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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2026.04.30

「世界のスイーツグランドメゾンになる。」ビジョンを掲げ変化と成長に挑む シュゼット・ホールディングス 代表取締役社長 蟻田 剛毅氏

「アンリ・シャルパンティエ」は、代表商品フィナンシェの年間販売個数が「世界で最も売れたフィナンシェ」として8年連続(2015年~2022年)でギネス記録を達成するなど、多くの顧客に愛される総合洋菓子ブランドだ。運営するのはシュゼット・ホールディングス。代表取締役社長の蟻田剛毅氏に未来戦略を伺った。


3度の業態転換を行い総合洋菓子メーカーへ

若松 これまでのタナベコンサルティンググループ(以降、TCG)とのさまざまなご縁をありがとうございます。シュゼット・ホールディングスは、洋菓子店「アンリ・シャルパンティエ」を中心に、「C3(シーキューブ)」「CASANEO(カサネオ)」などを展開しているグループ企業で、2026年に創業57年目を迎えられます。現在は複数のブランド事業を持つ総合洋菓子メーカーに成長されていますが、1969年に喫茶店として創業されたのでしたね。


蟻田 こちらこそ、ありがとうございます。父の蟻田尚邦が阪神・芦屋駅前に喫茶店を開業したのが始まりです。今でも同じ場所で「アンリ・シャルパンティエ芦屋本店」として営業しています。


若松 創業の地が今も残っているのですね。それは象徴にもなり、非常に良いことです。一店舗の喫茶店からスタートしたシュゼット・ホールディングスが、その後どのような変化を経て、今のような総合洋菓子メーカーへと成長されたのでしょうか。


蟻田 もともと喫茶店ではテークアウト用の生ケーキも取り扱っていました。そうした中、1970年代に入ると神戸に洋菓子ブームが起こり、洋菓子が和菓子に取って代わる時代になり、その流れを受けて喫茶店を「ケーキ店」に転換しました。


その後、1975年に神戸の百貨店から出店のお声掛けをいただいて出店しました。看板商品であるフィナンシェが誕生したのも同年です。そこから都市部の百貨店への出店が続き、法人需要や贈答需要に合わせて、生菓子だけでなく焼き菓子にも商材が広がっていきました。


若松 喫茶店からケーキ店へ、そして百貨店への出店と同時にフィナンシェという商品を開発販売して、総合洋菓子メーカーへと成長されました。創業から10年ほどで3度の業態転換を果たされ、先発で百貨店に出店していた菓子メーカーに先駆けて、総合洋菓子メーカーへと転身された点が非常に興味深い。私は「100年経営は変化を経営する会社」と定義付けていますが、ある意味で顧客の声に耳を傾けながら商品や業態開発を続けてきた創業者らしいエピソードです。


蟻田 ちょうど高度成長期で、百貨店は法人用やお中元、お歳暮商戦に力を入れていました。他社は既存商品でそうした需要に対応していましたが、後発組だった当社は差別化を図るために半年ごとに新商品を開発。パッケージについても、当時はどの会社も同じような白箱に入れていましたが、当社は独自にデザインした箱を使用したことが「神戸らしい」「流行にさとい会社だ」と支持を集めました。


若松 後発ゆえの新しいマーケティングであり、今で言えば「ブランディング」と呼ばれますが、時代に合わせて新しい価値提供の方法を開発されたと言って良いでしょう。


アンリ・シャルパンティエ芦屋本店の外観

アンリ・シャルパンティエ芦屋本店の外観



業績の悪化で原点回帰。メーカーとしての強みを追求

若松 シュゼットという会社名は、フランスのデザートである「クレープ・シュゼット」に由来しているそうですね。


蟻田 父がコック見習いをしていたフランス料理店では、お客さまの目の前でクレープ・シュゼットを仕上げていました。オレンジ果汁で軽く煮たクレープをグランマルニエ(最高峰リキュール)でフランベする。その揺らめく青い炎がお客さまを笑顔にする光景を見た父は、とても感動したそうです。それが菓子の道に入る原点であり、創業のスピリッツ。その思いを受け継ぎたいと考え、社名にしました。


