「子どもの可能性をクリエイトする」。ライフスタイルカンパニーで世界へ挑む ファミリア 代表取締役社長 岡崎 忠彦氏
4人の女性が創業した革新的なアパレル企業
若松 ファミリアは、ベビー・子ども服業界で屈指のブランド力を有する神戸発祥のアパレル企業です。2020年で創業70周年を迎えられます。おめでとうございます。その原点、出発点は、4人の女性による創業なのですね。
岡崎 1950年に私の祖母、坂野惇子をはじめとする4人の女性が「子どものためにより良いものを」という情熱に燃えて、神戸市にわずか3坪(約10m2)の店をオープン。親の立場に立って製作した良心的な商品の販売を始めました。ファミリアという社名は、「全国のお母さんに本当に愛されるベビー用品のパイオニアになりたい」という思いを込めた“家族のあたたかさ”を表現しています。
それまでは肌着としか見られなかったTシャツの胸と背中の両面に、こぐまのイラストを大胆に描いてアウターとして売り出すなど、常に革新的なものづくりに挑んできました。
そして1951年に大阪・阪急うめだ本店、1956年には東京・数寄屋橋阪急に直営店をオープンし、それを皮切りに全国展開を進めました。ちなみに今でも大人気のキャラクター、スヌーピーを日本で初めて商品化したのも祖母たちです。1985年に父の岡崎晴彦が経営のバトンを受け取り、カリスマ経営者として業績を急伸させました。
若松 坂野惇子氏は、連続テレビ小説のヒロインのモデルにもなられた方です。お客さまに創業時のファミリア物語を知ってもらう良い機会になりましたね。
岡崎 あのドラマのような筋書きなら、業績はずっと右肩上がりで何の問題もない会社でしょう。しかし、いまや創業者もいなければ、カリスマ経営者も不在。さらに、当社が成長した大きな要因である百貨店の集客力が衰え、在庫過多に陥るなどして業績は低迷しました。私が社長に就任した2011年は、経済状況が回復せず、当社の業績も悪化している状態でした。
デザイナーから社長へ転身
会社と社員への思いが決め手
若松 今思うと「ピンチがチャンス」のベンチャースピリッツで後継経営者の道を選ばれたわけですが、どのような経緯で経営者になられたのですか。
岡崎 高校生の時に祖母から「お前だけには絶対会社を継がせへん」と明言されました。それでクリエーターになろうと決意して渡米。カリフォルニアの美術大学でデザインを学んだ後、現地のデザイン会社に10年以上勤務しました。
2003年にグリーンカード(外国人永住権)を取得する手続きで帰国した際、激務続きの父が体調を壊していることを知り、デザイナーとしてファミリアに入社。当時はデザイン用語でしか話せなかったので、社内では「宇宙人が来た」と言われました。社長のボンボン(息子)でアーティスト気取り、一番嫌われるタイプですよ(笑)。
若松 大事なことはスピリッツ。創業の精神や理念の承継です。キャリアだけをお聞きしていると、アパレル、デザイン、クリエーティブなどファミリアの経営を行う上で必要なことを、結果的に全て体験できているようにも思えるので不思議です。ただ、当時の企業風土にはなじめなかったことでしょうね。
岡崎 最も違和感を覚えたのは、ダブルのスーツを着た男性の役員が、子ども服のことを語り合っている場面です。子どものライフスタイルもデザインのトレンドも分かっていない社員同士が、相当に場違いな話をしている――。そんな状況から、売れる商品は絶対に生まれません。私は前職でコーポレートデザインやアニュアルレポート、店舗デザインなど経営と直結したデザインに取り組んでいたので、大きな危機感を抱きました。
父が急逝するとナンバー2が社長になり、父と同じスタイルの経営を続け、負債を重ねました。2年ほどで金融機関から見切られてギブアップし、私が社長に就いたのです。自分が社長をやるなんて思ってもいませんでした。
若松 「運命」「宿命」ですね。私は、後継経営者は成果や実績、仕事だけではなく「会社が好き」「社員が好き」であることも「後継経営者の能力」と言ってきました。お話を聞くと、その視点をお持ちだったと感じます。
