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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2023.04.03

「経営人材」の育成には事業開発へのリーダーシップが必要 立教大学 経営学部 経営学科 准教授 田中 聡 氏

「経営人材」の育成には事業開発へのリーダーシップが必要:立教大学 経営学部 経営学科 准教授 田中聡×タナベコンサルティング 若松 孝彦
   
コロナ禍で経営環境が変わる中、これまでの延長線上にはない事業開発と長期的なビジョンを描ける経営人材が求められている。新規事業開発を通した経営人材育成について研究する立教大学経営学部経営学科准教授の田中聡氏に、これからの経営人材や組織の在り方について聞いた。
   

マネジャーの延長線上に経営人材は育たない

  若松 田中先生が執筆された『経営人材育成論』(東京大学出版会)を拝読しました。「新規事業開発を通した経営人材育成」というテーマには共感するところが多くあり、田中先生の実務家としての視点が基点になっていると感じました。   田中 そもそも、経営人材の育成に関心を持ったのは10年ほど前(2013年ごろ)です。新卒で人材系企業に勤務して4年目の2010年に社内にシンクタンク(研究機関)を立ち上げる新規事業メンバーの一員になりましたが、東日本大震災の影響もあって行動計画が思うように進まず、しばらく社長の鞄持ちのようなことをしていました。   社長のすぐ近くで仕事をするようになり、経営者のスケールの大きさに触れる一方、ある疑問を持つようになりました。それは、経営職がマネジメント職とは全く異なる役割を担うポストであり、「マネジャー職の延長線上にあるものと考える既存の経営人材の育成方法では真の経営リーダーは育たないのではないか」というものです。   若松 私たちタナベコンサルティンググループ(以降、TCG)は、創業以来65年以上にわたり一貫して「トップマネジメントアプローチ」と呼ぶ経営メソッドでチームコンサルティングを提供し、社長人材、経営者人材の特性ついても常に研究してきました。   田中先生がおっしゃるように、マネジャーの延長線上に経営者は育たないと考えています。   田中 TCGが創業した1950、60年代は、今で言うスタートアップのような新しい会社が次々と生まれた時代ですね。それが1970年代から1990年代にかけて工場モデルに移り、大規模資本会社となり、「日本企業の強みはミドルマネジャーにある」と言われるようになります。いわゆる管理職育成に重きを置く時代であり、勢いのある40歳代が会社を支える一方、経営的・戦略的な経営者育成が軽視される傾向にありました。   しかし、2000年代以降はICTの進歩やグローバル化、製品ライフサイクルの短縮化が進み、経営環境は大きく変化しています。会社が生まれ変わらないといけないときに必要なのは企業トップの意思決定ですが、過去の管理者教育を受けてきた社長は、コストダウンという“減量経営”で業績を回復させてきたので、新たな価値を生み出す大胆な意思決定ができなかったのだと考察しています。    

