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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2022.07.01

経営戦略に直結するリーダーシップの発揮で組織は成長する:慶應義塾大学 総合政策学部 准教授 琴坂 将広氏×タナベコンサルティング 若松 孝彦

 

 

コロナ禍や地政学的リスクも含め、企業を取り巻く環境は大きく変化している。変局点を迎える時代の経営戦略とはいかなるものか――。マネジメントからリーダーシップの時代へ。研究者であり実務家、戦略コンサルタントでもあった慶應義塾大学総合政策学部准教授の琴坂将広氏と解き進める。

 

 

事業の成長と組織の安定を両立する経営戦略とは

 

若松 琴坂先生の著書『経営戦略原論』(東洋経済新報社)は、経営学の歴史から経営戦略が展開され、理論と実践が融合しており大変参考になりました。琴坂先生は自ら小売りやデジタルビジネスを起業され、その後にマッキンゼー・アンド・カンパニーで経営コンサルタントをされていました。そうした経験が先生の経営理論の背景にあるように感じます。私自身もコンサルティングファームの社長であり、経営コンサルタントですから共感する部分が多くあります。私たちは普段から「経営戦略」という言葉をよく使いますが、企業規模や状況によって何を指しているのか、実は解釈が難しい経営用語でもあります。

 

琴坂 スタートアップや中小企業のように単一のビジネス領域で経営している場合、全社の経営戦略と事業の成長戦略は同一視されることもありますが、一方で事業規模が大きくなるにつれ、全社の戦略、すなわち単一事業を超えた視点、中長期の視点が重きを増してきます。

 

戦略と一言で言っても多義性があり、多様な要素が含まれることが、戦略という概念を分かりにくくしている要因ですが、拙書では少し単純化し、経営戦略を「全社戦略」「事業戦略」「機能戦略」に分けて考えました。(【図表】)

 

【図表】全社戦略・事業戦略・機能戦略の階層

出所 :『 経営戦略原論』(東洋経済新報社)よりタナベ経営作成

 

 

若松 私たちは「事業経営」という言葉を用いて、事業は成長させる戦略、組織は安定させる戦略と位置付け、経営戦略を整理することが多いのですが、どちらにしても成長と安定という異なる技術を経営戦略として語る難しさは同じですね。琴坂先生の考える経営戦略は、戦略を広がりと時間軸という視点で捉えており、非常に理解しやすいです。

 

琴坂 全社戦略は、事業サイクルやサービスサイクルを超えた生き残りと持続成長、時間軸を超えた組織の在り方に関する戦略です。組織全体の持続に向けた各種の取り組みを指しています。

 

事業戦略は、事業拡大や競合との競争を扱います。単年度の戦略や中期経営計画の時間軸は目前の仕事であり、事業戦略になります。

 

機能戦略は、人事戦略やデジタル戦略、マーケティング戦略などです。特定の機能がその事業の推進にとって重要である場合や、ある機能がその会社の一般的な強みや事業を超えて競争力を発揮できる場合は重視すべきです。デジタル戦略のようにキャッチアップが必要なケースもあります。

 

 

デジタルや多様性がもたらすパワーバランスの変化

 

若松 コロナ禍に直面し、経営戦略の転換を迫られている企業も少なくありません。私は、長い時間軸で思考するビジョンや戦略には、「DX」「M&A」「サステナビリティ」「グローバル」の4つのインパクトを含めるよう提言しています。これまでのコロナ禍の影響をどのように見ますか。

 

琴坂 コロナ禍は、変わり始めていたものを一層加速させた側面があります。デジタル活用の加速やレジリエンス(変化に対する強靱性)の重要性が認識されたこと。さらに、リモートワークの普及によって多様な働き方を認める契機にもなりました。

 

若松 デジタル化や多様な働き方は、サステナビリティの本質やリーダーシップの在り方にも影響を及ぼしているように感じます。

 

琴坂 パワーバランスに変化が起きている可能性はあります。今、オンライン上のコミュニケーションにおけるスキルやノウハウがリーダーシップにどう影響するかについて、研究会のメンバーと議論しています。

