センス」につながるご経験ですね。臨床検査から検査機械への展開を素直に捉えて取り扱った点も大切です。「伸びる」と「伸ばす」は違う。事業戦略やバリューチェーン戦略で大切なポイントは「伸びる分野」へ参入することであり、顧客の声に本気で耳を傾けることで事業センスは磨かれます。そして商材はもちろんですが、創業者が本業強化として機械販売を印会長に任されたことも含めて、先見の明がおありだったのですね。 印正哉 試薬の営業が軌道に乗った時期だったので最初は乗り気ではありませんでしたが、今は本当に感謝しています。機器部の比重は順調に伸びており、現在の売上高は300億円に達します。機械を納入した先は、機械に使用する試薬を併せて購入していただけるのも良いですね。現在、理化学機械の販売実績は九州ナンバーワン。検査機器も高いシェアを獲得しています。 若松 印会長自身の強みを起点に、顧客ニーズを捉えながら事業を拡大するバリューチェーン戦略であり、優越なビジネスモデルです。自社を成長させる後継経営者の条件として、「成長過程における赤字事業の経験」や、「本業を成長させるための新たな領域に挑戦する経験」などが挙げられますが、これは当社の承継成功の原則にも当てはまります。 印正哉 最近はバリューチェーン戦略をもっと進化させています。大学病院や大病院は自動化された中央検査部があり、医師のPCとつなげて、早ければ30分程度で検査結果を報告できるなど、デジタル化されています。当社はそういった仕組みの構築に早くから取り組んでおり、これまで多くの病院を支援してきました。 「本業コングロマリット戦略」と起業家精神が市場を切り開く 若松 これまで取り組んできた試薬や検査機器というしっかりとした幹(専業)があるからこそ、その枝葉が広がるように新しいチャネル展開やM&A戦略も推進できます。私は「本業コングロマリット戦略」と呼んでいますが、強い本業(固有技術)を深め、磨きながら周辺事業を多角化してバリューチェーン(価値連鎖)を構築する戦略です。当社も「コンサルティング&コングロマリット戦略」と呼んで取り組んでいます。 印正哉 他社に先立ち病院の動きを察知できたのは、社員がしっかりと情報収集をしてくれているから。また、メーカーと交渉をしてあらゆる機械を取り扱ってきたことが今につながっています。そうした体制があったので、新型コロナウイルスの流行時にいち早く対応できました。 若松 営業戦略とは情報戦略ですから、情報は重要です。また変化の小さな芽を見逃さず、少しでも良い製品、高いサービスを提供しようという徹底した顧客志向の姿勢が、現在の結果を生んでいるのですね。非常に大切な社風であると思います。 印正哉 東京都でラボソリューションの事業展開がうまくいっている理由もそこにあります。進出のきっかけは、九州で取引があった大学教授から「東京の私立大学に異動するので研究室の移設を手伝ってほしい」と打診されたこと。社員が「挑戦したい」と言うので2名でスタートしましたが、今では100名規模になっています。 最初の取引先は1カ所だけ。しかし、その社員の働きぶりを見ていた別の研究室から声を掛けていただいたり、実験室や研究室の移設サービスがきっかけで試薬の取引が始まったりした大学もあります。移設の際、当社の社員が各教室を回って細かいところまで確認している姿が先生方の目にとどまり、今では大学全体に取引が広がっています。 若松 移設サービスはロジスティクス分野であり、バリューチェーン戦略における新たな事業ですね。これからはアフターサービスが次の取引のビフォアサービスになる時代です。ニーズキャッチとしても独創性の高いユニークなサービスです。 印正哉 配送業者や引っ越し業者などと一緒に移設するのですが、研究・検査機械関係やサンプルの移動は細心の注意が必要です。例えば、サンプルの温度管理を誤れば、先生方が10年、20年と費やしてきた研究がたった1時間でダメになってしまいます。そうした面でも、移設サービスは価値を認めていただいています。 若松 試薬や機械の知識を生かしながら、まさに幹から枝葉が伸びるように広がっています。 印正哉 移設に関する情報を多く持っている運送業者や引っ越し業者から「一緒にやろう」と声を掛けていただき、すでに2年先の案件も決まっています。また最近は、大手ディベロッパーと一緒に研究室を貸し出すレンタルラボ、シェアラボといったサービスや、施設のコーディネートもさせていただいています。そこで使用する実験機器は当社に声を掛けていただけますし、試薬や手袋などを販売するコンビニエンスストアのような店舗も運営しています。 「ヒューマンカンパニー」を目指した経営を実践 若松 メーカーからユーザーまで幅広いネットワークを持っており、自社に情報が入ってくる仕組みがある。それがビジネスモデルのステージを上げています。 印正哉 幹となる事業をどう判断するか。根っことなる部分が大事です。さらに、枝葉の部分は社員が重要性を理解して頑張ってくれました。先代は「常に社員を大事にしなさい」と言っていましたが、社員が会社を育ててくれるのだと思います。 若松 「企業は人なり」と言いますが、優秀な会社は人材とイノベーションの力で成長させていきます。そうでない会社は「コストダウン」で採算だけをとります。正晃ホールディングスの経営者リーダーシップは、人を中心に置いてイノベーションを起こしながら成長してきたのだと理解できます。そうでなければ、売上高約12倍の成長は実現できません。ぜひ、人に対する思いをお聞かせください。 印正哉 私は「ヒューマンカンパニー」を掲げて取り組んできました。社員が会社をつくると考えているからです。売り上げや利益は社員が頑張ってくれた結果ですから、どう還元するかをきちんと社員に伝え、賞与とは別に利益の1割を決算手当として社員に支給してきました。社員も、頑張った分は決算手当として戻ってくると分かっているので、力を入れてくれます。おかげさまで社長を務めた32年間、1回も欠かさず決算手当を出せました。