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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2022.09.01

新しい食文化を世界で創造し続ける キッコーマン 代表取締役社長COO 中野 祥三郎氏×タナベコンサルティング 若松 孝彦

   
コロナ禍で過去最高業績を更新し続けるキッコーマン。業績向上に大きく寄与する海外市場では、「KIKKOMAN」がしょうゆの代名詞として使われるほど強力なブランドを構築している。「グローバルビジョン2030」を掲げ、さらなる飛躍を目指す代表取締役社長COOの中野祥三郎氏に、伝統と革新の経営について伺った。
   

コロナ禍においても海外売り上げが10年で倍増

  若松 キッコーマンは1917年の設立以来、しょうゆを中心に調味料やワイン、豆乳など幅広い商品を展開されています(【図表】)。コロナ禍においても業績が好調に推移しており、売上高は5000億円を超え、海外で食料品の製造・販売も手掛ける唯一無二のビジネスモデルです。     【図表】キッコーマンのブランド体系 出所:キッコーマンHPよりタナベ経営作成       中野 ありがとうございます。おかげさまで、2022年3月期は売上高5000億円、営業利益は500億円を超えました。1つの節目を迎えたと捉えています。やはり大きいのは海外比率の拡大です。現在の売上比率は、海外7割に対して国内は3割。ここ10年間、国内は微増で推移してきましたが、海外は売り上げが倍増しています。   若松 10年間で倍増は素晴らしい実績です。すでに100を超える国と地域で事業を展開されている中での、さらなる「キッコーマンブランド」のグローバル戦略をお聞かせください。   中野 今後も海外展開に注力していきます。まだしょうゆが使われていないエリアはたくさん残っており、将来的に伸びる余地は大いにあると考えています。   ただ、調味料はすぐに消費が伸びる商品ではありません。普及には、「しょうゆを使って料理を作ってもらう」というステップが必要ですから、まずは料理をする方々にしょうゆを紹介するところからスタートしています。   若松 「しょうゆを使っていないエリアが世界にはまだ多くある」という視点こそ真のマーケティング発想であり、そのために商品の良さを消費者に伝える、普及していくという地道なマーケティング活動が、キッコーマンの約束である「こころをこめたおいしさで、地球を食のよろこびで満たします。」の実現につながります。それには体験してもらうことが一番です。エバンジェリスト(伝道者)戦略でもありますね。しょうゆは日本独自の調味料ですが、体験価値が上がることで現地化が進んでいきます。   中野 海外展開で面白いのは、しょうゆの新たな使い方を発見できることです。食文化の「交流」によって新たな食文化がつくられていく。例えば、米国やヨーロッパでは米飯にしょうゆをかけて食べたりします。中でも、ヨーロッパでは甘めのしょうゆが好まれるなど、国によって進化を遂げている。   そうした新しい食べ方や使い方を現地のプロモーションに活用するだけでなく、日本で紹介しています。交流して、「融合」して、新たな文化ができていく。これはとても面白いです。   若松 グローバル戦略には数値目標も大切ですが、数値では表せない価値も大切です。日本のしょうゆと海外の料理が交流し、融合することで、新しい食文化として定着していく。そうした風景の創造こそがグローバル戦略で目指す姿なのですね。想像するだけで胸が躍ります。キッコーマンのグローバル戦略は、日本企業が海外展開するための王道であると感じます。   中野 食生活や食文化の定着は時間がかかりますが、一度定着すると簡単に需要は減りません。当社は米国に進出して65年がたちましたが、今でも北米の売り上げは年5%ぐらいの割合で伸びています。ヨーロッパへの参入からは約50年で、売り上げは年10%以上伸びています。1年で倍増するような急成長はありませんが、着実に伸びていくのが特長であり、見方を変えれば強みと言えます。    

