
能登半島の中央部、石川県鹿島郡中能登町に本社を置く丸井織物は、創業90年を迎えようとする合繊織物の生産量で日本トップシェアを誇る繊維メーカーだ。さらなる多角化と成長を目指し、2023年には持ち株会社制に移行。グループ売上高約340億円、従業員数763名(連結、2025年12月期)のマルオリグループとして、テキスタイル・トレーディング・産業資材・オンデマンドの4事業を展開する。新規事業開発の指揮を執り、グループを新たなステージへと導く代表取締役社長の宮本智行氏に、100周年にグループ売上高1000億円を目指すビジョンを伺った。
スタートアップ起業を通してビジネスの醍醐味を経験する
若松 タナベコンサルティンググループ(以降、TCG)として、先代の宮本徹会長の頃から現在に至るまで、10年を超える長い経営コンサルティングのご縁に感謝します。共に中期ビジョンを策定させていただき、それを実装してきたことをうれしく思っています。
丸井織物は高い技術力と最新の生産設備に裏打ちされた高機能繊維を得意とし、テキスタイル事業を軸に成長を遂げてきました。2026年3月に5代目社長に就任された宮本社長は、それ以前からIT化や新規事業の立ち上げをけん引してこられました。東京で起業をした後に入社されたそうですね。これまでの経歴をお聞かせいただけますか。
宮本 こちらこそ、長年にわたりありがとうございます。私は米国のオクラホマシティ大学大学院でMBAを取得後、リクルートに就職し、社内MVPを獲得したのを機に退職しました。プログラミングが得意だったこともあり、退職後にモバイルホームページの制作会社を起業しました。ほかにもモバイル向け公式サイトの制作会社や太陽光発電の比較サイト、飲食店などを経営しました。自分で会社をつくって運営するうちに仕事やビジネスの醍醐味を感じるようになりました。
若松 後継経営者には失敗、成功にかかわらず、組織に対して経営者リーダーシップを発揮する経験が必須です。赤字事業部の再生、子会社の経営、新規事業の挑戦などの経験ですが、起業はその究極と言えますから、良い体験です。大企業に勤めるより起業する方が合っていたのでしょう。
宮本 経営者に向いているかどうかは分かりませんが、自己決定できることは重視してきました。複数の会社を経営する中、宮本徹会長から「戻って来ないか?」と声が掛かったときは正直悩みましたが、丸井織物のバランスシートを見たところ、非常に良い会社でした。好きにやらせてもらうことを条件に、2012年にグループ会社の宮米織物に入社。最初の1、2年は現場を回り、その後にグループ会社である良川サイジングのデジタル化に取り組みました。
若松 私はビジネスドクターとして1000社以上のコンサルティングを経験してきました。そのうち300社は企業再生でした。「会社はなぜ潰れるか」と、嫌というほど対峙してきました。その原因は借金や売上不振などさまざまですが、本質は時代に合わせて事業を変えきれなかった「事業センス」の欠如です。その点、宮本社長には起業や子会社の経営を通じて、多くの失敗・成功体験があります。どちらも大切な後継経営者体験です。
中期経営計画「変革100」で新規事業「UP-T」を立ち上げ新たなセグメントを確立
若松 TCGは、売上高100億円を目指すマルオリグループの中期経営計画「変革100」を2012年から若手経営者人材と一緒にジュニアボード形式で支援してきました。2015年からスタートした「革新200」では新規事業の創出を目指し、その間に、最短3日で1枚からオリジナルTシャツがつくれる「UP-T」など、新規事業が立ち上がりました。
宮本 2015年に「モノづくりとITの融合」を掲げてネット事業部が設立され、私は部長を任されました。Tシャツを作るUP-Tは順調に成長しました。一方、モノづくりのエポックとなったのは2017年です。UP-Tの営業担当者がスマホケースのプリントを受注しました。1日1万個の大型受注でした。スマホケースは未経験でしたが、挑戦した結果、工場がめちゃくちゃになってしまい最終的にギブアップしました。
若松 同様の繊維やプリントビジネスとはいえ、Tシャツとスマホケースではかなり勝手が違ったわけです。「顧客ニーズやアイデアを正しく生産現場に実装できるか」は、設計・製造の本質であり、丸井織物の本業。ある意味で良い勉強になったわけです。UP-Tの成功とスマホケースの失敗は、宮本社長の経営者としての原体験ですね。
宮本 はい。Tシャツは頭の中で考えた工程でうまくいきましたが、スマホケースはそうはいきませんでした。その時、モノづくりは一朝一夕ではできないと痛感。確かに、一つ一つは誰でもできる作業ですが、それらをつなぎ合わせ、改善しながら全体を良くしていくには組織力が必要です。ある意味でイノベーション的なところと、日本独自の「カイゼン」が私の中でリンクした瞬間であり、マルオリグループのモノづくりが自分の一部になった出来事でした。