若松 「揺らめく青い炎がお客さまを笑顔にする光景」という提供価値に感動したことが原点であることがシュゼットらしさであり、その原点を大切にする意味が社名に込められていることが素敵な物語です。


蟻田 この精神は、先ほどのパッケージにもつながります。父はお菓子(モノ)を媒介に世の中のコミュニケーションが楽しくなるように願っていました。モノはもちろん、コトの提供も大事。シュゼットのロゴは創業者のスピリッツを忘れないように、当人のその思いを触発した炎がポイントとしてあしらわれています。


若松 物心両方の幸福を追求するのが企業家の使命です。今でこそ「コト消費」といったキーワードも盛んに使われますが、当時からその視点をお持ちだった。お客さまに驚きや喜びを提供する思いが引き継がれています。


蟻田社長はもともと会社を継ぐつもりだったのでしょうか。


蟻田 いいえ。私は大学卒業後に広告代理店に就職しました。3年目にたまたま全国展開する総合菓子メーカー関連の仕事に携わり、そのプロジェクトを通して広告よりもお菓子が好きなことに気付いて戻ろうと決めました。広告代理店に約10年勤めた後、2007年に入社しましたが、そのころには父は企画開発に特化した別会社を設立しており、アンリ・シャルパンティエの運営は社員に任せていました。私も広告代理店出身ですし、将来的にはその企画開発の会社を継ごうと思い、2年半かけて店舗や工場をはじめ、全ての部門を回り勤務しました。


若松 私は、「後継経営者は全体を知る、掌握する経営技術が必要」と言っています。特に食品メーカーの組織はサプライチェーンの視点から機能的組織にならざるを得ず、購買、製造、販売、物流、財務、人事などの高度なつながりと流れが業績を決めます。また、「各駅停車は遅すぎるので、特急列車ぐらいのスピードで全体を回る」ことを後継経営者には勧めます。さまざまな部門を意図して経験したことは正しい姿ですね。とは言え、経営者として会社全体を見た時点では業績も悪化していたようです。


蟻田 はい。1年間は副社長を務めました。そして、業績悪化を受けて経営企画室でリバイバルプランの作成をサポートしました。私が入社した時にはすでに売り上げが落ち始めており、父が亡くなるころにはその傾向がさらに強まっていました。要因はマーケティングの失敗です。当時はスターパティシエがメディアなどに頻繁に取り上げられ、チョコレートやロールケーキなどに特化した専門菓子店の人気が高まっていました。当社は新商品を増やす手を打ちましたが、業績がさらに悪化して赤字に転落。赤字になったのはそのときと阪神淡路大震災の1995年だけです。時を同じくして父が亡くなりました。枕元にリバイバルプランが置いてあるのを見て腹が据わりました。創業者とプロパーの幹部がつくったリバイバルプランを実行する段階だったことも、承継のタイミングとして良かったと思います。



「フィナンシェ」という強みにフォーカスし、メーカーの本質を追求

若松 お父さまが亡くなられたことと、リバイバルプランが策定されていたことで「退路」を断たれたわけですね。蟻田社長が後継者という肩書きではなく、真に社長になられた瞬間ですね。当時のリバイバルプランについてお聞かせください。


蟻田 「強みにフォーカスする」。これがリバイバルプランの肝でした。業績を上げようと新商品を出し続けていましたが、結局一番売れていたのはフィナンシェです。そもそも、マーチャンダイジング(商品計画・販売戦略)の失敗の根底は製造や販売から切り離された開発になっていたこと。そこで、企画会社を事業会社に取り込み、メーカーとして本来の形に戻ることを決断。これが再生のスタートになりました。


