メインビジュアルの画像
100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2021.08.02

グローバルに通用する真のグループ経営を目指す会社へ:東京都立大学 大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子氏× タナベコンサルティング 若松 孝彦

【図表1】ROA、ROIC、ROEの位置付け

出所:松田千恵子著『グループ経営入門 グローバルな成長のための本社の仕事 第4版』(税務経理協会)

 

 

クリエーティブなコーポレート機能の発揮

 

若松 キャッシュを投資して利益を生み出し、それを投資に回して売り上げを上げていく。特にグループ経営においては、キャッシュフローを成長につなげるための意思決定が重要です。ただ、それを担うCFO(Chief Financial Officer:最高財務責任者)機能が社内にないことも、キャッシュフロー経営が定着しない理由だと感じています。

 

松田 大企業に限ると、CFO機能を配置する企業は増えています。しかし、CFO機能を財務部や経理部に置いて成功しているケースはほとんどありません。ただ、それは財務部や経理部の問題ではないでしょう。一般的に、財務部門は資金調達のプロであり、経理部門は決算のプロです。経営全体を俯瞰し、事業の将来を考えた上で、バランスシート(貸借対照表)全体で資本効率を考える機能は担っていません。

 

一方、CFO機能として期待できるのは「経営企画部門」です。財務やバランスシートについて学ぶ必要はありますが、社長とともに働いているため経営的視点が身に付いています。欧米の企業には、CFO機能がある代わりに経営企画部門はありません。日本はその逆で、CFO機能と言われる内容の約8割を経営企画部門が担っています。

 

若松 その通りですね。経営企画や事業企画の中に財務センスを持たせる必要があります。キャッシュフローなので経理部門に任せがちですが、役割が違うことを経営者は理解しておくべきです。

 

私は本社、すなわちコーポレート機能はクリエーティブであるべきだと考えています。経営企画はもちろんですが、人事企画、事業企画、財務企画、デジタル企画、グループブランディング、IR広報など、グループ経営は全体戦略視点のクリエーティビティーが発揮されるコーポレート機能を持つ組織デザインが必要です。官僚的な業務は全てDX(デジタルトランスフォーメーション)で置き換えるべきです。

 

松田 おっしゃる通りですね。企画部門ですからクリエーティビティーは不可欠ですし、定型業務に追われるべきではありません。また、将来志向でリスクを取ることを考えなければなりませんし、会社を全体最適で見ることが必要です。

 

会社全体の流れを把握するには、キャッシュフローを押さえ、投資に対するリターン、例えばROE(自己資本利益率)などを見ることで理解が深まります。従来の経営者は損益計算書を重視しますが、投資した結果はバランスシートに表れるため、やはりバランスシートを理解して資本効率を押さえることが肝要です。

 

若松 資本効率は事業や投資の判断材料になる。その意味でも、常にモニタリングしておかなければなりません。私は松田先生が提唱されているROE、ROIC(投下資本利益率)、ROA(総資産利益率)のロジックに非常に高い経営者視点を感じます。(【図表1】)

 

松田 ありがとうございます。元手に対する儲けを気にするべきということですね。売り上げ・費用・利益だけではなく、投資に対するリスクとリターンを見ることが必要ですし、キャッシュフローという、要はお金の流れを実感できることが大事です。実は商店街の八百屋さんの方がこれらをよく理解されていたりします。創業者も資本効率には敏感です。とにかく、キャッシュに苦労した経験がある人は、その感覚を忘れません。

 

若松 それこそが「キャッシュフロー経営」ですね。私の約300社の企業再生コンサルティング経験から申し上げると、グループ企業を使って粉飾決算をする会社は数多くありました。私はこれもキャッシュフロー経営を理解していない症状に入ると考えます。グループ経営においてキャッシュフローを正しく監査できていなかったケースです。海外グループ企業を駆使して複雑に仕組まれていたケースもありました。私は「ビジネスドクター」として、「連続赤字(実態)の会社は規模にかかわらず必ず粉飾している」という仮説を持って調査をしていましたが、業務手続きを優先する調査では証拠が発見できません。「左脳的企業価値」と「右脳的企業価値」の両方の視点を持てるかどうかは、コロナショックのような有事のときほど大事です。

 

松田 コロナ禍は大変なのですが、真の経営か否かを試されているようにも感じています。受け身の体質がはびこり、事業を客観的に見る視点を失った企業ほど、困難な状況に直面しているのではないでしょうか。

 

 

【図表2】ポートフォリオ設定に必要な3つの力

出所:松田千恵子著『グループ経営入門 グローバルな成長のための本社の仕事 第4版』(税務経理協会)

 

 

M&A戦略を成功させる「見極める力」「連ねる力」「束ねる力」

 

若松 M&A戦略は、今のグループ経営に必要不可欠の経営技術です。グループ経営におけるM&A戦略では、経営統合後のマネジメントや仕組みの構築が重要になります。統合後のシナジーを高めるPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)や事業ポートフォリオ戦略のポイントはどこにあるのでしょうか。

 

松田 難しい問題ですね。私は「見極める力」「連ねる力」「束ねる力」と言っています。(【図表2】)

 