若松 製造業におけるリーダーシップとしては決定的かつ大事な価値観です。一方で、全体のサプライチェーンを組みつつ、各工程を丁寧につないでいくには、現場の知恵や細やかな調整が必要です。ただ、イノベーション的なアイデアからサプライチェーンを組み、工程に落とし込んでいく発想は現場からはなかなか出てこないのが現実です。UP-Tはどれくらいの売上高規模になりましたか。
宮本 UP-T自体は立ち上げから10年で40億円規模の売上高となりました。さらに、派生ビジネスが広がっています。自分でデザインしたグッズを購入できるだけでなく、2つ目のビジネスモデルとして、ユーザーがデザインしたTシャツを販売できるサービスも展開しています。
さらに、3つ目として、タレントがデザインしたTシャツを販売。それを機に芸能事務所と関係を構築したことで、イベントも開催しています。例えば、「UP-T FESTIVAL」というアイドルイベントを定期的に開催しており、黒字化しています。これが4つ目のモデル。そこから、アイドルやタレントと1対1で話せるアプリ「UP-T TALK」など、推し活関連のサービスが広がり、5つ目として「UP-T Connect」がスタートしました。メールや電話、LINE、チャット、SNSなど、あらゆるチャネルからの問い合わせを一元管理し、全員で共有してスムーズに対応できるアプリです。もともとは自社用につくったクラウドシステムでしたが、便利なのでEC向けに販売しています。
ほかにも、2026年から「UP-T PHOTO」というアイドルやタレントの写真が入ったフォトフレームをスマホで取得できるサービスを始めます。プリクラの機械は簡単に移動させられない上、1台1000万円程度と非常に高額です。その点、UP-T PHOTOは1台40万円ほどで持ち運びできるためグローバル展開を視野に入れています。
こうした派生ビジネスも含めると、新規事業全体では63億円規模の売上高となっています。今後はマルオリグループのモノづくりを基盤としたプラットフォームに育てていきたいと考えています。
若松 売上高が50億円を超えると、まず「3S戦略」が必要です。「シェア」「シリーズ」「システム」化です。UP-Tのシリーズ化は正しい取り組みです。そして、100億円を超えた時点で、自身も提唱する「1T3D戦略」がスタートします。一つの固有技術(Technology)としては「繊維加工技術」、そして3つのD(ドメイン)である事業領域は、「テキスタイル事業」「トレーディング事業」、そして「デジタル(オンデマンド)事業」です。Tシャツもプリントから事業が広がっていますが、異分野ではあるものの繊維の機能が明確に残っています。マルオリグループの独自性を強く感じます。
「革新200」でグループ成長戦略へ
M&Aでサプライチェーンを強化
若松 そして、売上高200億円を目指す革新200という中期ビジョンを策定しました。新規事業に加えて、M&A戦略や産業資材事業戦略に注力する流れができました。4本目の事業の柱に位置付けられます。産業資材についての成長戦略投資をお聞かせください。
宮本 織りを中心とした産業資材は以前から扱ってきました。例えば、ティーバッグやエアバッグ、シート素材など。今でも宮本徹会長が始めたエアバッグなどの車両用素材が産業資材の大半を占めています。2024年に不織布の工場を立ち上げ、新たな用途開発に取り組んでいるところです。例えば、高機能のコーヒーフィルターなど、新たな分野の開拓が進んでいます。
若松 革新200からM&A戦略も実行していきますね。これまで実施したのは9社でしたが、M&Aに対する考え方や重点分野はありますか。また、マルオリグループにとってM&Aは経営戦略上、どのような意味を持っているのでしょうか。
宮本 対象となる領域は3つです。1つ目はテキスタイル分野。これはサプライチェーンの川上川下の補完が目的です。2つ目は販売力強化を目的とした商社。3つ目がIT。UP-Tとのシナジーがある方が良いですが、柔軟に考えています。経営戦略上は、①シナジーを含めたM&A、②必要なファンクションを補完するためのM&A、③新しい分野のM&Aという3つです。
①のポイントは、バランスシートを中心に見ること。②については、廃業によって失われる機能の移管・継承も含まれます。③に関しては、儲かっているかよりも、社長が信用できる人物かどうかを重視します。