岡崎 本当は米国に帰りたかった。でも、「この会社が好きだし、社員も好きだから、私がやるしかない」と決断しました。承継後に、金融機関の社員と経営を放棄したナンバー2から非常に辛辣な言葉を浴びせられ、持ち前の反骨心に火が付きました。
若松 まさに第二創業のスピリッツだったのかもしれません。
コンピューターの電源を引き抜くのが承継の第一歩
若松 私は、長年「100年経営」を研究している中で、会社経営にとって「事業承継という技術」が最も難しい経営技術であると提言してきました。従って「経営者は事業に成功して50点、承継ができて100点」です。
岡崎 いくら綿密に計画しても、何が起こるか分からないのが事業承継。父は私にバトンを渡す計画を立てていたと思いますが、実行する前に他界してしまいました。ですから私は、会社の詳細を知らなかったし、所有する資産をどのように配分するかも分からなかった。そんな状況に放り出された私は、良い意味で鍛えられたのではないかと思います。いろいろな人の良いところも悪いところも見えてきました。「石の上にも三年」と言うように、長くトップを務めるほど理想の仕組みが構築できると信じて、決して諦めないことです。
事業を承継してまずやるべきは、コンピューターの電源を引き抜くこと。退職を命じた社員にこれをやられて会社のデータが全部消えてしまったことがあります。その時に「これはラッキーだ。過去を全てリセットして考え直すことができる。コンピューターの電源を抜かれたくらいでつぶれる会社ならつぶれてしまえ」と開き直れました。事業承継は過去のしがらみを断ち切り、自分にしかできない経営手法を創出する絶好のチャンスと捉えるべきです。
若松 同感ですね。「コンピューターの電源を引き抜く」とは、いい表現です。会社を「リセット」する感覚は、まっさらな気持ちで会社を現状認識する必要性を意味しています。後継経営者には非常に大切な視点です。
企業理念を実現するためにやれることは全部やる
若松 社長になられて、創業者の理念、先代の思いなどを翻訳した「新しいミッション」を考え、発信されました。それが「子どもの可能性をクリエイトする」ですね。新たなミッションを掲げたことで、社員のモチベーションや動向などは変化しましたか。
岡崎 「世界で最も愛される、ベビー・子ども関連企業になる」が、父の考えたビジョンでした。この考えをしっかり残しつつ、経営をビジュアル化できるような分かりやすい企業理念ができないかと、社員と一緒に作り上げたのが「子どもの可能性をクリエイトする」です。これには「すべての子どもたちが持っている可能性という未来を、一緒にクリエイトしていきます」という思いが込められています。子どもの可能性をクリエイトする企業になるためのことを全部やろうという宣言です。新しい企業理念を発表した当初は否定的だった社員も、私が連日言いまくっていると自然に「自分ごと」として受け入れるようになりました。
社内で多様なプロジェクトが進行していますが、「今やっているプロジェクトは『子どもの可能性をクリエイトしているか』を確認し、そうなっていると思ったら実行してください。徹底的に支援します」と明言しています。
若松 「戦略は理念に従う」と私は言っていますが、まさに戦略の判断基準として企業理念を活用しているのですね。さらに「for the first 1000days」というコンセプトも掲げておられます。
岡崎 お客さまの妊娠が分かってから、お子さまが2歳の誕生日を迎えるまでの1000日間を応援する取り組みです。この1000日間、時期に応じた世界最高品質のサービスとコンテンツを提供しています。妊娠してから出産までの270日間、0~1歳の365日間、1~2歳の365日間に分けて、必要な衣類やアイテム、家具などを提案すると同時に、ママやパパを対象にしたセミナーやパーティーなどのイベントを開催。実店舗とインターネットを融合したオムニチャネルで情報提供、物品販売、イベント開催を展開しています。
若松 その発信拠点となるのが、2018年9月にオープンした「ファミリア神戸本店」ですね。
