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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2019.05.31

「ポスト2020」、日本企業がとるべき経営戦略とは 大和総研 常務取締役 チーフエコノミスト 熊谷 亮丸氏

ダイバーシティーを推進しイノベーションを起こせ

 

若松 イノベーションが起こりにくいのは、日本の画一的な社会が大きく関係しています。その意味で、TPP11の発効を受けて自由貿易圏が拡大することは歓迎される変化です。海外との行き来の活発化は、オープンイノベーションが創発される可能性を大いに秘めています。これは日本企業にとってもチャンスと言えます。

 

熊谷 政府の試算では、TPP11で実質GDPが1.5%、約8兆円膨らむとされていますし、新規雇用についても46万人増えると予測されています。また、内閣府の定量分析では、輸出を行う企業ほど労働生産性が上がるという結果が出ています。つまり、世界市場における切磋琢磨がイノベーションにつながっているということ。日本企業の最大の問題は、労働生産性の低さ。特に、経済の7割を占めるサービス業の労働生産性は米国の半分といわれています。そこを米国並みに上げることができれば、200兆円超のプラス効果が働くはずです。古今東西、国を閉じて発展した事例はほとんどありません。国を開いてダイバーシティーを推進し、イノベーションを起こすことが不可欠となるでしょう。

 

若松 ダイバーシティーについては、2019年4月からスタートした残業規制など「働き方改革」としても推進されています。ただ、製品の発注量や納期はこれまでと同じですから、ものづくり企業などの現場では対応に苦慮しているところも少なくありません。

 

熊谷 特に、中小企業は難しい対応を迫られていると思います。一方で、経営者は資本主義が大きな曲がり角を迎えていることを頭に入れておく必要があります。グローバル資本主義は、株主の近視眼的な利益が過度に優先される非常にバランスの悪い資本主義でした。しかし、これからは労働者が付加価値の源泉になる新たなステージに入っていくと予想されます。その理由の一つは人工知能の発達。ほとんどの単純労働はAIに代替されていきます。そうなると、人間にしかできない対人関係能力や、過去の延長線上にないまったく新しい方向性を考える能力が、付加価値として非常に重要なものとなってくるでしょう。

 

若松 そうした力を社員が発揮できる環境や働き方の整備が、企業の成長要因になるということなのでしょうか?

 

熊谷 これまでは株主と従業員は対立の関係でした。例えば、従業員にお金を使うのは後ろ向きのコストでしたが、それが前向きの投資に変わってきています。すでに、女性活躍に優れた上場企業である「なでしこ銘柄」や、従業員の健康管理に取り組む上場企業を選定した「健康経営銘柄」などが注目されていますし、従業員が働きやすい環境を整える企業は就職ランキングが上がり人材採用が有利になっていきます。つまり、従業員にお金をかける企業は良い人材が集まり収益が上がる。収益が上がれば株価が上がって株主にとってもプラスになるのです。今まで対立構造だった株主と従業員の利害が一段高いところで一致するような、新たな資本主義のステージに入ってきたということ。働きやすい会社、多様な働き方ができる会社をつくることは大変でしょうが、そこに取り組むだけの価値は十分にあります。

 

 

 

経営者は、世の中が大きく変わっていることを認識しなければなりません

 

社会的課題の解決は日本のお家芸

 

若松 SDGsは2015年の国連サミットで採択されました。「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」「質の高い教育をみんなに」「ジェンダー平等を実現しよう」「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」といった17のゴールと、169のターゲットから構成されており、次世代の産業テーマとして非常に注目されていますね。

 

熊谷 これからの企業にとって大事なことは、社会的課題を解決すること。SDGsは社会的課題に関して包括的なマッピングを示しており、経営者にとってバイブルのようなものだと私は考えています。

 

若松 SDGsが今後のビジネスの鍵を握っているということですね。

 

熊谷 経営者は、世の中が大きく変わっていることを認識しなければなりません。ただし、難しいことではありません。そもそもSDGsは日本のお家芸と言っていいでしょう。八百万の神が存在する日本は、もともと多様性のある社会です。また、米国や英国などのアングロサクソン諸国では会社は株主のものですが、日本では「会社は公器」と捉えられており、従業員や取引先、社会全体を含めた多様なステークホルダーのものという認識が強い。そして、近江商人の「三方よし」など包括的な資本主義を実践してきた歴史もあります。さらに、自然に対する関係も西洋と日本ではまったく異なります。西洋にとって自然は恐ろしい存在であり征服すべき対象でしたが、日本は違います。

 

若松 人間は自然の一部として、自然を敬い共存するのが日本の思想であり、生き方でした。そう考えると、日本の思想や文化とSDGsは非常に親和性が高いように感じます。しかし、日本ではSDGsがあまり進展していません。

 

熊谷 ボトムアップが一つの要因です。欧米ではトップダウンで、まずは高い目標を設定し、実行する。もし、ダメだったら変えればよいという発想ですから、取り組みにスピード感があります。一方、日本はボトムアップで現状より少し高い数字を積み上げて目標とするケースがほとんどです。大胆な取り組みにつながらないため成果が上がりにくい。これには、日本社会の無謬性も関係していると私は思います。

 

若松 ことなかれ主義というか、無謬性を重視しすぎるが故に、日本全体でスピード感が失われている印象は否めませんね。

 

熊谷 その通りです。ただ、世界的なプラスチックごみの堆積が深刻な環境汚染を引き起こすなど、社会的課題の解決は待ったなしの状況。経営者は社会の大きな潮流が変わったことを認めて、地球環境の未来のためにもトップダウンでSDGsを進めていくことが重要です。

 

若松 企業は何のために存在するかと言えば、やはり社会的課題を解決するため。それが企業の核であり、その実現に向けてコアコンピタンスを生かした事業を展開していくのが企業経営の王道です。これからの時代は、そうした企業活動こそ持続的成長につながっていくのだと再確認しました。本日はありがとうございました。

 

㈱大和総研
常務取締役 調査本部副本部長
チーフエコノミスト
熊谷 亮丸(くまがい みつまる)氏

日本興業銀行(現みずほ銀行)などを経て、2007年大和総研入社。2018年より現職。2016年ハーバード大学経営大学院AMP(上級マネジメントプログラム)修了。財務省、内閣官房、総務省、内閣府、参議院などの公職を歴任。経済同友会幹事、経済情勢調査会委員長。各種アナリストランキングで、エコノミスト、為替アナリストとして、合計7回、1位を獲得。現在、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」レギュラーコメンテーターとして活躍中。NHK「日曜討論」、読売テレビ「ウェークアップ!ぷらす」などにも、頻繁に出演している。著書多数。

 

タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。