
資本主義の限界が叫ばれる中、「パーパス経営」が注目を集めている。混迷の時代こそ、「企業は何で社会に貢献するのか」という貢献価値が問われているのだ。新時代を生き抜く企業経営とはどうあるべきか。そのヒントを一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏に伺った。
コロナ禍や地政学的リスクはパーパスを考えるチャンス
若松 名和先生は2021年に上梓された『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)において、志を基軸とする「志本主義」について論じておられます(【図表1】)。私は事業承継を控える経営者に、「経営者は創業の志を今に翻訳するリーダーでもある」と言っていますが、それを伝えるには時代に合わせた翻訳力が必要です。コロナ禍や地政学的リスクはそこを考える絶好のタイミングでした。
【図表1】志を基軸とする「志本経営」
出所:『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)よりタナベ経営作成
名和 危機は現状を見直す良い機会になります。実際に、私も横浜にある中小企業でパーパスをつくるお手伝いをしました。同社はコロナ禍で一時売り上げが半減したものの、約1カ月かけてパーパスをつくったところ、社員が元気になって売り上げがV字回復しています。
もともと同社には、ロケットの部品を作るなど高い技術力がありました。作業を通して社員が技術力や存在価値に自信を持ったことに加え、あらゆる制約を取り除いた白紙の状態で「本当にやりたいこと」を話し合ったことで、顧客に提供したい価値がはっきりしました。パーパス策定のプロセスを終えて、「社員一丸となって腕を磨こう」と志気が高まっています。
若松 パーパスが企業経営の軸になる興味深い事例ですね。名和先生は外資系大手コンサルティングファームで長くコンサルティングに従事され、今も多くのアドバイザーを兼任されています。パーパスをあえて「志」と翻訳されたところに、私は社長としても、コンサルタントとしても非常に共感します。危機にこそ「志」が必要であり、私も同様のメッセージを発信してきました。「私たちは何のために事業やっているだろう」「なぜ、この事業、商品を扱っているのだろう」と。コロナ禍にサステナビリティやパーパスについて考えた企業は多いのではないでしょうか。
名和 コロナ禍などの危機に直面すると誰しも右往左往しがちですが、私は一度立ち止まって考えることを提案しています。パーパスは存在意義と訳されますが、心の内側から湧き出てくる強い思いであってほしいとの願いを込めて、私は「志」と読み替えています。顧客と向き合い、創業の思いを今の時代に置き換えてみるなど、志(パーパス)について考えることで再びファイティングポーズを取ることができるのです。
若松 禅に「七走一座」という言葉があります。「7回走ったら1回座れ」という意味ですが、トップには一度立ち止まって深く思考する時間が必要です。その言葉を思い出しました。
サステナブルでない企業は生き残れない時代
若松 私はパーパスを「貢献価値」とも理解していますが、企業が「何で貢献するのか」、その価値をはっきり示さないと選ばれない時代になっているように思います。それが、私たちの提唱している「ファーストコールカンパニー 100年先も一番に選ばれる会社へ、決断を。」というシェアード・バリューにもつながっています。
名和 同感です。顧客市場や人財市場、金融市場は本質的に変化しており、環境や社会に配慮しない企業は生き残れない状況になっています。
顧客市場を見ると、BtoCの顧客である消費者は「社会にとって良い商品か」「環境にとって良い商品か」といった部分に意識が向き始めています。特に、ミレニアル世代やZ世代と呼ばれる若い層ほど関心が高く、そこを無視する企業は顧客の「いいね」を獲得できません。
さらに動きが速いのはBtoBです。CO2削減への対応などが取引条件に入るなど、サステナブルな企業でないと生き残れない状況になっています。下請け構造が変わり始めており、待ったなしの状況と言えます。
若松 別の表現をすれば、サステナビリティを起点としてサプライチェーンの大転換が起こっているわけですね。取引先やその条件ですら、制約・制限されていきます。
名和 これは人財市場にも当てはまります。サステナブルな会社でないと、人を採用できない時代に入っています。特に若い世代は、終身雇用がないという前提のもと、自分らしい生き方や自身のキャリアについて真剣に考えており、「その会社で何が身に付くのか」だけではなく、「その会社を通してどのように社会に貢献できるのか」を重視しています。大学で学生と日々接していますが、どう社会に貢献するか、について真剣に悩んでいます。
さらに、金融市場ではESG(環境・社会・ガバナンス)に配慮した取り組みが進んでいます。今は、融資ですら下手な企業と取引できません。投資ならばなおさらです。もはや顧客や人財、金融においてサステナビリティは大前提であり、プラスアルファとして「あなたは何をしてくれるのか」が問われている。サステナビリティはある種の入場券です。やらないと参加する資格がない。貢献価値でいうと、プラスアルファが志(パーパス)だと考えています。