 

「Zoomには席次がない」と実務家の方から聞きます。オンライン会議システムやオンライン上で展開されるテキストベースのコミュニケーションにおいては、これまでと異なる形でリーダーは自身がリーダー足り得ることを示す必要があるのです。

 

若松 まさに、コロナ禍のリーダーシップですね。とても興味深いテーマです。ZoomやMicrosoft Teamsなどのオンライン会議は、指定しない限り平等というか、序列なく画面に参加人数分の顔が映し出されますからね。

 

琴坂 従来のリアル会議やビデオメッセージであれば、声のトーンや大きさで自分の存在感や地位を示すことができました。しかし、テキストベースのコミュニケーションや、誰もが同じ枠の中で発言するビデオ会議では、本当の意味で付加価値を発揮できる人やグループを掌握できる人の存在感や地位が高まっていきます。

 

さらに、絵文字や「いいね!」ボタンのような非言語コミュニケーションが浸透する中、これまでとは違うノウハウを持った人間のプレゼンスが上がっていく可能性は十分にあります。

 

若松 上意下達のコミュニケーションを前提とする今までのリーダーシップとは異なるスキルが求められます。

 

琴坂 より意図的にリアルの機会を活用する必要があります。限られたリアルコミュニケーションにおいてリーダーシップを確立するためには、自己プロデュースした姿を見せることが必要になってくるかもしれません。

 

 

情報発信のデザインは経営に欠かせない技術

 

若松 私は社長として情報発信やメッセージを大切にしています。各媒体をどう活用するか、正しくメッセージが届いているかなど、全体のデザインが重要です。リーダーシップに関して言えば、これからの経営において、「体験」を共有する技術は欠かせない要素になると感じています。

 

その意味で非常に感銘を受けたのが、米・マイクロソフト社のCEOであるサティア・ナデラ氏がつくった、同社の未来を描く「Productivity Future Vision」(2015年)です。30年後である2045年のデジタル技術や世界を予測した動画ですが、このリーダーシップの取り方は非常に現代的です。

 

琴坂 そこはコロナ禍で突き付けられた部分とも言えます。「自分自身とは何か」「どのような一体感を醸成していくか」について、企業もデザインしていく必要があると思います。より作為的な自分自身の演出が必要です。

 

ただ、それはリモートワークやグローバル時代のマネジメントであると同時に、ダイバーシティー&インクルージョンの世界観に求められるリーダーシップでもあるでしょう。さまざまなルーツや専門性を持つ人々が所属する巨大な組織においては、分かりやすいメッセージを発信することで、人種や専門性を超えて伝えることが必要です。

 

若松 私たちはコンサルティングファームなので、ダイバーシティー&インクルージョンな組織をデザインせざるを得ないのですが、実際に「組織競争力の源泉」になると断言できますね。最近では、「人的資本」や「タレントマネジメント」とも呼びますが、ダイバーシティー&インクルージョンを各社でどう定義して取り組むかが重要な経営戦略になります。

 

琴坂 「ユニコーン」と呼ばれる企業(創業から10年以内、企業評価額が10億ドル以上の未上場のベンチャー企業)がなぜ強いかと言えば、圧倒的な認知と能力の多様性を実現できる仕事環境を提供しているからだと考えます。こうした急成長企業やグローバル企業でのみ実践されていた経営の在り方が、次第に中堅・中小企業においても価値あるものになりつつあります。「温故知新」は、私の好きな言葉です。自らの伝統や強みを守りつつも、こうした新しい企業の新たな発想を実践できる企業がより強い競争力を持つ時代なのです。

 

新しい時代のリーダーシップを体現することで、多様な状況に直面している方々や多様な趣向・考え方・感性を持っている方々を組織内に招き入れることができる。こうした方々が自社の根幹を担ってきた中核の方々と協業することで、多様な軸や発想が自社の伝統や価値観と融合し、特性を生かした多様性のある組織・プロダクト開発に導くのだと思います。