例えば、接待交際費の過多や公私混同が横行する会社は業績が良くてもお断りしています。当社の場合、子会社化した会社の社長をすぐに替えることはありません。あまりにも急激な変化は、組織にハレーションを起こすからです。M&Aでは社長の人間性や経営観が大事だと考えています。
若松 中期ビジョンを策定し、その中でM&A戦略を位置付けて実施していることが大切です。ビジョンなしにM&Aに取り組む会社が多いのです。加えて、その経験値の中からM&Aを「3つの領域」と「3つのポイント」を原則として決断している点も良いですね。
この2つなしにM&Aを実行する会社が多いですからね。最後は、急激な変化を避けるPMI(経営統合プロセス)です。マルオリグループとして一体感を醸成することも重要です。そのために、例えば、TCGではグループジュニアボード制度を推奨しています。
「MARUORI 500」で新たに米国への成長戦略投資を決断
宮本 当社もジュニアボード制度を取り入れています。以前は参加メンバーの半分をテキスタイル事業部が占めていましたが、2026年にスタートした新しい中期ビジョンも支援をいただきながらこの方式で策定しました。それが、「MARUORI 500」です。今回は、テキスタイル事業部のメンバーは3分の1以下になりました。売上構成比が変化するにつれて自然と参加メンバーの所属に多様性が出ており、最近は企業間の交流が深まっていることを実感しています。
若松 現在、テキスタイル事業、トレーディング事業、産業資材事業、オンデマンド事業の4つが事業の柱になっていますが、セグメント別(【図表】)の売上構成はどのような形になっていますか。
【図表】マルオリグループの事業セグメント
出所 :マルオリグループホームページよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
宮本 テキスタイル事業が107億円、トレーディング事業が92億円、産業資材事業が78億円、オンデマンド事業が63億円で、グループ全体では約340億円です。もともとテキスタイル事業が約8割を占めていたことを考えると、最近はバランスが取れてきたと思います。ここ5年で売上構成比が大きく変わりました。特に、トレーディング事業とオンデマンド事業が成長しています。オンデマンド事業では北米への進出をしました。UP-Tモデルを海外でも成功させたいですね。
若松 主力事業の構成比が変わり、全体売上高が伸長している戦略を「トランスフォーメーション戦略」と呼びますが、まさにそのケースです。グループ経営を考えたときに個々の会社の売上高も大事ですが、グループ横断でセグメントごとにビジョンを明確にし、セグメント全体の売り上げに着目する方がグループの成長につながると考えています。セグメントごとにバリューチェーンを見直し、足りない機能・ファンクションを明確にした上で計画的に事業をデザインすると確実に強くなっていきます。海外売上高は20%を目指していただきたいです。
「人間成長」の組織を目指し、自由と多様性を尊重する会社へ
若松 TCGでは「1・3・5の成長戦略」を提唱しています。企業が成長する過程で立ちはだかる売上高ごとの壁を乗り超える戦略です。マルオリグループは売上高100億円の壁、300億円の壁を乗り超え、持続的な成長を続けています。次に挑む500億円に向けたビジョンをお聞かせください。
宮本 金額を目標に掲げていますが、私個人としては規模以上につなげる(コネクトする)ことを重視しています。グループ間のシナジーと協力を強化してよりパブリックな組織を目指します。そして、経営者を育てること。私は自由と多様性をとても大切にしています。自由とは決定権。自分で決定できる職業の1つが経営者です。経営者を増やすことは私の目標です。
若松 企業は人なり。500億円の壁を超えていくために経営者人材の育成は不可欠です。モノづくりについてはどのようにお考えですか。
宮本 テキスタイル事業で言えば、国内のモノづくりの産地が消滅していく中、北陸の合繊産地は生き残っている希有なケースの1つだと思っています。設備投資も含めて熟練技術が欠かせない分野であること。さらに、東レをはじめとするモノづくり企業が踏ん張ってきた経緯もあります。また、ユニクロとの協業が寄与している部分も大いにありますが、それでもモノづくりクラスターは少しずつ壊れつつあります。当社がM&Aを使ってサプライチェーンの機能を増やしているのは、潰れて失われてしまうファンクションを守りたいからです。それができるのはある程度余裕のある会社の使命だと考えています。
若松 共感しますね。地域の優良中堅企業は、グローバルを目指し地方経済を循環させるプラットフォーム的な役割を担ってほしいです。サステナビリティの観点からも必要なことですし、全国の経営者に目指してほしいモデルです。今後、強化したい分野や機能はありますか。