今は「デジタル・シンプル・スピード」が重視されますが、当社は今でも徒弟制度を貫いていますし、総合洋菓子メーカーであることに文化的な意義があると思います。技術を持ったパティシエがいることやメーカーとして工場を持っていることは財産です。お客さまの前で調理するなどエンターテインメント性を生むほか、ビジネスの幅が広がると思っています。


若松 「戦略の起点は常に強み」が原則であり、強みを組織内外で連結する経営が戦略になります。一方、変革は「捨てる、改める、新しくする」のステップを踏む必要があります。やめる商品はやめ、強みを磨いていく先に変革があります。「新規はその後」という戦略原則を貫いています。原点回帰後もメーカーとして品質に非常にこだわっておられますね。


蟻田 ありがとうございます。トヨタ自動車の「カイゼン」は取り入れています。私は、カイゼン活動は「禅」に近いと感じています。「無駄をそぎ落として不可欠なる行動のみを残す」という考え方はさまざまな場面で役立ちます。販売であれば、0.5秒で買いたい商品にたどり着くような店づくりは非常に価値があります。カイゼン活動を収益のために「急ぐこと」と捉える方もいますが、そうではないです。アウトプットまでの時間を短縮するために付加価値のある作業を見極めてそれ以外の作業を見直すことで、自然と早くできあがる仕組みになります。急ぐのではなく、早くするためのプロセスをつくることは、本質を見極めることにつながると学びました。


若松 シュゼット・ホールディングスの強みである商品をパティシエ的スキルに落とし込んでいく中で、職人のような多能工モデルを貫いていることも品質向上と新しいサービスの提供につながっているのだと感じます。真の生産管理は、ある種の「相反する矛盾を標準化する改善」がまねできないノウハウになるので、蟻田社長が「禅」と言われる意味が良く分かりますね。


蟻田 おっしゃる通りです。現在売り上げは300億円には届かない規模で正社員は約450名。千葉県から福岡県まで直営店がありますが、カイゼン活動と多能工によって、工場で午前中につくったものを最短4時間後に店頭に並べることが可能な体制を構築しています。ケーキの注文も20時までに注文すれば次の日の夕方には店頭に到着しますし、オンラインショップでは24時間以内にフィナンシェをお届けするサービスを提供しています。このスピード感は簡単にまねできないと自負しています。今後も私たちの技術をお客さまに喜んでいただけることに結び付けていきたいと考えています。


アーモンドの香ばしさとバターの芳醇な香りが特徴のフィナンシェ

アーモンドの香ばしさとバターの芳醇な香りが特徴のフィナンシェ



お客さまの生活課題を解決

若松 蟻田社長は、新たに「世界のスイーツグランドメゾンになる。」というビジョンを掲げられました。「菓子と生きかたをつくる。」というミッションにも共感しますね。


蟻田 「菓子」はメーカーの部分を指し、「生きかた」とはコトの部分です。私どもはお客さまの買い物をお助けしていると思っています。買い物とは「お客さまの生活課題を解決すること」。思い通りにいかない日は買い物で気分を変えようとか、けんかをしてしまった日はケーキを買って帰ろうとか。ケーキをお渡しして、お客さまの生活が変わることは、生き方をつくっていくこと。メーカーですからきちんとモノをつくることは基本ですが、お菓子を媒介としてコミュニケーションをつくるのも私どもの仕事だと考えています。これは創業者から受け継いだスピリッツであり、それを今の言葉に置き換えました。


若松 フィナンシェは8年連続(2015~2022年)で世界一のギネス記録を達成していますし、洋菓子コンテストの最高峰「クープ・デュ・モンド・デュ・ラ・パティスリー」で世界1位を受賞しています。これは強みを磨く経営とミッションを掲げて取り組んでこられた通過点ではありますが、素晴らしい結果です。


蟻田 業績が赤字だった時に社長に就任したので、明るい話題が必要でした。海外展開は社長になって最初の計画書で明言しており、やらないわけにはいきません。中東からインドネシアまで2年かけて約10都市を視察した結果、シンガポールとタイ、マレーシアが候補に挙がりました。社員の士気向上を目的で進出した側面もありますが、世界で勝負できるブランドをつくることに目線が広がってきています。


