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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2022.06.01

志は戦略であり、経営である:一橋大学ビジネススクール 名和 高司氏×タナベコンサルティング 若松 孝彦

志は戦略であり、経営である:一橋大学ビジネススクール 名和 高司氏×タナベコンサルティング 若松 孝彦

 

 

資本主義の限界が叫ばれる中、「パーパス経営」が注目を集めている。混迷の時代こそ、「企業は何で社会に貢献するのか」という貢献価値が問われているのだ。新時代を生き抜く企業経営とはどうあるべきか。そのヒントを一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏に伺った。

 

 

コロナ禍や地政学的リスクはパーパスを考えるチャンス

 

若松 名和先生は2021年に上梓された『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)において、志を基軸とする「志本主義」について論じておられます(【図表1】)。私は事業承継を控える経営者に、「経営者は創業の志を今に翻訳するリーダーでもある」と言っていますが、それを伝えるには時代に合わせた翻訳力が必要です。コロナ禍や地政学的リスクはそこを考える絶好のタイミングでした。

 

 

【図表1】志を基軸とする「志本経営」

志を基軸とする「志本経営」

出所:『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)よりタナベ経営作成

 

 

名和 危機は現状を見直す良い機会になります。実際に、私も横浜にある中小企業でパーパスをつくるお手伝いをしました。同社はコロナ禍で一時売り上げが半減したものの、約1カ月かけてパーパスをつくったところ、社員が元気になって売り上げがV字回復しています。

 

もともと同社には、ロケットの部品を作るなど高い技術力がありました。作業を通して社員が技術力や存在価値に自信を持ったことに加え、あらゆる制約を取り除いた白紙の状態で「本当にやりたいこと」を話し合ったことで、顧客に提供したい価値がはっきりしました。パーパス策定のプロセスを終えて、「社員一丸となって腕を磨こう」と志気が高まっています。

 

若松 パーパスが企業経営の軸になる興味深い事例ですね。名和先生は外資系大手コンサルティングファームで長くコンサルティングに従事され、今も多くのアドバイザーを兼任されています。パーパスをあえて「志」と翻訳されたところに、私は社長としても、コンサルタントとしても非常に共感します。危機にこそ「志」が必要であり、私も同様のメッセージを発信してきました。「私たちは何のために事業やっているだろう」「なぜ、この事業、商品を扱っているのだろう」と。コロナ禍にサステナビリティやパーパスについて考えた企業は多いのではないでしょうか。

 

名和 コロナ禍などの危機に直面すると誰しも右往左往しがちですが、私は一度立ち止まって考えることを提案しています。パーパスは存在意義と訳されますが、心の内側から湧き出てくる強い思いであってほしいとの願いを込めて、私は「志」と読み替えています。顧客と向き合い、創業の思いを今の時代に置き換えてみるなど、志(パーパス)について考えることで再びファイティングポーズを取ることができるのです。

 

若松 禅に「七走一座」という言葉があります。「7回走ったら1回座れ」という意味ですが、トップには一度立ち止まって深く思考する時間が必要です。その言葉を思い出しました。

 

 

サステナブルでない企業は生き残れない時代

 

若松 私はパーパスを「貢献価値」とも理解していますが、企業が「何で貢献するのか」、その価値をはっきり示さないと選ばれない時代になっているように思います。それが、私たちの提唱している「ファーストコールカンパニー 100年先も一番に選ばれる会社へ、決断を。」というシェアード・バリューにもつながっています。

 

名和 同感です。顧客市場や人財市場、金融市場は本質的に変化しており、環境や社会に配慮しない企業は生き残れない状況になっています。

 

顧客市場を見ると、BtoCの顧客である消費者は「社会にとって良い商品か」「環境にとって良い商品か」といった部分に意識が向き始めています。特に、ミレニアル世代やZ世代と呼ばれる若い層ほど関心が高く、そこを無視する企業は顧客の「いいね」を獲得できません。

 

さらに動きが速いのはBtoBです。CO2削減への対応などが取引条件に入るなど、サステナブルな企業でないと生き残れない状況になっています。下請け構造が変わり始めており、待ったなしの状況と言えます。

 

若松 別の表現をすれば、サステナビリティを起点としてサプライチェーンの大転換が起こっているわけですね。取引先やその条件ですら、制約・制限されていきます。

 

名和 これは人財市場にも当てはまります。サステナブルな会社でないと、人を採用できない時代に入っています。特に若い世代は、終身雇用がないという前提のもと、自分らしい生き方や自身のキャリアについて真剣に考えており、「その会社で何が身に付くのか」だけではなく、「その会社を通してどのように社会に貢献できるのか」を重視しています。大学で学生と日々接していますが、どう社会に貢献するか、について真剣に悩んでいます。

 

さらに、金融市場ではESG(環境・社会・ガバナンス)に配慮した取り組みが進んでいます。今は、融資ですら下手な企業と取引できません。投資ならばなおさらです。もはや顧客や人財、金融においてサステナビリティは大前提であり、プラスアルファとして「あなたは何をしてくれるのか」が問われている。サステナビリティはある種の入場券です。やらないと参加する資格がない。貢献価値でいうと、プラスアルファが志(パーパス)だと考えています。