
エンタテインメント総合商社として圧倒的な存在感を放つハピネット。東証プライム市場に上場し、連結売上高4390億5200万円、従業員数1113名(2026年3月期)を誇る同社は、「エンタテインメント・スタイルの創造」をビジョンに掲げ、独自の最適流通システムを基盤に川上へ、そして川下へも事業領域を広げている。日本のエンタメ市場をけん引するハピネットのビジネスモデルと未来像を、代表取締役社長兼最高執行責任者の水谷敏之氏に伺った。
時代の大波への変化対応がハピネットの原点
若松 タナベコンサルティンググループ(以降、TCG)との、ビジョン策定、中期経営計画推進、人材育成などのチームコンサルティングでの長いご縁に感謝します。ありがとうございます。ハピネットは、玩具だけにとどまらずゲームや映像音楽、アミューズメント分野でもトップクラスのシェアを誇るエンタテインメント総合商社として幅広い事業を展開されています。まずは、創業の原点や成長過程における転換期についてお聞かせください。
水谷 こちらこそ、ありがとうございます。成長戦略や経営テーマに関する幅広い経営コンサルティングに感謝しています。当社はバンダイの社員だった河合洋氏が独立し、1969年にトウショウを設立したことが始まりです。1972年にバンダイグループと販売代理店契約を結び、玩具商社として事業を広げる中、1991年に同じく玩具の卸売りを営んでいた2社と合併してハピネットが誕生しました。背景にあったのが、1989年の米国の大型玩具店「トイザらス」の日本進出でした。玩具業界を取り巻く環境が大きく変わる中、3社の合併によって全国の販売網を構築してシェア拡大を目指しました。これがハピネットの歴史で最大の転換期だったと捉えています。
若松 旧大規模小売店舗法(現「大規模小売店舗立地法」)が緩和され、ビジネスの世界では問屋不要論などが取り沙汰されていた時期でもあります。この頃、商社や卸売業のビジネスモデル転換への危機感が非常に高まったことを記憶しています。そこに当時のカテゴリーキラーだったトイザらス進出という業界インパクトは大きかったと思いますね。水谷社長が入社されたのはその頃ですか。
水谷 私が入社したのは、合併後の1994年です。創業者は「変化にどうやって対応していくのか」を常に考えており、私たちも若い頃から指導を受けてきました。創業の原点も踏まえると変化への対応は会社の生命線だと今でも考えています。
若松 私は、「100年企業は変化を経営する会社」と言ってきました。企業は環境適応業、創業者が「変化とどうやって対応していくか」と自問し続けたことがハピネットの原点です。共感します。水谷社長は生え抜きの社長ですよね。どのようなキャリアを歩んでこられたのですか。
水谷 入社当時は社員の多くが玩具を担当していた時代です。私も玩具事業の一員として、1年目は東京、2年目からは大阪に勤務しました。27歳から2年間福岡に赴任した後に大阪に戻り、39歳ごろから東京で勤務しています。拠点を行き来しましたが、一貫して玩具事業を歩んできました。
若松 水谷社長は5代目とお聞きしましたが、ハピネットのサクセッションプランは、創業者を除き社員から社長が選ばれていますね。
水谷 創業者は親族を入社させませんでした。2代目社長を務めた苗手一彦(現代表取締役会長兼最高経営責任者)は44歳で社長に抜てきされるなど、社内で経営者を育てて任せるカルチャーはあると思います。
若松 会社存続の秘訣は、「経営者人材をより多く育てること」にあります。「社長寿命<事業寿命<会社寿命」の方程式をつくり上げることが重要です。創業者の意思は間違いなくこの方程式を託し、今のハピネットの自主性や公平性を重んじる企業性格を決める要素になっています。
グループ成長戦略を推進、玩具からビデオゲーム、映像音楽、アミューズメントへ
若松 ハピネットの成長過程を分析すると、1997年に株式を店頭公開、さらに翌年の1998年には東京証券市場第2部に上場。2000年に第1部へ指定替えされました。当時の売上高が1000億円を突破した頃です。1990年代後半から2000年代前半は、会社にとって非常に大きな転換期であったと思います。
水谷 私が入社した当時は、玩具卸でバンダイの販売会社といった位置付けでしたが、1994年に「PlayStation®」が発売され、当社の流通でお預かりしたことでビデオゲーム業界へ参入し、玩具に続く事業の柱ができました。