経営人材に必要なリーダーシップ特性と新規事業開発

  若松 同感です。戦後は創業者世代の社長が多くいましたが、減量経営に入ったタイミングは後継経営者世代にバトンタッチする時期と重なっています。日本の企業数は1999年の485万社から、2021年には約367万社(総務省・経済産業省「令和3年経済センサス-活動調査(速報)」2022年5月)と、22年間で118万社減っています。さらに日本の起業率(開業率)は5.1%(2020年度)と、先進主要5カ国の中では最下位です。   つまり、現在の会社を切り盛りしているのは創業経験のない社長がほとんどです。そのため、どうしても管理偏重の減量経営に意識が寄ってしまいます。もちろん、管理は大切な経営技術なのですが、企業変革が必要な時代において、「リーダーシップ」が重要であると考えます。会社や組織におけるリーダーシップの定義ができていないことが問題です。   田中 時代が変わる中、これまでのような漸進的な組織変革ではなく、非連続的な組織変化が必要です。後継経営者には「このままの経営ではいけない」と思っている人も多いはずですが、難しいのは人間の認知的な問題で変革が進まないケースが少なくないことです。「20年、30年先を見据えたパーパス経営をしましょう」と言いながらも、そのビジョンの中に自分がいないと思うとなかなか気持ちが入らない。特に、日本企業のトップの任期は短い傾向にあるため、任期中のリスクを避けたり、短期的なリターンを得られたりする取り組みに目が向かいがちです。   若松 その点、創業者的経営は長期的な展望を持っています。また、自分で未来を描きながらチームをつくり、事業を育ててきた経験はリーダーシップにおいても重要です。TCGにおける経営人材の臨床研究においては、「事業センス」「経営センス」の2つのセンスを重視してきました。事業センスは創業的センスですが、「事業を見る目、何が成長し、何が儲かるのか」を探求し、見極めるセンスであり、リーダーシップが必要になります。一方、経営センスは、マネジメントや人材、キャッシュフローなど、「どのように計画を立て、人材やキャッシュを管理していくか」といったスキルです。   私は経営コンサルタントとして300社以上の企業再生に関与してきましたが、会社変革や成長には「経営センス<事業センス」のバランスが重要だと考えています。会社が潰れたり、廃業したりする要因も、「事業センスの欠如」である場合が多いのです。   経営人材には2つのセンスが必要ですが、田中先生がおっしゃるように1990年代以降、日本では経営センスを重視した管理者教育が中心になりました。理由は簡単です。事業センスは教えたり、学んだりすることが非常に難しいからです。   私たちはそれを分かっていたので、2つのセンスのバランスを考慮した経営人材教育を提供してきました。田中先生の研究領域でいえば、前者の事業センスが新規事業開発なのだと思います。したがって、管理者の延長線上に経営者の仕事がないという考えには同感です。   田中 おっしゃる通りです。経営人材育成において必要とされる経験特性については、1990年代後半に米国のリーダーシップ専門教育・研究機関であるCCL(Center for Creative Leadership)の研究者であるシンシア・D・マッコーレイ氏らがマネジャーの学習に資する経験を「発達的挑戦」と称して、5つのカテゴリーに分類しています。(【図表】)     【図表】経営人材育成において必要とされる5つの経験特性 経営人材育成において必要とされる5つの経験特性 出所:田中聡著『経営人材育成論』(東京大学出版会、2021年7月)よりタナベコンサルティング作成     1つ目が、「ジョブ・トランジッション」(異動)。特に、経営者は本業という本流ではなく傍流から生まれることが多いため、有能な人材は保守的な本流の中で育てるのではなく、積極的に外に出して勉強させるべきです。2つ目は、「高度な責任」。例えば、子会社の経営を任せるなどで養われます。3つ目は、「権限がない中での影響力」。責任は重いが権限がないというジレンマの中でチームをつくることも有効です。4つ目は、「障害」。最後の砦としてトラブルシューティングを経験させること。5つ目は、「変化の創造」。不確実な環境下で変化を生み出す経験をさせることですが、完全に斜陽な業界ではなく、新しい何かをつくり出す余地がある分野で経験を積むのが良いでしょう。   これら5つの経験特性を併せ持つ実務的な経験は何かと考えた結果、新規事業開発という答えにたどり着きました。たまたま2010年代半ばから日本企業は新規事業への投資を積極化させていましたし、経営人材育成へのニーズも高まるなどの時流も重なりました。     田中聡著『経営人材育成論 新規事業創出からミドルマネジャーはいかに学ぶか』(東京大学出版会、2021年7月) 田中聡著『経営人材育成論 新規事業創出からミドルマネジャーはいかに学ぶか』(東京大学出版会、2021年7月)       「経営人材」の育成には事業開発へのリーダーシップが必要:立教大学 経営学部 経営学科 准教授 田中聡×タナベコンサルティング 若松 孝彦    

越境学習で社内の知の深化を図る

  田中 新規事業開発の目的は何かと言えば、「自社の未来をつくる」こと。既存事業の延長線上にある値と経営目標のギャップを埋めるのが新規事業の本質です。自社全体の未来を描くトップの視点を持ちながら、事業レベルの意思決定ができる経験は新規事業以外ではなかなかありません。   若松 その通りです。事業センスが経営センスの中から磨かれていくことだと考えています。すなわち、新規事業開発に挑戦する企業文化を生み出す組織デザインでしょうか。私たちはその1つの手法として、「ジュニアボード」と称するチームコンサルティングをクライアントに導入しています。次代の経営人材候補に対して、「ビジョン実現の具体策」を検討・実行させるチームコンサルティングメソッドなのですが、ジュニアボードチームに新規事業や事業ポートフォリオの変革などを求めるケースが大半です。   ポイントは、「チームビルディングと実装」です。事業センスに年齢、役職、性別などは関係ありません。組織の中から事業センスのある人材を見つけ、チームをつくり、ビジョンを推進していくのがチームビルディング。そして、実行へ移す事業に投資することが実装です。   もう1つのメソッドとして、こちらも日本一の実績(約160校)を持つ「TCGアカデミー(企業内大学)」の導入が挙げられます。導入先企業の人材育成プログラムを支援するチームコンサルティングです。ポイントは、導入する会社の社員の皆さんがアカデミー講師を務めることにあります。社員はPCやスマートフォンなどを使って、好きな時間・場所で受講することもできます。   田中 コンサルティングファームが率先してクライアント企業の中で講師をつくるのは、言ってしまえば「カニバリゼーション」(共食い)の領域。コンサルタントを派遣して報酬をもらおうと考えるのが普通ですが、その仕組みづくりを支援するというのは面白いですね。   若松 ありがとうございます。この仕組みに可能性を感じた現場での出来事がありました。あるクライアント企業の社長に、アカデミー導入後の状況説明をするためのデモ動画を見せたところ、「タナベコンサルティングの社員さんはうまく話しますね」と褒めていただいたのですが、実はその動画の講師はクライアント企業の社員だったのです。そのことをお伝えすると社長はその社員の名前を聞き直し、「当社にも優秀な社員がいるじゃないか」と感動していました。その時、TCGアカデミーとは、「できない人よりもできる人材を発見し、社員一人一人を主役(タレント)として活躍させるプログラム」だと確信したのです。   田中 組織開発であり、人材開発でもある。突き詰めると、人材育成の最適解は現場ごとに異なりますが、今はOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が機能不全に陥り、実践知の伝承が難しくなっています。その点、アカデミーは職場内で形式知化されていない暗黙知を共有して学ぶ場を復権させようとする試みのように映ります。   最近は、越境学習や、イノベーションの分野でも「知の深化・知の探索」という「両利きの経営」が注目されています。社内の既存の知と、社外にあるかけ離れた知識をいかに掛け合わせられるかという話ですが、アカデミーは社内にある既存の知同士を掛け合わせる社内越境学習の機会になりますし、そこから新しいアイデアをつくるという新規事業の文脈でも可能性を感じます。    

