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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2020.10.30

ジャパンブランドの新しい価値で市場を開く モバイルクルーズ 代表取締役 安西 洋之氏

 

 

 

 

コロナショックが起きている今こそ、日本の中堅・中小企業が国内外の市場で復活するためのブランド戦略が求められている。再度、企業価値の本質にフォーカスし、その価値と顧客との持続的関係性を築く真のブランディングが必要である。ビジネスプランナーの安西洋之氏とともに、ジャパンブランド復活のシナリオに迫る。

 

 

危機だからこそ強いラグジュアリーな価値

 

若松 新型コロナウイルスが世界的に流行し始めた2020年3月、感染者数の多かったイタリアでは都市を封鎖するなど緊迫した状況だったと思います。イタリアを拠点にビジネスを展開なさっている安西さんは、現在のイタリアをどのように見ていらっしゃいますか。

 

安西 ロックダウン(都市封鎖)後、初めてリアルの見本市が開催されるなど、9月に入ったころから街にだいぶ人が戻ってきました。6月にロックダウンが解除されても、8月までミラノの公共交通機関は定員の30%までしか乗車できなかったのですが、9月からはそれが80%に引き上げられました。

 

若松 街に少しずつ活気が出てきた様子がうかがえます。企業の活動についてはどうですか?

 

安西 スマートワーキングやビデオミーティングは継続中ですが、「仕方がない」という意識から当たり前の習慣へと変わってきています。一方、感染防止策の徹底に関しては「オフラインで動くべきことはオフラインでやるノウハウを確立しよう」と、各企業の覚悟が見て取れます。ニューノーマル(新常態)を受け入れ、対策を講じているのは日本企業もイタリア企業も同じですね。

 

若松 ビジネスプランナーとして日本企業と欧州企業のビジネスの現場を見ていらっしゃるからこその視点ですね。安西さんの知見は本誌でも長年連載いただいています。ありがとうございます。連載の中で、特に共感するキーワードは「ラグジュアリー」という価値観です。同市場は世界中に広がりを見せ、あらゆる業界が高い関心を寄せています。まず、どのような市場を意味するのかをご紹介ください。

 

安西 観光などの体験領域も含めた2019年の世界のラグジュアリー市場は1兆2600億ユーロ(約152兆4600億円)に達すると推計されています。

 

地域別の内訳を見ると欧州が880億ユーロ(約10兆6480億円)と依然としてトップに立っていますが、変化の兆しとして中国人による消費が前年に引き続き拡大しており、高級ファッションブランドは各地域のテイストを尊重する方針へとかじを切りつつあります。国・地域ごとに独自のECサイトを立ち上げる動きは、そうした変化の表れと言えるでしょう。

 

また、ECの成長や顧客の若年化も市場に変化をもたらすと考えられます。ECの浸透によって実店舗の位置付けがタッチポイント(リアルに商品と接触しブランドを経験する場所)へ変化する可能性のほか、市場貢献度が高まっているZ世代(米国で1990年代後半から2000年に生まれた世代)に対応したコミュニケーションやメディア戦略が欠かせないでしょう。彼・彼女らが、オリジナルや伝統的なラグジュアリーに近いものを求め始めている点は注目すべきです。消費者の関心が機能的欲求から「心が満たされる質」に向かう傾向は顕著になっており、それがラグジュアリーを求める動きを後押ししています。

 

若松 私は以前より、日本経済は「モノ余りでコト不足の時代」に入ったと定義してきました。だからこそブランド戦略の中で心が満たされる質が重要になっているという点は非常に共感します。

 

「良店不変客、良客不変店――(良い店は客を変えない、良い客は店を変えない)」という言葉を使ってブランディングの本質を語ることも多いのですが、心が満たされる質を体感した顧客と価値提供する店とのOne-On-One(一対一)の関係性がまさにそれに当たるように感じます。

 

安西 ラグジュアリーを論じる際は、LVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)に代表される、複数のラグジュアリーブランドを擁す大手コングロマリットの戦略に注目が集まりがちです。また、量のビジネスを重視する米国的なプレミアム戦略とも混同されがちです。

 

しかし、本来のラグジュアリーとは希少性があり、限られた人たちのためのもの。欧州や米国にも中堅・中小規模ながら本来のラグジュアリーとして高く評価されている企業が数多く存在しています。日本の中堅・中小企業は、ここを目指すべきだというのが私の考えです。

 

 

※米国ベイン・アンド・カンパニーとイタリアのアルタガンマ財団の「アルタガンマ・ワールドワイド・ラグジュアリーマーケットモニター」(2019年調査)。2019年当時の為替レート(1ユーロ当たり121円換算)による試算

 

 

ストーリーテラーとしてのブランディング戦略

 

若松 「ラグジュアリー」の具体的なケースと特徴を教えていただけますか。

 

安西 1978年にイタリア中部のウンブリア州で設立したブルネッロ・クチネッリが好例です。「アルティジャーノ」(職人)の仕事にこだわり、わずか30年でエルメスと同等の評価を受けるトータルファッションブランドへと成長を遂げました。現在の年商は約600億円、海外を含めた従業員数は1800名規模に上っています。

 

また、1981年に創業した高級ピアノ製造のファツィオリは、2010年にショパン国際ピアノコンクールの公式ピアノの一つに選ばれる偉業を成し遂げました。同社は材料や手仕事へのこだわりが強く、約50名の従業員が生産できるピアノは1年間にわずか130台前後。価格は日本円で900万~2000万円もする高級品ですが、世界中から注文が途切れません。