2002年にはマイクロソフトから発売の「Xbox」の日本での取り扱いを開始。さらに、松井栄玩具からの営業譲受や、モリガングのグループ入りにより、任天堂の家庭用ゲーム機についても取り扱えるようになりました。PlayStation®、Xbox、任天堂の「Nintendo Switch」という3つのプラットフォームを取り扱っているのは当社のみであり、この点も強みだと考えています。
若松 時代の変化に合わせて取扱商品を適応させながらファーストコール(顧客から一番に選ばれる価値)カテゴリーというビジネスモデルをつくり上げた時期ですね。そして、ゲーム事業でオンリーワンプラットフォームをつくり上げました。
続いて参入した映像音楽事業においては中間流通で約30%のシェアを持つ最大手、ファーストコール事業になっています。転換期だった同時期に参入されたのですか。
水谷 はい。映像音楽事業の参入は1999年です。ビームエンタテインメントを子会社化して映像パッケージの取り扱いを開始しました。その後2009年のウィントの子会社化に続き、2018年に星光堂の音楽映像パッケージの卸売事業を当社グループへ移管したことで、業界最大手となりました。コンテンツ配信の拡大でパッケージ市場の環境は厳しさを増しています。しかし、この環境変化に対応し、各メーカーさまよりパッケージ制作から市場への流通までを請け負うビジネスモデルを構築することで、事業領域を拡大しています。
若松 創業時からご縁を大切にされてきた歴史があるのですが、この頃からM&Aという経営技術を駆使してグループ成長戦略を描かれています。この点も創業時の業界やビジネス変革インパクトが原点にあるのだと推測します。そして、アミューズメント事業にも参入されていますが、歴史は長いのでしょうか。
水谷 カプセルトイは早くから扱っていましたが規模はそれほど大きくありませんでした。転機は2007年。サンリンクとアップルの株式を取得し、2008年にハピネット・ベンディングサービスを発足。これによって、カプセルトイ市場の約60%を占めるシェアを獲得しました。2019年からはカプセルトイ専門店「gashacoco(ガシャココ)」も展開しており、2026年3月末時点で154店舗を出店しています。成長幅で言えばアミューズメント事業が最も大きく、玩具事業に次ぐセグメントに成長しています。
若松 各事業領域でナンバーワンポジションを築きながら中間流通バリューチェーン戦略として、川上、川下へと事業領域を広げており、子どもだけでなく大人世代の顧客開拓に成功しています。玩具、エンタテインメント領域における垂直・水平統合を繰り返しながらファーストコールモデルへ挑んできた歴史です。
水谷 玩具事業の環境は近年、大きく変化しています。もともとは町のおもちゃ屋さんのような専門店が主要な販売先でしたが、時代の変化に対応する中でチャネルが広がっています。百貨店やGMS(総合スーパー)だけでなく、コンビニエンスストア、ドラッグストアなど、より身近な場所で玩具が購入できるようになりました。特に、コンビニで販売される一番くじ、トレーディングカードなどは子ども以外の購入層が非常に多く、急激に拡大しています。
エンタテインメントの本質を探究していくことが大切
若松 ハピネットはグループビジョンに「私たちはハピネス・ネットワーキングを展開し、エンタテインメント・スタイルの創造により人々に感動を提供し、夢のある明日をつくります。」を掲げています。少子化でもチャネルや顧客層を広げていけるのは、柔軟な発想を持っておられるからだと思います。事業領域である「エンタテインメント」の捉え方は人によって異なりますが、ハピネットではどのように定義されていますか。
水谷 「楽しさ、幸せを感じられるコト・モノ全て」と考えています。当社には明確なエンタテインメントの定義はありません。「エンタテインメントとは何か」は時代によって変わっていいと考えています。例えば、「推し活」は今や4兆円市場といわれるエンタテインメントの一つですが、以前は「オタク市場」と呼ばれ、ニッチなマーケットのイメージでした。時代は変化します。エンタテインメントの領域は定義できず、だからこそ可能性は大きいと思っています。
若松 まさに「変化対応」の本質です。非常に共感します。人々の心の動きや行動が先にあって、共感が広がりエンタテインメントとして認知される。エンタテインメントを定義しないということは、事業の可能性が無限に広がるということ。その姿勢が事業領域の拡大や深耕、グループM&A戦略にも表れています。
ハピネットがこれまで実施したM&Aは20件を超えていますが、前半は卸売会社など既存事業を伸ばすためのM&Aが目立つ一方、後半はIP(知的財産)の会社をはじめ機能を広げてバリューチェーンを強化する明確な意図が感じられます。