2極化する人的資本経営への取り組み

  若松 しかし、私は一方で、「戦略は何をするのかと同じぐらい、誰がするかが大切だ」とも言っています。事業のアイデアがあっても、人をつなぐことができないと組織はうまく回りません。田中先生は「人的資本経営」についてどのようにお考えでしょうか。   田中 人的資本経営を生かすも殺すも経営者次第です。情報開示やコーポレートガバナンス・コードの改訂、社外取締役の増員などさまざまな枠組みの議論はあるものの、本質的な人的資本経営に経営者の関心がどの程度あるかと言えば、私はまだ懐疑的な見方をしています。総論では、「人的資本経営が大事だ」と言いますが、賃上げや働き方改革といった個別具体的なイシューへの対応を見ると、人的資本経営に向けてアクセルを踏んでいる会社と、様子を見ている会社に2極化しています。   ただ、世の中の関心が高まっていることは良い機運だと思います。むしろ、人的資本経営がバズワードとしてあるのなら、みんながそこに乗ってみる。取り組んでいない企業に対して「何で取り組まないの?」という感覚で引っ張って行けば良いのかなと思います。   若松 「企業は人なり」。これは松下幸之助氏が“経営の神様”と呼ばれていた時代から言われてきたことです。社員一人一人が将来のビジョンを描けるようなジョブデザインが企業に求められるフェーズに入っていますが、一方で、「人材開発=コスト」という考え方を変えられない構造的な問題も残っています。   田中 人的資本の価値をいかに最大化するかを考える際、今のところ主語は経営です。「経営のために社員を○○する」といったように。ですが、本質的にはこの概念の主語は働く社員一人一人だと思います。自分の資本的な価値をどう高めて行くのか、そこに会社がどう寄り添っていけるかが本来の姿。主語が経営から個人に変わったときが、人的資本経営が前進するときだと思います。   ただし、単に個人のやりたいことや個人の好きに寄り添うのは経営ではありません。厳しくもフラットで対等な緊張関係の中に個人と経営がある関係性をつくれるかどうかが重要であり、個人に対してきちんとキャリアの選択肢を提示しながら、会社は個人にどのレベルの水準を求めているのかを発信する必要があります。   さらに、もしも企業が求める水準に個人が到達しなければ、違う会社で活躍する道をあえて本人に提案するのも企業と個人の健全な関係だと思います。その意味でも、「その会社は何のために世の中に存在しているのか」というビジョンを起点に、人的資本を語るべき時期がきていると思います。   若松 同感です。そのためにもパーパスを示し、ビジョンを描き、未来のために事業を創造する経営人材の育成が求められています。今回の対談を通して、私たちTCGが大切にしてきたトップマネジメントアプローチや経営人材育成を見直すこともできました。ありがとうございました。     立教大学 経営学部 経営学科 准教授 田中 聡(たなか さとし)氏 1983年山口県生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。慶應義塾大学商学部卒業後、インテリジェンス(現パーソルキャリア)入社。大手総合商社とのジョイントベンチャーに出向して事業部門を経験した後、人と組織に関する調査研究・コンサルティング事業を専門とするインテリジェンスHITO総合研究所(現パーソル総合研究所)の立ち上げに参画。同社リサーチ室長・主任研究員・フェローなどを務め、2018年より現職。専門は、経営学習論・人的資源開発論。働く人とチームの学習・成長について研究している。     タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。     タナベコンサルティンググループ(TCG) 大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国600名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来15,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。