 

若松 いずれも創業40年前後と、比較的に企業の歴史が浅いですね。そうした企業がラグジュアリーとしての地位、ブランドポジションを確立している点は参考になります。

 

安西 ラグジュアリーブランドの多くは歴史や伝統に裏付けられた独自のストーリーを持っています。しかし、企業の歴史はラグジュアリーの必須条件ではありません。重要なことは、歴史的な遺産や思想にひも付いているかどうかです。

 

例えば、ファツィオリはピアノ発祥の地であるパドヴァの近郊に本社を置いていることから、「イタリアらしい音色」と「300年の伝統」が結び付き、強いブランド力を発揮しています。

 

若松 まさに独自のストーリーです。ピアノ発祥の地という歴史遺産とメード・イン・イタリーにこだわるファツィオリの企業文化が重なり、ラグジュアリーとしての評価を確かなものにしているのですね。

 

サプライチェーンが崩れている今こそ、再度、企業価値の本質を捉え直してブランドと向き合い、それを再構築する中での国内・原点回帰が大切です。コロナショック後に来る新時代のラグジュアリー企業へと変身できるチャンスが今なのだとも感じています。

 

安西 ファツィオリのケースは、企業自体に長い歴史がなくとも、商品にまつわる伝統や文化のコンテクストを語ることで歴史を受け継ぐことが可能だと教えてくれます。長い歴史の中に自社が存在していることをしっかりと発信すれば強いブランド力につながる。必要なのは、それを自らの言葉で語ることができるストーリーテラーなのです。

 

 

会社の個性や強みを、歴史的な遺産や思想にひも付けて語ることです。

 

 

日本の職人技をラグジュアリー価値へ

 

若松 ラグジュアリーと聞くと参入障壁が高いように感じますが、モデル企業のケースを見ると必ずしもそうではないと分かります。職人技や手仕事にこだわっている点は、日本の中堅・中小企業とも共通しています。ここにも復活の芽がありそうです。

 

安西 人の手でできる領域が多く残されていると、投資が抑えられて挑戦しやすくなります。さらに、成功事例が広く知られると、企業はゼロからラグジュアリー的なものを作ることに気後れしなくなります。イタリアの中小企業にラグジュアリーを目指す企業が多い理由の一つとして、そういった環境も関係していると思います。

 

若松 それは職人技のブランディングですね。「自社でもできるかも知れない」という機運が高まると、挑戦する企業が増えて市場は活性化します。問題はマーケットでしょう。ラグジュアリーを狙うなら、国内マーケットだけではなく、海外も視野に入れる必要がありますが、そこは日本企業が不得意とする部分です。

 

安西 日本企業は世界に出ることや、海外市場で勝負することに対して力が入り過ぎているように感じます。中小企業であれば、3カ国、あるいは4カ国でマーケットを開拓できれば御の字だと思った方が良い。無理して広げようとするとパンクします。ターゲットを決めて挑戦した後、「うまくいったら隣の国にも挑戦してみよう」というくらい肩の力を抜いて取り組むと良いでしょう。

 

若松 最初からハードルを上げ過ぎないことは大事です。今の環境下ですぐに判断できなくても、準備は可能です。冒頭からおっしゃっている通り、ラグジュアリーは量を目指すブランド戦略ではなく、質のブランド戦略ですからね。無理な拡大は自ら価値を下げることにもなりかねません。

 

安西 もう一つアドバイスをするなら、成功の確率を上げるには最初からBtoCを狙わないことです。中小企業がマスマーケットを狙った新商品開発に打って出るケースは多々ありますが、そういった商品がマーケットで成功する確率はそう高くありません。特に、新しいマーケットに出て行く際はBtoBから始めるのが確実です。バッグにしても服にしても、長い間イタリア企業はフランスのファッション産業の下請けとして経験を積んできました。

 

若松 イタリアのアパレルブランド「ラルディーニ」など、自社ブランドで進出するか、フランスのファッション産業のOEMからハイブランドへと転身を果たしたいくつかの企業が頭に浮かんできます。信用、技術力、マーケティングをしたたかに学びながら、チャンスを見てブランド企業に変身するわけです。一方、日本企業の思考は、初めから自社ブランドで進出するか、OEMのままか、どちらかに偏りやすいです。

 

安西 最初から自社ブランドで勝負するのは格好良いですが、下請けをしながら顧客開拓し、現地の経営者の話を聞くことは、企業にとって非常に有意義です。そうした経験に基づいて新商品開発を行うのが適切だと思いますね。日本企業でBtoBからマーケット開拓を始めたケースとして、京都の細尾が挙げられます。西陣織の老舗である細尾は、技術を生かしてラグジュアリーブランドの店舗に使われる内装材へと販路を広げた後、2019年にオリジナルブランド「HOSOO」を立ち上げています。同社はストーリーがしっかりとしており、アプローチとして非常に参考になります。

 

若松 まさに、BtoBで知名度を上げてBtoCへと事業を広げた事例と言えます。産業クラスターを生かした正しい「クラスター戦略」ですね。

 

安西 大事なことは、「BtoBの間に得られるナレッジを全部取り込む!」くらいの気持ちを持って挑戦することです。特に、現地のコミュニティーに入ることは重要なポイントです。ドイツにもフランスにもイタリアにも産業クラスターがあり、仲良くなるとさまざまな情報が手に入るようになりますし、ビジネスパートナーが見つかることもあります。海外進出のために展示会などに参加するのも良いのですが、特にBtoBでは産業クラスターに入っているかどうかが、より重要になります。