水谷 おっしゃる通りです。2019年に株式を取得したイリサワも玩具卸ではありますが、鉄道模型やプラモデルを取り扱う会社です。既存事業領域のすぐ横にあるのに専門性が高く進出が難しい市場でしたが、イリサワのグループ入りによって進出することができました。また、2023年に子会社化したブロッコリーにはコンテンツの制作機能と社内外のIPライセンスによるリアルグッズ制作の機能があります。そこに当社が培ってきた知見を加えることで大きなシナジーが生まれると考えています。
若松 専門性や独自ノウハウを持つ会社がハピネットのプラットフォームに乗ることでビジネスがつながり、広がっていきます。どんな商材、どんな楽しみ方にでも対応できる経営資源やバリューチェーンを持っているため、今後の展開が非常に楽しみです。
ハピネットの事業を日本文化として海外へ広げる
水谷 あらゆる商材の流通に対応できるのはエンタテインメント業界では恐らく当社だけだと自負しています。当社は2020年にカンパニー制を導入しましたが、今後も各事業部が戦略を立てて商材や事業を広げていくことを期待しています。
若松 組織は、ライン&スタッフ組織、職能(機能別)組織、事業部制組織、カンパニー制組織、グループ経営組織と、会社が成長していく過程で適切にデザインしていく必要があります。その本質は、「権限委譲」「エンパワーメント」のデザインにあります。組織は戦略に従いますが、戦略は理念に従い、理念は組織で経営されて成果になりますからね。カンパニー制組織の目的や現在地についてお聞かせください。
水谷 事業領域が広がるにつれ、社長1人で全てを見ることが難しくなっていました。カンパニー制の目的は、権限委譲によって各事業部が自ら考え、事業を成長させていく組織をつくることです。人材育成の面でも、事業に関わる一人一人が「どのように事業を成長させていくのか」「次の時代にどうつないでいくのか」を考えるような組織、カルチャーを育てたいと考えています。
若松 各事業の自主性や自律性に加えて、経営者としてのリーダーシップ育成もカンパニー制を導入するメリットです。カンパニー制とすることで各専門性を高めながら、グループ全体で成長していく組織体制ができました。今後のハピネットグループの成長戦略についてお聞かせください。
水谷 グループ全体の成長戦略は大きく2つあります。1つはエリア。当社は長らく国内ビジネスが中心となっていましたが、海外へと領域を拡大していきます。2024年にHappinet America Inc.を設立して米国・テキサス州にカプセルトイの店舗を出しました。まだ、社内体制も未整備な部分があり時間がかかるかもしれませんが、それでも海外展開のモデルになる挑戦として注力していきます。
カプセルトイのカルチャーが海外にはないため、現在はまず、認知度を上げる施策に取り組んでいます。幸いなことに日本のIPの認知度は高いので、カプセルトイという新しい楽しみ方を知ってもらうことに力を注いでいます。
若松 第10次中期経営計画では2028年に海外売上高150億円という目標が掲げられました。私は、海外の売上比率に関しては20%がグローバル企業の一つの基準になると言っています。売上高5000億円であれば海外比率の平均は30%から50%ですから、力強く進めていくべきです。TCGにもコンサルティング依頼が多くなっていますが、国内事業がそうであったように、海外事業も「クロスボーダーM&A戦略」を駆使していく必要があります。
水谷 当社のカプセルトイ事業の展開においては、今は文化をつくる時期と捉えています。駅に多くの人が集まる日本では駅構内で平日に利用される割合が高い一方、当社が店舗展開をしているテキサス州は車社会で休日に利用する割合が高くなるなど、それぞれの生活習慣や文化の違いに着目しながら一つ一つローカライズに取り組んでいるところです。
M&A戦略でバリューチェーンをつなぎ感動と幸せを提供
水谷 グループ成長戦略のもう1つは、事業のバリューチェーンをどうつなぐか。基幹事業となる卸売りから川上と川下に事業を広げています。卸売業の仕事は商品を仕入れて販売することですが、実はその前後にも当社が担える部分は多くあります。
川上の領域で言えば、ブロッコリーがグループに入ったことで自社コンテンツ制作や社内外のIPを活用したグッズ制作が可能となりました。クリエイティブ機能が加わったことで、IPの創出から流通までのバリューチェーンを構築しています。一方、アミューズメント事業で展開するカプセルトイの専門店「gashacoco」は川下に当たります。