志(パーパス)を構成する3要素
若松 最近は、私たちもクライアントからパーパス策定に向けたご相談が増えています。パーパスをつくるポイントはありますか。
名和 志(パーパス)で重視すべきは、「ワクワク」「ならでは」「できる!」の3要素です。まずは、心にガツンと刺さること。聞いたときに気持ちが高揚するか、ワクワクするかが大事です。危機感ではなく高揚感が人の心に火を付けるからです。
「ならでは」は、その会社にしかできない、その会社らしいと思えるかどうか。ほかの社名を入れても違和感がないようなパーパスでは意味がありません。借り物の言葉ではなく、独自の価値観を打ち立てるこだわりが求められます。
最後の「できる!」は、思いや価値観を共有し、「それならやってみよう!」と確信を持って、一歩踏み出せることです。
これらを以前は「3つのI」と言っていました。「ワクワク」はImpact、「ならでは」はInnovative、「できる!」はImplementable。ですが、日本語に置き換えることで、さらに刺さりやすくなりました。
若松 なるほど、ワクワクという言葉が良いですね。私たちも、企業改革のコンサルティングで戦略を策定するとき、「『頭ハッキリ・心スッキリ・体ウズウズ』な突破口にしよう」と半世紀以上前から指導していました。この点でも名和先生の実践戦略学に非常に共感します。
私たちの経営理念は、「企業を愛し、企業と共に歩み、企業繁栄に奉仕する」。冒頭の「企業を愛し」には創業者の志が込められており、「らしさ」を表現する重要な言葉として大事にしています。私はコンサルタントとして1000社以上の経営理念を見てきましたが、「企業を愛する」という動詞が入ったBtoB関連企業の経営理念を見たことがありません。
パーパスと言うと未来志向のイメージがありますが、創業の思いや歴史からパーパスを導くことも必要なのでしょうか。
名和 おっしゃる通りです。未来は自由に描けますが、同じような内容になりがちです。その点、創業の思いは「らしさ」の原点と言えますし、過去そのものがその会社らしさを引きずっています。「原点」「過去」「未来」という3つのストーリーを踏まえることをお勧めします。
また、大事なのは、「自社で本当にやりたいことは何か」を考えることです。最近はSDGsを掲げる企業も多いですが、社会問題から入る必要はありません。なぜなら、お金儲けだけが目的の企業などほとんどないからです。やりたいことや社会に提供したい価値をすでに持っている。そこにとことんこだわる方が良いと思います。
無形資産こそフューチャーバリューの源泉
若松 全く同感です。SDGsは良い取り組みですが、掲げた途端に同質化してしまうのはもったいない気がします。タナベ経営は全国に拠点を置いて各地の経営者をサポートしていますが、地域には「らしさ」を持った優秀企業がたくさんあります。
ただ、人財や技術など、素晴らしい無形資産があるにもかかわらず、そうした価値が知られていないのは非常に残念です。SDGsに寄り添いながら、「らしさ」を再構築するきっかけにしたいものです。
名和 数だけで言うと、日本は中堅・中小企業が99%を占めており、そうした企業がどれだけ力を発揮するかで状況は大きく変わります。特に、無形資産を磨くことがフューチャーバリュー(将来価値)になると考えています。
日本ではPBR(株価純資産倍率)が1倍を割り込んでいる銘柄が半数を超える一方、ファーストリテイリングやリクルートホールディングス、キーエンスなどは高い水準を維持しています。その違いは有形資産だけではありません。むしろ競争力の源泉は無形資産にあります。
本来、企業価値は現在のキャッシュフローに加えて、将来どれだけキャッシュが生まれるかという期待感で上がります。今ある資産をいかに多重化できるかが企業価値向上の鍵を握りますが、デジタル化した社会では無形資産がますます重要になるだろうと予測しています。
無形資産とは、基本的には「人」「ブランド」「技術」などですが、特に人が持っているさまざまな能力やクリエーティブ力、その総合力としてのブランドといった無形資産を10倍にするくらいの力が付くと、フューチャーバリューがぐっと上がるはずです。
若松 会計学で測れない価値が大事なのに、日本は無形資産への関心が低いように思います。そこに企業価値がなかなか上がらない要因がある。特にブランディングは苦手ですね。
名和 日本人は「黙っていても伝わる」と考えている節がありますが、もう少し積極的に発信して期待感を持たせても良い気がします。逆に欧米は言い過ぎている気もしますが、いずれにせよ「不言実行」ではもったいないと思います。
若松 やはり、経営は「有言実行」が大事ですね。無形資産である理念やビジョン・人・ブランド・技術をいかにマネジメントし、マーケティングするかが、フューチャーバリューを高める上で重要な戦略です。
「匠から仕組みへ」
マネタイズ、スケールするイノベーション力を磨く