宮本 メーカーであるマルオリグループの弱みは販売力だと考えています。この機能を徹底的に強くする必要があります。そのために、M&Aを活用してアパレル領域をグループ化したいと考えています。さらに、新しい事業に挑戦してセグメントを増やしたい。例えば、エンターテインメントは伸びているので独立させたり、アパレル関連の事業をセグメントとして立てたりするなど。各セグメントが独立した経営をしつつ、協力できる部分は協力していく。それをより早く、より深くできるよう組織化することがポイントになります。
若松 TCGでは、それを「グループ成長戦略」と呼んでいます。実現すればより変化に強い組織になります。マルオリグループは2036年に創業100年を迎えられますが、MARUORI 500の次なる節目である2036年に売上高1000億円という目標を掲げた思いをお聞かせください。
宮本 当グループの経営理念は、「MARUORIにかかわるすべての人びとが、仕事を通して人間成長をはかり、豊かで健やかな人生を創りあげるところにある。」で、宮本徹会長がつくりました。これが本当にありがたいです。「人間成長」がベースになっているから事業の可能性が無限に広がります。もし、理念に「繊維で日本一になる」といった表現があったら私にできることは限られていたと思います。2036年に売上高1000億円は目指したい目標であって、極端に数字にはこだわっていません。
若松 その時代を任された経営者が「人間成長に資する事業とは何か」を考えながら、事業展開をしてほしいという意志の伝わってくる良い経営理念ですね。
宮本 私もそのように解釈し、実際に新規事業に取り組んできました。逆に言えば、社員や取引先など関わる人の成長を感じられない事業には参入しない。それが唯一のルールです。そこを無視して1000億円に到達しても単なる数字に過ぎず、全く意味がないですし、面白くない。人が成長できるマルオリグループをこれからも追求していきたいと考えています。
若松 関わる人が成長し、経営を通じて豊かで健やかな人生をつくり上げる。経営者としてこんなにやりがいとワクワクすることはありません。「人間成長」に資する事業、経営理念を実現する会社を築かれることを心より祈念いたします。そのビジョン実現にTCG もご一緒できることを本当に光栄に思っています。本日はありがとうございました。
宮本 智行(みやもと ともゆき)氏
マルオリグループ 丸井織物 代表取締役社長
1979年石川県生まれ。2006年に米・オクラホマシティ大学大学院で経営学修士(MBA)を修了後、リクルートに入社。退社後はモバイルサイト制作会社などを起業・経営し、2012年に宮米織物入社。2014年に丸井織物ネット事業部門長としてオリジナルグッズ制作サービス「UP-T」を立ち上げる。2016年に丸井織物取締役、2024年に丸井織物・マルオリグループ代表取締役専務、2025年に丸井織物・マルオリグループ代表取締役副社長を経て、2026年3月より現職。
マルオリグループ (株)
- 所在地:石川県鹿島郡中能登町久乃木井部15
- 設立:2023年(創業:1937年)
- 代表者:代表取締役社長 宮本 智行
- 売上高:340億円(グループ合計、2025年12月期)
- 従業員数:763名(グループ合計、2025年12月現在)
若松 孝彦 わかまつ たかひこ
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長
タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。
1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティンググループ)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『チームコンサルティング理論』『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
タナベコンサルティンググループ(TCG)
日本における経営コンサルティングのパイオニアと呼ばれ、東証プライム市場上場の経営コンサルティンググループ。1957年の創業から現在に至るまで約1万9000社の経営コンサルティング実績を有する。全国900名のプロフェッショナル人材が、上場・大企業、中堅企業に対して、ビジョン・戦略策定から現場の経営システム・DX実装まで一気通貫に支援するチームコンサルティングを提供している。