新しい食文化を世界で創造し続ける:キッコーマン 代表取締役社長COO 中野 祥三郎氏×タナベコンサルティング 若松 孝彦
コロナ禍においても海外売り上げが10年で倍増
若松 キッコーマンは1917年の設立以来、しょうゆを中心に調味料やワイン、豆乳など幅広い商品を展開されています(【図表】)。コロナ禍においても業績が好調に推移しており、売上高は5000億円を超え、海外で食料品の製造・販売も手掛ける唯一無二のビジネスモデルです。
【図表】キッコーマンのブランド体系
中野 ありがとうございます。おかげさまで、2022年3月期は売上高5000億円、営業利益は500億円を超えました。1つの節目を迎えたと捉えています。やはり大きいのは海外比率の拡大です。現在の売上比率は、海外7割に対して国内は3割。ここ10年間、国内は微増で推移してきましたが、海外は売り上げが倍増しています。
若松 10年間で倍増は素晴らしい実績です。すでに100を超える国と地域で事業を展開されている中での、さらなる「キッコーマンブランド」のグローバル戦略をお聞かせください。
中野 今後も海外展開に注力していきます。まだしょうゆが使われていないエリアはたくさん残っており、将来的に伸びる余地は大いにあると考えています。
ただ、調味料はすぐに消費が伸びる商品ではありません。普及には、「しょうゆを使って料理を作ってもらう」というステップが必要ですから、まずは料理をする方々にしょうゆを紹介するところからスタートしています。
若松 「しょうゆを使っていないエリアが世界にはまだ多くある」という視点こそ真のマーケティング発想であり、そのために商品の良さを消費者に伝える、普及していくという地道なマーケティング活動が、キッコーマンの約束である「こころをこめたおいしさで、地球を食のよろこびで満たします。」の実現につながります。それには体験してもらうことが一番です。エバンジェリスト(伝道者)戦略でもありますね。しょうゆは日本独自の調味料ですが、体験価値が上がることで現地化が進んでいきます。
中野 海外展開で面白いのは、しょうゆの新たな使い方を発見できることです。食文化の「交流」によって新たな食文化がつくられていく。例えば、米国やヨーロッパでは米飯にしょうゆをかけて食べたりします。中でも、ヨーロッパでは甘めのしょうゆが好まれるなど、国によって進化を遂げている。
そうした新しい食べ方や使い方を現地のプロモーションに活用するだけでなく、日本で紹介しています。交流して、「融合」して、新たな文化ができていく。これはとても面白いです。
若松 グローバル戦略には数値目標も大切ですが、数値では表せない価値も大切です。日本のしょうゆと海外の料理が交流し、融合することで、新しい食文化として定着していく。そうした風景の創造こそがグローバル戦略で目指す姿なのですね。想像するだけで胸が躍ります。キッコーマンのグローバル戦略は、日本企業が海外展開するための王道であると感じます。
中野 食生活や食文化の定着は時間がかかりますが、一度定着すると簡単に需要は減りません。当社は米国に進出して65年がたちましたが、今でも北米の売り上げは年5%ぐらいの割合で伸びています。ヨーロッパへの参入からは約50年で、売り上げは年10%以上伸びています。1年で倍増するような急成長はありませんが、着実に伸びていくのが特長であり、見方を変えれば強みと言えます。
「グローバルビジョン2030」で新しいバリューに挑戦
若松 顧客が商品を体験するカスタマーエクスペリエンス(CX:顧客体験価値)を高めることは、企業のブランディングに貢献します。交流し、融合して、新しいものが創造されていくのは非常にイノベーティブです。
中野 それが「価値の創造」だと考えています。ちょうど今、当社は「新しい価値創造への挑戦」を掲げて「グローバルビジョン2030」に取り組んでいるところです。
若松 「新しい価値の創造」というビジョンの重点戦略についてもお聞かせください。
中野 1つは、「No.1バリューの提供」です。しょうゆ事業と東洋食品の卸事業において、ナンバーワンポジションの強化を目指していますが、それにはエリアをしっかりと広げていくことです。海外事業の柱である北米・ヨーロッパ・アジアだけでなく、南米やインドなどにも注力していきます。
すでに南米やインドでも事業が始まっていますが、まだ市場は未熟です。現在の北米やヨーロッパのような状況に至るのは30年、40年先と考えていますが、今は実現に向けてしっかりと準備をしている段階です。また、伸びている北米やヨーロッパにおいても、事業範囲やお客さまを広げていきたいと考えています。
若松 「30年、40年先の準備」という表現は、設立100年を超えるキッコーマンらしいサステナブルな長期ビジョンです。新しい交流と融合で各地域の市場が創造できれば、持続的成長が実現しますからね。商品カテゴリーやブランド別の戦略についてはいかがでしょうか。
中野 「豆乳」「デルモンテ」「ワイン」「バイオ」の各事業は「エリアNo.1戦略」として、特定の地域、領域で確かな価値を提供しながらエリアでナンバーワンのポジションを固めていきます。特に、豆乳事業は参入から10年以上たち、今では事業の1つの柱に成長しました。
豆乳には飲料としての需要もありますが、料理にも使っていただけます。単品としては、しょうゆと並んで売り上げが大きいですし、伸びる余地は十分にあると見ています。しょうゆと同じく大豆由来という共通点がありますし、豆乳が持つ健康・ヘルシーといったイメージは企業価値の向上にも貢献しています。
また、バイオ事業は当社の醸造・発酵技術を応用した事業であり、酵素を活用した糖尿病の診断薬や衛生検査用の測定器などを中心に展開しています。事業としてはまだ小さいですが、より強力な柱になるよう取り組んでいるところです。