コロナ禍こそ企業の真の「貢献価値」が問われる
若松 トラスコ中山は、約50万点もの圧倒的な商品在庫や高度な即納体制といった独自の経営で業界をけん引する存在です。コロナ禍で多くの業界が苦戦を強いられる中、デジタル技術を駆使しながら順調に業績を伸ばされています。
中山 コロナ禍の影響は受けたものの、インターネット通販やホームセンター向けの商品が伸びており、2021年度(2021年12月期)は増収増益を見込んでいます。
若松 これまでも卸売業の枠にとらわれず、新たなビジネスモデルを発揮してこられました。戦後最悪の経済危機と言われるコロナ禍において、経営者として感じてこられたこと、向き合ってこられたことなどを率直にお聞かせいただければと思います。
中山 コロナ禍で社会の変わり目が見えてきたように感じています。常日頃から、「自社はどうあるべきか」を真剣に考えていたか。あるいは、世の中に必要とされている事業か否か。その重要性を、今回のコロナ禍で問われたように思います。危機に直面して「どうしよう」と慌てるのではなく、お客さまのお役に立つために、普段からやるべきことをしっかりとやっておくことが大事だということです。
若松 企業トップとして非常に共感します。経済危機だからといって、これまでと違うことを思い付いても、すぐに実行できるわけではありません。「使命の実現に向けて、やるべきことをやるべきときに実施してきたところに、コロナ禍で課題が加速した」と考える方が正解です。私は「貢献価値」と呼んでいますが、経営者にとってコロナショックは、顧客や社会にとって真に役に立つ会社や事業であったのかという価値を問い直す機会になりました。
事業承継が導いた「取捨“善”択」の経営基準
若松 以前に中山社長と対談した際、「志を持てば、やるべきことと進むべき方向が見えてきます。そして、進むべき方向が見えた後に大事なことは、本質を見極める目を持つことです」とおっしゃっていました(『FCC REVIEW』2016年11月号)。そうした考え方や経営哲学は、創業時から受け継がれているものなのでしょうか。
中山 どちらかと言えば、私が社長に就任してからの考え方です。当社は、私の父・中山注次が1959年に大阪・天王寺の地でトラスコ中山の前身である中山機工商会を興したことが始まりです。機械工具卸としては最後発の参入でした。私が入社したのは1981年。それから、父の近くで数々の経営判断とその結果を見てきましたが、父の基準は「取捨“銭”択」。簡単に言えば、「儲かるか、儲からないか」でした。当時はまだ経験が浅かったこともあり、「そういう厳しい決断をするのが経営者なのだろう」と思っていましたが、その後、善悪を基準に判断すべきだと考えるようになりました。「取捨“善”択」の経営判断です。
私が恵まれていたのは、そうした「取捨“銭”択」の結果をこの目で確認できたことです。結果から言えば「儲かれば良い」という判断は、色あせると言うか、通用しなくなります。その時期が3年後なのか、20年後なのかは別として、長続きしません。損得を基準とすると、どれも良い結果を生まなかったように感じます。
若松 そうお聞きすると、まさに「新たな創業者(第二創業)」という位置付けですね。経営に対する価値基準は、会社の根幹に関わります。先代の現場での経営判断に立ち会いながら、その結果を自分の目で見て、学びながら今のトラスコ中山をつくられてきたわけですね。文字通り、新たに創業されました。
中山 もう1つ、父に感謝していることがあります。それは、社長を交代して以降、父が一言も「こうしろ」「ああしろ」と経営に口を出さなかったことです。また、私の方から父に経営の相談をしたこともありません。
もちろん、どうすべきか悩むこともありました。そのときは、自社の意義や存在価値に立ち返り、真剣に考えました。そうした繰り返しの中で、「日本のものづくりのお役に立つ」という使命が明確になっていきました。
若松 創業者の多くは、カリスマ性と行動力に富んでいる分、いつまでも会社や経営に影響力を及ぼしがちです。口を出されなかったのは非常にまれなケースです。きっと先代は、中山社長のことを理解されていたのでしょうね。
私は1000社以上のコンサルティング経験の中で、300社以上の事業承継に携わってきましたが、承継者が新しい創業スピリッツとして「志」や「使命」、すなわち「何がやりたいのか」を明確にしていることが最大の成功ポイントだと感じます。
業界の常識を超える「DX企業へ」
若松 常に日本の製造業のお役に立つという「あるべき姿」を追求する姿勢が、業務改善や新規事業の原動力になっています。その変革は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の面でも注目を集めており、2020年は経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「DXグランプリ2020」を受賞し、2年連続で「DX銘柄」に選定されています。トラスコ中山のDXへの取り組みをお聞かせください。
中山 当社はこれまでも豊富な在庫を背景に、お客さまの注文に対して当日納品、もしくは翌朝納品を行ってきました。ある意味で、即納については業界内でもトップレベルだと自負しています。ですが、それにあぐらをかいてはいけません。実際、DXを導入して注文1件1件のリードタイムを可視化すると、当社在庫からの出荷分は平均して13時間50分のリードタイムが発生していると分かりました。
ここで大事なことは、さらにお役に立つために「どうしたら短縮できるか」を徹底して考えることです。今も、欠品をなくすために取引先を複層化したり、互換商品を検索して提案できるシステム開発に着手したりと、サプライチェーンの見直しを含めてあらゆる面から仕組みづくりに取り組んでいます。
若松 可視化することで問題点や改善点が見えてきます。すでに業界最短レベルのリードタイムを実現しながら、さらに上のサービスを目指されている。卸売、物流ビジネスの本質の部分にDXを活用されているからこそ、DXのモデル企業として躍進されているのですね。
ユーザーへ商品を直送するサービスの拡大もその1つです。コロナ禍でインターネット通販事業も急速に拡大されました。
中山 ネット通販需要に対応できた1番の理由は保有する大量の在庫にあります。中でも、梱包作業を完全自動化する「I-Pack®(アイパック)」がサービスの要となっています。納品書の挿入や梱包、荷札の貼り付け作業まで自動で行う設備で、1時間当たり720個の梱包出荷が可能です。少し前に、物流拠点であるプラネット埼玉などの主要物流センターに計6ライン敷設したことが奏功しました。
若松 人×テック×DXの組み合わせに非常にたけていると感じます。物流戦略をDXで組み上げ、人と物流の部分は物流テック(デジタル技術)を駆使して顧客課題を解決されています。DX銘柄に選ばれたことも理解できます。