「グローバルビジョン2030」で新しいバリューに挑戦

  若松 顧客が商品を体験するカスタマーエクスペリエンス(CX:顧客体験価値)を高めることは、企業のブランディングに貢献します。交流し、融合して、新しいものが創造されていくのは非常にイノベーティブです。   中野 それが「価値の創造」だと考えています。ちょうど今、当社は「新しい価値創造への挑戦」を掲げて「グローバルビジョン2030」に取り組んでいるところです。   若松 「新しい価値の創造」というビジョンの重点戦略についてもお聞かせください。   中野 1つは、「No.1バリューの提供」です。しょうゆ事業と東洋食品の卸事業において、ナンバーワンポジションの強化を目指していますが、それにはエリアをしっかりと広げていくことです。海外事業の柱である北米・ヨーロッパ・アジアだけでなく、南米やインドなどにも注力していきます。   すでに南米やインドでも事業が始まっていますが、まだ市場は未熟です。現在の北米やヨーロッパのような状況に至るのは30年、40年先と考えていますが、今は実現に向けてしっかりと準備をしている段階です。また、伸びている北米やヨーロッパにおいても、事業範囲やお客さまを広げていきたいと考えています。   若松 「30年、40年先の準備」という表現は、設立100年を超えるキッコーマンらしいサステナブルな長期ビジョンです。新しい交流と融合で各地域の市場が創造できれば、持続的成長が実現しますからね。商品カテゴリーやブランド別の戦略についてはいかがでしょうか。   中野 「豆乳」「デルモンテ」「ワイン」「バイオ」の各事業は「エリアNo.1戦略」として、特定の地域、領域で確かな価値を提供しながらエリアでナンバーワンのポジションを固めていきます。特に、豆乳事業は参入から10年以上たち、今では事業の1つの柱に成長しました。   豆乳には飲料としての需要もありますが、料理にも使っていただけます。単品としては、しょうゆと並んで売り上げが大きいですし、伸びる余地は十分にあると見ています。しょうゆと同じく大豆由来という共通点がありますし、豆乳が持つ健康・ヘルシーといったイメージは企業価値の向上にも貢献しています。   また、バイオ事業は当社の醸造・発酵技術を応用した事業であり、酵素を活用した糖尿病の診断薬や衛生検査用の測定器などを中心に展開しています。事業としてはまだ小さいですが、より強力な柱になるよう取り組んでいるところです。       本業でお客さまに喜んでいただく、 食の喜びを感じていただくことにひたすら集中していきます      

本業以外の事業には手を出さない

  若松 バイオ事業は新たな価値創造への挑戦として非常に楽しみです。キッコーマンは私が提唱する「100年経営企業(100年以上の歴史がある長寿企業)」です。社内に長く伝わる社訓のようなものはありますか。   中野 明文化されていませんが、「本業以外に手を出すな」ということは代々言われてきました。バブル期にはさまざまな事業のお誘いもありましたが、当時も食品領域以外の事業は手掛けませんでした。本業でお客さまに喜んでいただく、食の喜びを感じていただくことにひたすら集中してきました。   若松 「おいしい記憶をつくりたい。」というコーポレートスローガンを体現する経営ですね。ホームページでも、食の豊かさや幸福感が伝わるブランディングが貫かれています。現在のコーポレートスローガンをつくられたのは、いつごろですか。   中野 2008年です。当時から「萬」を中心に配した亀甲(六角)マークはありましたが、社名の書体などが統一されていませんでした。さらに、海外展開を推進する上でコーポレートマークをつくることになり、ブランドとしての考え方をもう一度整理しようと取り組みました。   その際、昔から受け継がれている考え方を基に、キッコーマンの約束や、コーポレートスローガン、コーポレートマークを策定。おいしいという記憶を、いかにお客さまや消費者の皆さまに感じていただけるかが当社の価値であり、事業を行う存在意義であることを定義しました。   若松 今で言う「パーパス」ですね。私はパーパスを「貢献価値」と解釈していますが、何で貢献するか、どのように世の中の役に立つかが、しっかりと定義されているスローガンだと感じます。   中野 ありがとうございます。策定に当たっては、若手のメンバーを集めて討議し、外部の知恵も借りながらつくっていきました。さらに、スローガンを決めて終わりではなく、ブランドブックを製作して全社員に配布しました。もちろん、英語版もつくって海外の社員に配布しています。   組織の考え方が社員にきちんと浸透していくと、「私たちは何をすべきか」という方向性が一致していく。やり方はさまざまあると思いますが、目指すべき方向を合わせることが重要だと考えています。    