まずは、【図表1】を使って、現状を数値で把握する必要があります。キャッシュフローやROICなどです。投資家目線で言えば、事業価値をどれだけ上げたかという“成績表”は常に確認できる状況でないといけません。資本市場の投資家が投資ポートフォリオを構築する場合と同様です。これが第1ステップの「見極める力」です。その上で、事業によって「グループ内にどのようなシナジーが出ているのか」「他の事業とどのような結び付きがあるのか」を考えるのが第2ステップの「連ねる力」。続く第3ステップ「束ねる力」では、第1、第2ステップで拾い出した要素を全て統合した上で、グループとしてどうすべきかを考えていきます。

 

若松 この3ステップは大事ですね。しかし、最近はシナジーをきちんとデザインしないままM&Aに踏み切る企業も見受けられます。事業戦略としては危険な経営行動です。

 

松田 その通りです。M&Aは企業が成長する有効な手段ですが、言わば外科手術のようなものです。実際の外科手術では、事前にさまざまな「検査」をします。検査の結果、心臓への負荷が大きいと医師が判断すれば中止することもあります。M&Aで検査に当たるのが見極める力。そこをないがしろにしてはいけません。

 

若松 私はTCGのM&A戦略を推進するに当たって、定量的に企業価値や将来予測などを見極めるだけでなく、経営者が恣意的な意思決定をしないように、M&A戦略のコーポレートガバナンス(規律)を導入しました。自身も経営トップとしてやすきに流れるようなM&Aには賛成しません。

 

松田 M&Aへの思いが強いほど、第2ステップにおいて都合良くシナジーを想定したり、楽観的な将来予測を立てたりしてしまいます。そうした事態を防ぐためにも、ガバナンスについて決めておくことは重要です。他方、M&A戦略は、グループ内のM&A実績件数が増えるほどにその成功確率が上がることも立証されています。

 

また、前述の見極める力とは対極になりますが、M&Aの成否は買われた側のトップの人物像や能力に大きく左右されます。日本の大企業が海外企業を買って失敗するケースが後を絶ちませんが、多くの場合、CEOやCFOを変えないことに原因があります。海外企業では、自社のガバナンスに従ってくれる有能な人材に替えるのが一般的です。

 

若松 いずれにしても、グループ経営を志向する会社は、松田先生の提唱される「見極める力」「連ねる力」「束ねる力」という3つの力を全て点検し、バランスよく強化していく必要がありますね。

 

株式会社の先にある新しい組織とは

 

若松 昨今、M&Aは、事業戦略はもちろん、資本戦略、組織人材戦略のオプションとしても外せない要素になっています。今後、グループ経営を形成するスタイルもさらに多様化していくと考えられますが、企業経営や組織はどのように変化していくとお考えでしょうか。

 

松田 少し未来の話になるかもしれませんが、M&Aが定着した先に新たな展開が待ち受けていると思います。そもそも株式会社という組織形態は、大量生産を前提に大量の経営資源を獲得するのに優れた形です。ですが、時代が変化するとビジネスモデルも変化します。そう考えると、M&Aは株式会社が勃興した20世紀後半の、どちらかと言えば古いパラダイムに入るのかも知れません。

 

若松 株式会社に代わる資本・組織形態が出てくるということでしょうか。

 

松田 新しい会社の形が出てくるのではないかと期待しています。最近は人的資本や「ティール組織」など、人が中心の組織・経営に注目が集まっていますし、人材の成長を促す企業間の交流も盛んに行われています。そうしたところから、仕事の仕方や会社の形が変わっていくような気がします。「プロフェッショナルサービス」もその1つであると考えます。

 

もちろん、そこでもしっかりとしたグループ経営の仕組みが重要です。一足飛びに次に進むことはできません。ときには「株式会社の次の形」に思いを持ちつつ、今から備えていただきたいと思います。

 

若松 株式会社の形を取っていても実質は人的資本だったり、ティール組織になっていたりする会社がすでに出てきているように思います。いずれにせよ、あらゆる分野でボーダーは曖昧になっています。コロナ禍がもたらしたDXも、ボーダーレス化を加速させました。アフターコロナの先にどのような社会が待ち受けているか、あるいは、経営や組織がどうあるべきか。今回は、それを大局から考える対談となりました。本日は、貴重なお話をありがとうございました。

 

 

※フレデリック・ラルー著『ティール組織』(英治出版)で提唱された。指示系統がなくともメンバーが組織全体の目的を理解し、達成に向けて意思決定していくという特徴がある

 

 

 

東京都立大学 大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子(まつだちえこ)氏

東京外国語大学外国語学部卒業。仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士。筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)。日本長期信用銀行、ムーディーズジャパン格付けアナリストを経て、コーポレートディレクションおよびブーズ・アンド・カンパニーでパートナーを務める。2006 年にマトリックス株式会社設立。11 年より現職。企業経営と資本市場に関わる豊富な経験を生かし、企業の経営戦略構築、グループ経営、コーポレートガバナンス、情報開示、M&A 支援などに関する実務、研究および教育を行う。日本CFO 協会主任研究委員。公的機関、上場企業の社外役員などを務める。主な著書に『グループ経営入門 グローバルな成長のための本社の仕事 第4 版』(税務経理協会)、『これならわかるコーポレートガバナンスの教科書』『ESG 経営を強くするコーポレートガバナンスの実践』(日経BP 社)、『コーポレートファイナンス実務の教科書』(日本実業出版社)、『経営改革の教科書』(中央経済社)など。

 

 

(株)タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)

タナベ経営グループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。