今こそ、経営理念と向き合い進むべき方向性を合わせる
若松 総合メディカルとは深く、長いお付き合いをさせていただいており、生前、田辺昇一(タナベ経営創業者)からも小山田相談役のお話をよく聞いていました。私自身も福岡(九州本部)でコンサルタントをしていた頃、「世界に通用する日本型ヘルスケアビジネスをつくる」と相談役が当時、社長としてお話されていたことを鮮明に覚えています。
小山田 今でも同じ思いを持っています。ですが、タナベ経営との出会いがなければ今のような成長はなかったと思います。田辺昇一先生には本当に多くのことを教えていただきました。自分1人では20年、30年たっても気付かないような問題を、瞬時に指摘していただけるのですから、本当にありがたいことです。日本の経済界にも多大な貢献をされたと思います。
若松 ありがとうございます。そう言っていただいて田辺昇一も喜んでいると思いますし、今もご支援をさせていただいているタナベ経営としても大変光栄です。
小山田相談役は創業メンバーであり、長期にわたって会社のかじ取りを担ってこられました。相談役が記された『克己』(次頁左下写真)を拝読しましたが、会社経営への思いが凝縮されており、深い共感と感銘を受けました。「経営とは変化に挑戦することである」「経営とは準備である」「自分の敵は、驕奢である」など、田辺昇一から学ばれた言葉も多く掲載されていて本人も喜んでいると思います。
小山田 『克己』には経営方針や私の思いをまとめました。同書を通して、当社の社是や社訓、「わたしたちの誓い」の理解度を高めることが1つの目的です。創業10年目に当たる1988年に、「わたしたちは、よい医療を支え、よりよい社会づくりに貢献します。」という社是と、その使命を果たすために社員が共有すべき価値観を社訓にまとめました。社是・社訓をどれだけ社員が理解し、実践できているかで会社の将来や社風が変わると思います。
若松 田辺昇一は、それを「志」と言っていました。一流の経営者かどうかも「志」で決まると。小山田相談役との出会いもこの理念への共感があったからだと、今なら分かります。彼はよく「人というのは、志や性格に合った人や出来事と出会う」と言っていました。貴社の経営理念には、世界的に広がる社会課題の解決や持続可能な社会の実現といった考え方と重なる部分が多くあります。
小山田 以前からCSR(企業の社会的責任)が叫ばれていましたが、最近は企業を指す「C」を抜いたSRが一般的です。あらゆる組織に透明性やガバナンス、ルールの厳守が求められています。
さらに、近年は自然保護など社会課題の解決に向けた議論が活発化していますが、それらは創業当時からの考え方に通じます。持続可能な社会の実現に向けた取り組みが盛んになるのは非常に良いことだと思います。
創業から貫くガラス張りの経営
若松 経営理念とビジネスモデルが密接に結び付いており、経営理念が会社の仕組みや事業展開を立体的にデザインされています。開業支援、医業経営コンサルティング、DtoD※、そして調剤薬局、医療モールと、理念を中核に事業拡大、展開されています。貴社の原点ですでに、自社のあるべき姿が形成されていたようです。
小山田 そう言っていただけると光栄です。もともと医薬品メーカーに勤務していた私は、さまざまな企業との交渉や与信管理を担当する中、良い会社や良い経営者を見極める目を養うことができました。また、再就職した医療機器のリース会社では、医療機関の経営状況を厳密に審査するノウハウを学びました。
当時、会社は成長し、私も本社営業部長を任されるなどやりがいがありました。ただ、企業体質は不満でした。経営判断の基準が不明瞭で公私混同も見られるなど、企業としての厳格さを欠いていたのです。改善を求めて上司に進言したものの聞き入れられず、最終的には退社して同じ志を持つ元同僚ら7名で起業する道を選びました。
若松 そうした経験が、創業当初から公明正大で透明性の高い経営につながったのですね。田辺昇一は勤めていた会社が倒産するという現実に直面し、「会社を潰さない仕事をしたい、日本はその仕事が必要だ」という思いで創業をしたと聞いていますから、そこも同様ですね。創業の原体験は企業性格と企業成長を形成します。この点は昨今の日本のベンチャー、スタートアップビジネスブームと違うところです。
小山田 加えて、育った環境も影響しています。父方の先祖は、島津家に仕える武家の出身。礼節を重んじており、人のあるべき姿や経営のあるべき姿、高潔さについてよく聞かされました。また、自由の前に責任、権利の前に義務があることを厳しく諭された記憶があります。
一方、母方の祖父はリヤカー引きから事業家になった努力家。家族よりも社員を大事にする人だったと母から聞かされており、自然と社員の人生を大切にする経営哲学が培われたように思います。
※Doctor to Doctorの略。勤務医、開業医、医療機関の抱える課題を総合的に支援していくシステム
社員に直接語りかけて一人一人の生き方を問う
若松 経験が土台にある貴社の理念には説得力があります。若い世代にも受け継いでいってもらいたいと切に思います。人材や組織に対する考え方をお聞かせください。
小山田 今でも現社長が新入社員研修などで直接語りかけています。同じ会社で働くことは、本当に奇跡的な縁です。一人一人が「かけがえのない」存在であることを理解し、社員が生きている意味やこの世に存在している重みを強く自覚し、志を持って日々を過ごしてほしいと願っています。
また、自分だけでなく、周囲の人や他者を大切に思う気持ちは、医療界に携わる上で欠かせません。世の中には「誰の助けも借りていない」と勘違いしている人もいますが、1人で大人になれた人などいません。ご両親や周囲の人が育ててくれたから成長できたのです。そこを理解すると自分がいかに大切な存在か分かり、命の尊さにも気付きます。それが周囲への感謝や敬う心、譲る心につながっていくと思います。
若松 誰もがかけがえのない存在であり、互いに支え合って生きている。当たり前のことですが、それを忘れると謙虚さを失ってしまいます。感謝と報恩です。
小山田 おっしゃる通りです。私は新入社員に対して上から目線で接したり、見下げたりしたことは一度もありません。年齢や役職は違っても同じ人間として付き合うことが原則です。それが会社の元気の源となり、ミッションの実現につながると信じています。
若松 言葉だけでなく、行動で示しておられる。経営理念を体現する態度や行動が信頼につながります。だからこそ、どう行動し、どう生きるかが問われます。「わたしたちの誓い」はその指針となる存在です。
小山田 実は、経営理念「わたしたちの誓い」は反省から生まれました。社是・社訓を策定した後、当社は2000年に株式上場を果たしましたが、その過程で古くから会社を支えてくれた社員が数名、相次いで退職しました。何が原因だったのかと考えた末、「上場が会社の目標になってしまっていたのではないか」と猛省し、創業からの「価値高い人生を送る」という原点に立ち返るために「わたしたちの誓い」を策定しました。
若松 先の道の見えない暗い夜道だからこそ、灯が必要です。そうでなければ進むべき道を見失います。暗い時代こそ、明るい未来を見せる経営理念が必要なのだと思います。