伝統と革新で次の100年に向けた新しい価値創造に挑む:貝印 代表取締役社長 兼 COO 遠藤 浩彰×タナベコンサルティング 若松 孝彦
伝統の技と画期的な商品開発で飛躍
若松 遠藤社長は、2010年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)の「後継経営者スクール」にご参加いただきました。当時、私は後継経営者スクールの責任者を担当しており、遠藤社長が貝印に入社されて3年目でした。今では、社長兼COOとして活躍されています。
貝印の創業は明治時代にさかのぼります。1908年ですから、2023年で115周年を迎えられます。おめでとうございます。私は「100年経営は奇跡の経営」と言っていますが、KAIグループは奇跡の経営である上にグローバルな成長を続けています。
遠藤 入社したのは2008年、ちょうど創業100周年のタイミングでした。新卒で岐阜県関市にあるグループ企業のカイインダストリーズの生産管理部門に配属され、ものづくりについて1年間学びました。
職人技といわれる手作業の工程も含めて、ものづくりの流れを勉強できたことは良い経験になっています。2年目は東京に戻って家庭用品関連の商品企画を担当。翌2010年、経営企画室に異動したタイミングで後継経営者スクールに参加させていただきました。同じ40期生の仲間とは今でも交流が続いていますが、それぞれ会社のトップに立って活躍しています。
若松 交流が続いていると聞き、うれしく思います。今やKAIグループは、カミソリから医療用品まで1万点を超えるアイテムを展開されていますが、事業の歴史的な背景や概略についてお聞かせいただけますか。
遠藤 工場がある岐阜県関市は鎌倉時代から日本刀づくりで栄えていましたが、明治時代に入ると「廃刀令」などで産業は衰退していきました。職人たちは野鍛冶として包丁や鍬といった生活必需品を作る職人に転じた中、曾祖父の遠藤斉治朗は海外向けの軍需品であったポケットナイフづくりで創業した後、終戦後は日本人初の国産替え刃の生産をスタートさせました。
若松 主力製品であるカミソリは、現在も高いシェアを獲得されています。
遠藤 1951年には、私の祖父である2代目の遠藤斉治朗が「長刃軽便カミソリ」の生産を開始。軽便カミソリは一言でいうとブリキハンドルに刃を付けたカミソリで、今でいう「使い捨てカミソリ」の開発に成功しました。さらに、爪切りやハサミ、包丁など刃物関連の製品を広げる一方、刃物以外の取り扱いが増えた時期でもあります。
不況のあおりを受けて、ヘアブラシや化粧用パフなど身だしなみ用品をつくる中小メーカーを支援するうちに製品カテゴリーが拡大。同様に、キッチン用品も包丁からフライパンや鍋へと広がり、今では料理のレシピやレストランの運営といったサービスや“コトづくり”の方向へも広がっています。
日本食ブームとともに海外開拓、「KAIブランド」を確立
若松 KAIグループのセグメント別売上高構成比率はどのようになっていますか。
遠藤 カミソリや美粧用品といったビューティーケア用品が全体の約31%を占めています。包丁などの家庭用品関連は約35%、医療用品が約10%、アウトドア向けのポケットナイフが約14%、残りの約10%が理美容向けのハサミや工業用向けの特殊刃物になります。包丁は、世界に日本の食文化が広がる中、好調に推移しており、価格も1万円台や2万円台、さらに5万円、10万円するような、単価の高い製品が売れています。
若松 祖業の主力商品の1つである包丁の売上比率はどのぐらいを占めますか。
遠藤 売上高全体の約25%を占めています。特に欧米では10本、20本というブロックセットを購入して飾っている方も多いですね。刃の表面に浮かび上がる「ダマスカス模様」は日本刀を彷彿させるデザインで、“魅せる道具”としても海外で非常に人気があります。
若松 100年企業で祖業の商品が25%を占めているのは、私のコンサルティングの臨床経験とも合致します。BtoCのイメージが強かったので、医療用品が約10%を占めていることに革新性と挑戦の歴史を感じますね。
遠藤 医療用品の売り上げは10%ほどですが、収益面で言えば大きな部分を占めています。カミソリは世界で最も薄く鋭い刃物といわれていますが、その技術が病理検査用のミクロトーム(顕微鏡での観察に用いる生物組織を薄く切断する装置)にも生かされています。父の代には、そこから派生して外科用・眼科用・皮膚科用のメスなど付加価値の高い医療用メスに広がっていきました。
若松 創業であるポケットナイフ事業も継続しているのですね。
遠藤 アウトドア用のナイフやスポーティングナイフは米国市場で伸びています。以前は関市で製造して米国に輸出していましたが、1977年に米国で自社工場を建て、現地で企画・開発・製造・販売する体制を整えました。軌道に乗るのに時間はかかりましたが、いまや全米でトップクラスのブランドとして認知されています。
海外売上比率5割、新体制でグループ一体経営を推進
若松 日本刀からポケットナイフ、カミソリ、包丁、医療用メスへと幅広い領域に事業が広がっています。私は「100年経営は変化を経営する会社」と定義していますが、まさに、時代の変化に対応してきた知恵が全事業に反映されているように感じました。事業領域も広がっていますが、KAIグループはどのような形で運営されているのでしょうか。
遠藤 国内は、販売とマーケティングを担う貝印と、製造を担うカイインダストリーズという刃物工場から成っています。海外は全て現地法人という形。米国やドイツ、フランス、中国、韓国、ベトナム、インドなどに拠点がありますが、基本はグループ一体経営を行っています。
製造と販売が全くの別会社のような時期もありましたが、2017年に私自ら経営戦略本部を立ち上げ、中期経営計画の策定や、名実ともにワングループとして経営するためのインフラ整備に取り組みました。その方針を2018年の創業110周年イベントの場で社員に発表し、2021年5月からは社長としてグループ経営に取り組んでいます。
若松 経営は、1人では何もできないのが現実です。トップの意志を社員の皆さん協力のもと実現するのが経営であり、「ビジョンマネジメント」です。刃物の事業領域だけで今の規模になるのは市場的に難しいと感じます。現在、海外と国内の売上高比率はどのようなバランスになっていますか。
遠藤 2021年度の売上高はグループ連結で約450億円。海外と国内の売上比率は50対50になります。海外では北米の売上高が大きく全体の3割を占め、ヨーロッパやアジアがそれぞれ1割に満たないぐらいです。社員数は、約2800名のうち3分の2を海外が占めています。
若松 私のコンサルタントの経験上、海外の売上高比率が全体の2~3割を超えるとグローバル企業と捉えています。やはり、今後の海外市場の伸び率は大きくなるのでしょうか。
遠藤 そうですね。国内は安定しており、爆発的に伸びる市場でないものの、売上高をキープしています。付加価値を上げて売上規模や収益基盤を確保しながら、未進出の地域の市場開拓やすでに進出している地域を深掘りしている段階です。