若松 名和先生は、次世代の経営モデルとしてSustainability×Digital×Globals※からなる「新SDGsモデル」を提案されています(【図表2】)。これからの企業経営に欠かせない要素ですが、日本企業のグローバル戦略についてアドバイスを頂けますか。
【図表2】次世代の経営モデル「新SDGs」
出所:『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)よりタナベ経営作成
名和 1番良いのは、日本の良いものがそのまま世界に通用すること。日本の良さを徹底的に磨いて型にできれば、海外でも十分に通用すると思います。実際、トヨタ自動車のTPS(トヨタ生産方式)は海外でもうまくいっていますし、キーエンスも日本で確立した直接販売の仕組みを中国にそのまま持ち込んで成功しています。同社の人財育成の仕組みは人気があり、若い人財がどんどん集まっていますよ。私は「匠から仕組みへ」と言っていますが、仕組みにすることで海外に広げることができます。
若松 日本流のスタイルを磨いた結果、世界で戦えるレベルになることには同感です。ただ、優れた技術やノウハウがあるにもかかわらず、仕組み化できずにイノベーションで後れをとっているのは、なぜでしょうか。
名和 「日本ではイノベーションが起こらない」とよく言われますが、ゼロイチ(0→1)がイノベーションだと勘違いしているのが問題です。オーストリアの経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターは、「イノベーションにおいて大事なことは、いかにスケール(物事やプロジェクトの規模拡大)するかだ」と述べています。いくら良いアイデアであっても社会実装しないとイノベーションにはなりません。その意味では、ゼロイチよりもイチジュウ(1→10)。どうマネタイズするかが重要ですし、ジュウヒャク(10→100)にスケールする過程に注力すべきです。
若松 そこが大きく欠けていますね。さらに、日本のスタートアップは「日本の人口×単価×シェア」というデザインで止まってしまう。シリコンバレーの起業家が想定する実装スケールは規模が違います。
名和 GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)はまさにそうです。マネタイズしてスケールする過程を乗り越えてきたからこそ今がある。同じように、パーパスについても「世の中にインパクトを与える」といった思いを入れるだけでなく、それをどうやって実現していくか。その道筋を段階的に描けるかが非常に重要です。
若松 社会実装していくデザインこそがイノベーションの要諦ということですね。私は「組織は戦略に従い、戦略は理念に従い、理念は組織で経営されて成果になる」と言っていますが、イノベーションにしても、パーパスにしても、創るだけでなく、そこからどのように実践・実装していくか。それが成否を分ける鍵になります。
今回の対談を通して、志(パーパス)や日本企業の未来に関してたくさんの気付きを得ることができました。貴重なお話を本当にありがとうございました。
一橋大学ビジネススクール 国際企業戦略専攻 客員教授 名和 高司(なわ たかし)氏
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部卒業後、三菱商事の機械グループ(東京、ニューヨーク)に約10年間勤務。ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得(ベーカー・スカラー)後、マッキンゼーのディレクターとして約20年間コンサルティングに従事。自動車・製造業分野におけるアジア地域ヘッド、ハイテク・通信分野における日本支社ヘッドを歴任。日本・アジア・米国などを舞台に、多様な業界で次世代成長戦略、全社構造改革などのプロジェクトに幅広く従事。2011~2016年にはボストン コンサルティング グループのシニアアドバイザーも務める。2010年6月より現職。主な著書に『企業変革の教科書』(東洋経済新報社)、『経営改革大全 企業を壊す100の誤解』(日本BP)、『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)など多数。
タナベコンサルティンググループ タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず、大企業から中堅・中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
タナベコンサルティンググループ(TCG)
日本の経営コンサルティングファームのパイオニア。東証プライム上場企業。1957年の創業以来、We are Business Doctorsを掲げて日本全国はもとより世界でも活動。現在は、グループ4社で総員580名のプロフェッショナルを有し、ビジョン・戦略の策定からM&A、DX・デジタル、HR、ファイナンス、クリエイティブ、デザイン経営などの実装までを一気通貫で提供できるチームコンサルティング、そのバリューチェーンで企業繁栄に貢献する。