そういった好循環が大事だと思います。 若松 経営資源の再分配には「哲学」が必要であり、それが人材観にもつながります。 印正哉 加えて、設備投資や社員の働く環境の改善にも注力しています。例えば、久留米地区では営業所の老朽化を受け、久留米インター近くに移転を決断しました。敷地は1200坪ほどあります。営業所としては広すぎますが、ドライバーの時間外労働の上限規制(2024年問題)も踏まえて、九州で使うものは九州にストックできるようお手伝いをしたいと考えています。 当社にとっては思い切った投資になりますが、人命に関わる商材ですから、管理や物流も視野に入れた拠点として考えています。海外進出も重視していますが、そういった意味では国内にもやるべきことが残っていると思います。 若松 九州の物流という点がポイントですね。商流は「ラストワンマイル」が重要になりますから、小回り配送の物流機能の強化は、強烈な競争優位性、差別化をもたらします。 100周年を見据えて、グループ2000億円を目指す 若松 最後に今後のビジョンについて、事業会社である正晃の社長に就任された印正俊社長にお話しいただけますか。 印正俊 グループ売上高は2000億円を目標にしています。正晃は現在、単独で売上高700億円ですが、1000億企業にしたいと考えています。2023年で創業73年を迎えましたが、100周年を見据えながら単体売上高1000億円を目指していきます。 若松 100周年で単体売上高1000億円、グループ売上高2000億円は社員にも伝わりやすいメッセージです。経営は一人で始めなければ何も始まりませんが、同時に、一人では何もできません。社員の理解と協力が必要です。 印正俊 タナベコンサルティングにご支援いただいて「ジュニアボード(次代の経営幹部育成プログラム)」を実施しました。自社の成長をどのように実現していくかを社員と一緒に考えることができる環境が整っているのはありがたいです。正晃グループは、すでに大きな幹が育ち、いたるところから枝葉が伸びている状態。私は「その枝葉をどのように伸ばしていくか」を考える段階だと捉えています。さまざまな攻め方が見えてきており、単体売上高1000億円に向けた手応えを感じています。 若松 次の世代がしっかりと育っていますね。印会長の思いでもあった「ヒューマンカンパニー」の実践こそが、今の組織をつくっています。 印正哉 常に人づくりは意識してきました。今、正晃グループには約900名の社員がいますが、タナベコンサルティングの力も借りながら人材育成に取り組んできた結果が表れ始めています。おかげさまで、印社長を支える幹部や幹部候補生は充実していますし、私の右腕であった副社長や専務も印社長を盛り上げてくれています。さらに、その思いに共感した層が次の右腕として育ってきていることを実感しています。 若松 100周年、2000億企業に向けて、どのような会社を目指していかれるのでしょうか。 印正俊 印会長が掲げてきた「ヒューマンカンパニー」を受け継ぎながら、「シン・ヒューマンカンパニー」をキーワードとして社員に向けて発信しています。「企業は人、人は企業」というヒューマンカンパニーの考え方に、「楽しくなければ正晃ではない」「正晃で良かった」という思いを加えました。「シン(新)」にそのような意味を込めました。社員に心からそう思ってもらえる会社にしたいと、社長就任時に宣言しました。 若松 松尾芭蕉の言葉に、「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」というものがあります。「シン・ヒューマンカンパニー」も良いメッセージです。印社長なりの「シン(新)」を創造してください。 社員を大事にする社風があり、さまざまな方面に事業の枝葉が伸びている正晃ホールディングスには、自分を試すチャンスや夢に挑戦できる環境があります。社員と一緒に夢を見て、夢を追い、夢を食う。その先にある単体売上高1000億円、グループ売上高2000億円へと成長した正晃グループに期待しています。本日はありがとうございました。     正晃ホールディングス 代表取締役会長兼CEO 印 正哉(いん まさや)氏 1954年福岡県福岡市生まれ。福岡大学商学部卒業後、1976年正晃化学薬品に入社。1976年和光純薬工業出向後、1985年正晃化学薬品常務取締役、1988年専務取締役を経て1991年代表取締役社長、2023年より現職。     正晃ホールディングス 代表取締役社長 印 正俊(いん まさとし)氏 1982年福岡県福岡市生まれ。福岡大学商学部卒業後、2006年正晃入社。2006年和光純薬工業に出向後、2015年正晃執行役員、2016年取締役執行役員、2018年常務取締役を経て2023年より現職。     タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。 1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。     タナベコンサルティンググループ(TCG) 大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国600名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来15,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。    

PROFILE

  • 正晃ホールディングス(株)
  • 所在地 : 福岡県福岡市東区松島3-34-33
  • 設立 : 2015年(正晃創業:1950年)
  • 代表者 : 代表取締役会長兼CEO 印 正哉、代表取締役社長 印 正俊
  • 売上高 : 1225億円(グループ計、2023年6月期)
  • 従業員数 : 880名(グループ計、2023年6月現在)