現在は現地で小規模ながらもチルドのケーキをつくっていますが、当社の社員は言葉が通じない国でケーキをつくれる人材を育てることができます。タイに派遣した社員は当初、日本語がまったく通じないことに加えて思った以上に技術が低いことを嘆いていましたが、3週間もすると愚痴を言わなくなりました。それどころか、たちどころに未経験の現地スタッフをパティシエに育てて数億円の売り上げを構成するレベルに持っていく。その伝承技術に驚きましたし、それを生かせばチルドのおいしいお菓子をもっと世界に広げていけると思います。



人材はお菓子文化を地域に広げるエバンジェリスト

若松 そういう意味では、作り手と売り手が一体になって世界や地域にシュゼット・ホールディングス文化を広げるエバンジェリスト(伝道師)チームをつくることが大切です。食品メーカーの場合、組織が大きくなってくると機能別のわなに陥りやすくなります。ローテーションや人材交流も含めた製販一体型人材育成が大切です。まさに、蟻田社長が言われた人材育成方針を実装していきたいですね。


蟻田 人材育成については、国内の工場で新たな試みを始めました。月1回、「自分たちが何のために働くのか」を考える会を設けて、社員同士で2、3時間話してもらいます。当然ながら販売の期待に応える役割はありますが、話すうちに「お菓子のある楽しい時間、楽しい空間を地域に広げている」と社員が言ってくれました。考えてみると当社は成長が早かった分、お菓子づくりを分業にしていません。


技術を全部教えて1人でお菓子がつくれる人材を育てながら増加する需要に対応してきました。ですから、本当は当社のお菓子を買ってほしいのですが(笑)、働き始めてしばらくすると休みの日に周囲のためにケーキを焼くようになる。お菓子を通して人が集まり、コミュニケーションが生まれるなど、社員が地域のお菓子文化のハブになっているのです。


若松 生活の中でお菓子のある楽しい時間、空間をつくっている。地域のお菓子文化を育て、広げるエバンジェリストになっているわけですね。


蟻田 おっしゃる通りです。その話をシンガポールのメンバーにも伝えたところ、「同じことを考えていました」と言ってくれました。立ち上げから約10年、シンガポールを指揮してくれていますが、これまで一緒に働いてくれた仲間には独立してパティシエになった人や、レストランで働いている人もいるそうです。「身を助けるぐらい経済的な価値があることを伝承できること、さらにお菓子がある街、お菓子がある社会の形成に貢献できることに誇りを持っていることや、同じ思いを日本のメンバーも感じていることがうれしい」と話してくれました。こうした話を聞くと、海外展開には価値があると思いますね。


若松 まさに菓子と生きかたをつくっておられます。店舗における人づくりについてはどのようにお考えですか。


蟻田 さまざまな施策を通して工場の退職者は格段に減りました。一方、販売はこれからですね。販売はどうしても数字に目がいきがちで、退職者も少なくありません。社会や地域に貢献しているのは製造も販売も同じですが、プロセスや文章として言語化されていないため、自分たちの価値に気付かずに将来に不安を抱かせている点は申し訳なく思っています。


販売がお客さまの満足度を左右している部分はありますから、それを実感してもらうことが大事です。店舗の社員も販売を通して、お菓子を買った後にある生活を楽しくしています。さらに、お菓子を買った人の周囲も楽しくしていると私は思っています。例えば、2024年のクリスマスは大雪が降って高速道路が止まってしまい、どのお店も百貨店にもクリスマスケーキがほとんど並びませんでしたが、当社の社員は諦めずに新幹線や在来線を使ってケーキを届けていました。ある百貨店では閉店時間が過ぎてもお客さまがケーキを待っていました。ケーキを楽しみに待っている人がいるからです。そこに当社の社員がケーキを運び込んだところ、拍手で迎えられたそうです。その時、社員が「お菓子ってすごいな」「人の役に立っている」と言ってくれました。1人でも多くの社員に、私たちはお菓子によって「生きかた」を変えていることを実感してもらいたいですね。