岡崎 for the first 1000daysを体感できる実験的施設という位置付けの店舗です。延べ床面積約2000m2を有し、エントランスにある巨大な階段では子どもが元気に走り回ったり、大人が座ってお茶を飲んだりしています。百貨店の昔ながらの子ども服売り場とはまったく異なる空間です。ここは物品販売スペースだけでなく、アトリエやライブラリー、小児科のクリニック、レストラン&カフェなどを備えています。アトリエには社内デザイナーが毎日常駐してデザインプロセスを紹介。ライブラリーには子育て関連だけでなく、クリエーティブな好奇心をそそる書籍がそろっています。また、レストラン&カフェはスタッフ育成からメニュー開発までの全業務を自社で行い、子どもの安全にこだわった料理とサービスを提供しています。
若松 本物にこだわり、良質な体験を通してお客さまに驚きや発見を提供することで、ファンの育成と自社ブランドの構築に活用しているのですね。可能性をクリエイトすることに挑戦していると感じます。業界の枠を超えた取り組みですね。
岡崎 業界の枠を超えた取り組みと言えば、当社は子ども服メーカーで初となる保育・教育事業「familiar PRESCHOOL(ファミリア プリスクール)」を展開し、東京都と兵庫県で認可外保育園を運営しています。日本でも注目を集めるイタリアの幼児教育実践法「レッジョ・エミリア・アプローチ」を軸にした独自の教育法「ファミリアメソッド」をベースとするカリキュラムを実施しており、インテリアデザインは著名なデザイナーの手によるものです。
事業承継は“自分にしかできない経営”を
創出する絶好のチャンス
ライフスタイルを創造するプラットフォーマーへ
若松 業界の常識は非常識。ミッションに掲げた「子どもの可能性をクリエイトすること」へ真っすぐ取り組む先に、アパレルだけに依存しない「脱アパレル」の世界が見えてきますね。
岡崎 アパレルメーカーからライフスタイル企業への転換を急いでいます。目指しているのは、ライフスタイルをクリエイトするプラットフォーマーです。新たなライフスタイルの創出につながる世界屈指のコンテンツ力とサービス力を持つようになると、世界中のさまざまな企業とアライアンスを組めるようになり、投資効率に優れた多角的な事業拡大が可能になると思います。
若松 そのために克服すべき課題は、新生ファミリアのブランディングのように感じますが、いかがですか。
岡崎 おっしゃる通りで、まずは知名度をいかに高めるかです。ファミリアは神戸の会社なので東京での知名度はもともと高くないのですが、世代交代が進んだことで「親の世代には知られていても、若い世代には知られていない」という状況になっています。巻き返しを図るには、iPhoneのように生活をイノベートするアイコン的なビジネスモデルが必要になります。これを確立しておけば、業績も飛躍的に伸びるはずです。直近の課題は、創業70周年を機に、過去の負債やしがらみを全部リセットすることだと思っています。
若松 70年の歴史を刻んできた老舗企業だからこそ見える、子どもの未来とファミリアの可能性があると思います。100年企業を目指して、コンセントを引き抜く“リセット”を繰り返し、ますます発展されることを祈念いたします。本日はありがとうございました。
㈱ファミリア 代表取締役社長
岡崎 忠彦(おかざき ただひこ)氏
1969年生まれ。甲南大学経済学部卒業。California College of Arts and Crafts Industrial Design科卒業。BFA(美術学士)。Tamotsu Yagi designでグラフィックデザイナーとして働く。2003年ファミリアに入社。取締役執行役員などを経て2011年から現職。
タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
PROFILE
- ㈱ファミリア
- 所在地 : 兵庫県神戸市中央区磯上通4-3-10
- 設立 : 1950年
- 代表者 : 代表取締役社長 岡崎 忠彦
- 売上高 : 102億7000万円(2019年1月期)
- 従業員数 :564名(2019年1月末現在)