今後も、卸売りの枠を超えてバリューチェーンをつないでいく上で大きな武器となるのが、ハピネス・ネットワーキングです。現在、当社のお取引先はメーカー700社、販売店は1200社に上り、そこから集まるデータと販売支援・物流などのサービスを掛け合わせた「最適流通システム」を独自に構築しています。蓄積された膨大なデータと、現場から上がってくる小売店の生の声を拾いながらメーカーと一緒にものづくりやマーケティングに取り組んでおり、ここは今後も伸ばしていきたいですね。
若松 4つのセグメントをお持ちなので多様な情報が集まってきますね。川上から川下まで縦横斜めをきめ細かくつなぎ、目を凝らして見ていくと新たな領域、新たなビジネスがいくつも生まれるでしょう。
水谷 今の規模と同じだけの仕事が現業の隣に眠っていると考えています。自らIPを考えるのも良いのですが、IPを持つ企業といかにタイアップしていくかを考える方が当社の強みを生かせると思っています。
若松 飛び石で事業をつくるのは非常に高度な経営になり、コングロマリットディスカウントに陥りやすくなります。知見やノウハウが少ないのでリスクも高い。その意味で、現在のハピネットのバリューチェーンの構築は卸売企業のお手本と言えるでしょう。ここまでお話をお伺いすると、国内外でエンタテインメントをけん引するハピネットの姿が目に浮かんできます。その過程で大事になってくるのは「人材」ですね。人材に対する考え方をお聞かせください。
水谷 卸売業は独自の商品を持たないため、創業当時から価値の源泉は人です。ですから、個の力の向上にずっと力を入れてきました。事業戦略を描くことは非常に重要です。個々の社員においても自分事として、戦略を考えてもらいたいという思いが強くあります。それがTCGにサポートをお願いする理由の一つですが、人材育成においても当社の事業や方向性をよく知ってくれているから安心して一緒に取り組むことができています。今は、社員をどう育てていくかが重要課題と捉えています。自分で考え行動する力や、創造性をどう育てていくかを念頭に置き、人材育成に取り組みたい。それをどう組織力につなげていくかが今後の課題と言えます。
若松 ハピネットに在籍するさまざまな分野のプロフェッショナルが掛け合わさり、化学反応を起こすことで新たなビジネスが生まれ、強みになっていくと思います。繰り返しになりますが、理念は組織で経営されて成果となります。それには、個々の力とチームの力をいかに引き出していくかが大事です。ハピネットと共に歩ませていただきながら、ビジョン実現をご支援できることをうれしく思っております。本日はありがとうございました。
水谷 敏之(みずたに としゆき)氏
ハピネット 代表取締役社長兼最高執行責任者
1971年兵庫県生まれ。1994年にハピネット入社後、2021年に執行役員トイカンパニープレジデント、2023年に常務執行役員トイカンパニープレジデント、2024年に取締役常務執行役員カンパニー統括本部長、2025年4月に取締役常務執行役員事業統括を経て、同年6月より現職。
(株)ハピネット
- 所在地:東京都台東区駒形2-4-5 駒形CAビル
- 設立:1969年
- 代表者:代表取締役社長兼最高執行責任者 水谷 敏之
- 売上高:4390億5200万円(連結、2026年3月期)
- 従業員数:1113名(2026年3月現在)
若松 孝彦 わかまつ たかひこ
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長
タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。
1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティンググループ)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『チームコンサルティング理論』『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
タナベコンサルティンググループ(TCG)
日本における経営コンサルティングのパイオニアと呼ばれ、東証プライム市場上場の経営コンサルティンググループ。1957年の創業から現在に至るまで約1万9000社の経営コンサルティング実績を有する。全国900名のプロフェッショナル人材が、上場・大企業、中堅企業に対して、ビジョン・戦略策定から現場の経営システム・DX実装まで一気通貫に支援するチームコンサルティングを提供している。