トランスフォーメーションはトップダウンで決断する
若松 眼科医として、多くの利用者であり患者であるエンドユーザーと接してこられた経験が、ライバル企業や他メーカーにとっては非常識な三方よしの戦略「メルスプラン」の開発につながったと感じます。とはいえ、このビジネスモデルはすぐに実行できたのでしょうか。
田中 すぐに社内にマーケティング部を設置しました。ところが、関係部署も賛成してくれたはずなのに、出来上がるのに3 年間かかりました。その時に、ビジネスモデルの変更はボトムアップでは実現できないことを痛感しました。実務を担当していた古参役員はそれまでの成功体験が邪魔になり、簡単にビジネスモデルを変えられません。私は、「社会状況から見て、メルスプランを実行しなければ5 年以内に倒産する」と父を説得して社長交代を願い出ました。父は「好きにしていい」と任せてくれた上、幹部メンバーも新しい布陣としました。私は2000 年に代表取締役社長に就任。そこからトップダウンでメルスプランを推進していきました。
若松 メルスプランの導入は第2創業と言える決断です。このままだと5年以内に倒産するかもしれない危機感から始まったビジネスモデル転換はある種の創業です。事業承継期と重なっていたところが面白いですね。メルスプランを推進する過程のどのあたりで成功を確信されましたか。
田中 2001年に直営店から導入すると、お客さまが「メルスプランは良いですね」と声を掛けてくださいました。その言葉が現場の社員の自信になっているのを見て、私は成功を確信しました。その後、直営店の話を聞いた得意先が取り扱うようになり、日に日に販売店が広がっていきました。現在も会員数は伸び続けており、すでに130 万人のお客さまにご利用いただいています。
若松 いまは、スマートフォンをはじめ、衣料品や自動車に至るまで、最近はさまざまな領域でサブスクリプション(定額制)の料金プランが用意されています。メニコンの創業はコンタクトレンズの開発でパイオニアであり、第2 創業ではコンタクトレンズの販売スタイルのパイオニアになられたわけですね。メルスプランは、こうしたサブスクリプションをずいぶん前から取り入れていたわけですね。
当たり前のこと、誰も疑っていないことに気付けるかどうか
イノベーションの原点は常識を疑えるかにある
若松 メルスプランが登場して約20 年が経過しようとしています。今後の展開についてはどのようなビジョンをお持ちですか?
田中 商品バリエーションが豊富で顧客満足度も高いメルスプランは、最強の守りの戦略です。国内にコンタクトレンズの販売店は約8000店舗ありますが、グループ会社の販売店が160、メルスプラン加盟施設が約1600 店舗あり、会員は今も増加傾向にあります。今後もエンドユーザーの視点から商品やサービスの質を高めながら、より多くのお客さまのご要望にお応えしていく考えです。
若松 メルスプランによってライバルからの参入障壁が非常に高くなったわけですから、最強の守りの戦略と言えますね。攻めの戦略についてはいかがでしょうか。
田中 一つは、新しいマーケットの開拓。例えば、コンタクトレンズを使った近視抑制のマーケットは世界的にも注目されていますし、夜間だけ装着すると昼間は裸眼で過ごせるオルソケラトロジーはマーケットが認知されつつあり可能性を感じています。さらに遠近両用コンタクトレンズのマーケットは今後の拡大が期待されています。
若松 海外にも展開されていますが、世界市場についてはどのような戦略で挑まれているのでしょうか。
田中 1 日使い捨てタイプの「1DAY(ワンデー)」は、世界に向けて展開していきたいと考えています。最大のセールスポイントは「スマートタッチ」。開封するとレンズの凸面が上を向くため、目に直接当たる内面を触ることなく装着できて清潔です。製造工程から考えると多くの課題がありましたが、エンドユーザーの視点から清潔に使っていただくことを優先して、開発を進めてきました。大事なことは、常識を疑ってみること。それまでの方法を常識だと思い込めば、新しい発想は出ませんし、作る側の常識が使う側にとっても常識であるとは限りません。当たり前のこと、誰も疑っていないことに気付けるかどうか。ここにイノベーションを起こす原点があると思います。
若松 「全ては顧客のために」の本質を追究して、誰も疑わないことや業界の非常識を常識に変えることがメニコンの強さの秘訣ですね。そして、これからもこのスピリッツを継承することが大切です。今回の対談を通してイノベーティブな製品開発や既成概念を超える販売手法を生み出した原点に触れられたような気がします。本日は示唆に富んだお話をありがとうございました。
㈱メニコン
代表執行役社長
田中 英成(たなか ひでなり)氏
日本初の角膜コンタクトレンズを開発したメニコンの創業者である田中恭一 会長の長男。眼科医を経て1994 年株式会社メニコンの取締役、2000年、代表取締役社長に就任。日本初・世界初となる商品を発表するとともに、業界内世界初の定額制会員販売システム「メルスプラン」を発案し、130 万人を超える会員を擁する規模にまで育て上げる。2010 年6月からは、メニコンを従来の監査役会設置会社から中部圏初となる「指名委員会等設置会社」に移行させ、取締役代表執行役に就任。「メニコンカップ」や「メニコンスーパーコンサート」への協賛などスポーツ文化支援活動にも積極的に貢献を果たしている。2018
年春の褒章にて「藍綬褒章」を受章。
タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
PROFILE
- ㈱メニコン
- 所在地:愛知県名古屋市中区葵3-21-19
- 創業:1951年
- 売上高 : 766億7200万円(連結、2018年3月期)
- 従業員数 : 3083名(連結、2018年3月末現在)