トップ自らリーダーシップの自律性を発揮する

  若松 企業のブランディングについては、インナーブランディングも非常に重要です。社員の意識の変化が社風を変え、その社風がブランドとして顧客や社外へ伝わっていきます。ここ数年続くコロナ禍で、インナーブランディングの重要性を問い直す会社が、私たちへの相談も含めて増えています。   中野 約束やスローガンは周知されていますが、日々の業務の中でブランドへの貢献が感じにくい仕事もあります。それぞれが自社のブランドについて考えるきっかけが必要だと思い、私が社長に就任してから「みんなで考える会をつくろうよ」と、声をかけて始めた取り組みがあります。ちょうどコロナ禍で対外的な活動が制約されたこともあって、時間をつくることができました。   若松 具体的にはどのような取り組みなのでしょうか。   中野 所属長や中間管理職を対象に各回15名に参加してもらい、私も含めてディスカッションしています。全30回を企画しています。参加者には前段階として、キッコーマンのグループビジョンやグループが目指す姿、実現に向けてどのように進めていくか、どうやってお客さまの喜びに貢献していくかなどを各部門や個人の立場で考えてもらい、メンバーで対話しています。   また、そこで考えたことを研修会でブラッシュアップしたり、各職場に持ち帰ってメンバーとディスカッションしたりしながら共有しています。日々の業務と将来のことを関連させながら両輪を回していくことが大事ですし、キッコーマンの約束や各部門が目指すべき方向、強みとは何かなどについて一人一人に考えてもらうことが重要です。それが社員のやる気を引き出し、行動を促していくと考えています。   若松 ワーク・エンゲージメントの向上ですね。これまでの価値観が変わりつつあるコロナ禍にこそ、考えるべきテーマです。「食」の領域は、特に心が大事です。品質や味に心が表れますから。その意味でも、受け継いできた価値やブランドをしっかりと理解し、いかに自分のものにするかが一番大切な部分です。   中野 結局、組織は人が全て。こうした機会を生かして、一人一人が考え、挑戦してもらいたいと思います。中間管理職の約450名に対し、全30回のうち3分の2が終わったところであり、引き続き開催していきます。    

顧客との密なコミュニケーションで体験価値を創造する

  若松 私は、「これからのビジョンは『長期ビジョン』であるべきことや、その中にDX・グローバル・サステナビリティ・M&Aが組み込まれていることが大切」と、提言しています。キッコーマンのグローバルビジョン2030には、それらが全て含まれています。その上で、さらに取り組むべきことはありますか。   中野 1つは自社商品を使った料理レシピの強化です。ホームページで公開しているレシピの閲覧数は月1000万PV(ページビュー)に上っており、レシピは当社の強みと言える部分。その充実と活用は重要なテーマと捉えています。   デジタルを適切に活用しながら、レシピ提供を通してお客さまとの双方向のコミュニケーションに取り組んでいきたいですし、国内外のお客さまとの交流も活発化させることで、お客さまの声を商品づくりや店頭での販売促進にも活用していきたいと考えています。   一方、リアルの交流も大切にしています。リアルとデジタルをうまく組み合わせながらお客さまと交流できる仕組みを構築し、ビジョンの実現につなげていきます。   若松 世界では、デジタル技術の活用で「体験価値」をアップデートさせた事例が数多く出てきています。信頼関係を築いた上で双方向の交流が深まれば、価値創造がさらに加速するでしょうね。対談を通して、「本業以外はやらないこと」「グローバルに交流し、融合して、新たな価値を創造していくプロセス」「ブランディングとワーク・エンゲージメント」など、キッコーマンがキッコーマンたるゆえんに触れることができました。今後も世界中に食のよろこびを提供されることを祈念しております。本日はありがとうございました。       キッコーマン 代表取締役社長COO 中野 祥三郎(なかの しょうざぶろう)氏 1957年千葉県生まれ。1981年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了後、キッコーマン入社。国内営業、海外販社出向後、2008年4月経営企画部長に就任。同年6月執行役員、2011年常務執行役員、2012年CFO(最高財務責任者)、2015年取締役常務執行役員、2019年キッコーマン食品社長(現任)などを経て、2021年6月より現職。     タナベコンサルティンググループ タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず、大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。社長就任後の2016年9月に東証一部(現プライム)上場を実現する。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『甦る経営』『戦略をつくる力』『ファーストコールカンパニー宣言』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。     タナベコンサルティンググループ(TCG) 日本の経営コンサルティングファームのパイオニア。東証プライム上場企業。1957年の創業以来、We are Business Doctorsを掲げて日本全国はもとより世界でも活動。現在は、グループ4社で総員580名のプロフェッショナルを有し、ビジョン・戦略の策定からM&A、DX・デジタル、HR、ファイナンス、クリエーティブ、デザイン経営などの実装までを一気通貫で提供できるチームコンサルティング、そのバリューチェーンで企業繁栄に貢献する。    

PROFILE

  • キッコーマン(株)
  • 所在地:千葉県野田市野田250
  • 設立:1917年
  • 代表者:代表取締役社長COO 中野 祥三郎
  • 売上高:5164億4000万円(グループ計、2022年3月期)
  • 従業員数:7686名(グループ計、2022年3月現在)