若松 サプライチェーンは「商品を届けるプロセス」です。一方、バリューチェーンは「価値を届けるプロセス」です。実は、これは全く違う場合が多いのです。サプライチェーン思考で価値提供を考えると分断しやすくなります。価値創造から思考してそのつながりをデザインされると、よりミッションに近付きます。その意味では、店頭からの発想、すなわち、顧客価値からの発想が大切ですね。



世界中で菓子と「生きかた」をつくる

若松 TCGには「1・3・5の成長戦略」という考え方があります。今のシュゼット・ホールディングスを見ると、「300億円突破に向けた成長戦略」が必要になります。売上高300億円は、大企業と中小企業の悪いところを持つ“中途半端企業”になりがちです。壁を超えるには、事業セグメントや収益モデルを再構築していく必要も出てくるでしょう。最後に、正しく成長する会社を目指すために、これからのビジョンをお聞かせください。


蟻田 当社は10年ほどCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)に取り組んでいます。その1つが北海道における酪農支援。菓子事業の収益の一部を新規就農者支援に充てるほか、支援地域で生産された生乳を使ったフィナンシェ専用の発酵バターを買い取る仕組みを整えています。また、地域スポーツの活性化と地元での雇用創出を目的に氷上競技部を設立し、ウィンタースポーツのショートトラックの選手を応援しています。さらに、阪神・淡路大震災で被災した際に多くの方々に助けていただいた経験から立ち上げた「スマイルフォー東北-フロム芦屋プロジェクト」では、日本全国の製菓学生への支援など、幅広い活動を支援しています。それができるのも社員がしっかりとお菓子をつくり、販売してくれているからです。そこをきちんとプレゼンテーションする必要があると考えています。一方、「世界のスイーツグランドメゾンになる。」には顧客視点の会社になっていくことも必要です。お客さまの生活課題と当社の技術を結び付け、世界中の人にお菓子を買っていただけるような会社を目指します。その実現にはやはり人。ポートフォリオも横展開も、人がいないとできません。お客さまの生活課題を必死になって探す社員が1人でも多く育つような仕組みをつくっていくことが一番重要だと考えています。


若松 創業者のスピリッツを大切にされるシュゼットならば、世界のスイーツグランドメゾンを実現されるでしょう。心より応援しております。本日は有意義なお話をありがとうございました。


蟻田 剛毅 ありた ごうき 氏

蟻田 剛毅 ありた ごうき 氏

シュゼット・ホールディングス 代表取締役社長

1974年兵庫県生まれ。関西学院大学卒業後、電通に入社。在籍中に早稲田大学大学院に入学し、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修了。卒業後、電通を退社し、2007年にアンリ・シャルパンティエ(現シュゼット)に入社。副社長を経て、2011年6月より現職。


PROFILE

  • (株)シュゼット・ホールディングス
  • 所在地 : 兵庫県西宮市久保町5-16 ハーバースタジオ43南館
  • 創業 : 1969年
  • 代表者 : 代表取締役社長 蟻田 剛毅
  • 従業員数 : 454名(2026年3月現在)



若松 孝彦 わかまつ たかひこ

タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長

タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。
1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティンググループ)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『チームコンサルティング理論』『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。


タナベコンサルティンググループ(TCG)

日本における経営コンサルティングのパイオニアと呼ばれ、東証プライム市場上場の経営コンサルティンググループ。1957年の創業から現在に至るまで約19,000社の経営コンサルティング実績を有する。全国900名のプロフェッショナル人材が、上場・大企業、中堅企業に対して、ビジョン・戦略策定から現場の経営システム・DX実装まで一気通貫に支援するチームコンサルティングを提供している。