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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2019.02.28

「ベンチャー型事業承継」で後継ぎの挑戦を支援 千年治商店 代表取締役・ベンチャー型事業承継 代表理事 山野 千枝氏

 

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日本では年間2万件を超える企業が事業承継されることなく消えていく。先代が受け継いだ家業を存続させるために私たちは何をすべきか――。
「ベンチャー型事業承継」を掲げて若い後継ぎの支援に奔走する山野千枝氏に、事業承継が抱える問題点と解決策を伺った。

 

家業への愛着と存続への
執念がイノベーションを起こす

 

若松 山野さんは、企業の歴史を生かしたブランディングやコンサルティングを手掛ける千年治商店(兵庫県芦屋市)の代表取締役を務める一方、親が事業を営む学生を対象とした「ガチンコ後継者ゼミ」を複数の大学で開講されてきました。事業承継の分野でさまざまな支援を続けておられますが、まずはこの分野に関心を持ったきっかけをお聞かせください。

 

山野 私は、20代でベンチャー企業やコンサルティング会社に勤務した後、2000年に大阪市経済戦略局の中小企業支援拠点「大阪産業創造館」の創設メンバーとして参画。2001年からビジネス情報誌『Bplatz』(大阪産業創造館発行)の編集長として2500社以上の企業を取材してきました。もともと大阪は、オーナー経営者が多い街。跡取り社長を取材する機会が多くあり、皆さんが会社存続に並々ならぬ熱い思いを持っていること。さらに、その思いを原動力として新商品・新サービスを生み出していることを知って心を動かされました。日本は“長寿企業大国”と呼ばれていますが、資源の乏しい日本がここまで成長した背景には、家業を存続させようと懸命にイノベーションを起こしてきた後継者の存在が大きいのではないか。そう強く思ったことが事業承継に興味を持ったきっかけです。

 

若松 長寿企業にはファミリー企業も多く、これまでは当たり前のように家族で事業を支えて承継してきました。しかし、ここにきて状況が大きく変化しています。帝国データバンク(2019年1月)の調査によれば、2018年に「休廃業・解散」に至った事業者は2万3026件と、同年の倒産件数(8063件)の2.9倍に上っており、9年連続で倒産の2倍超という状況になっています。特に深刻なのが、中小・零細企業の休廃業・解散です。

 

山野 リーマン・ショック後は、「こんなに大変な思いを子どもにさせたくない」と言う経営者の声を多く聞くようになりました。「子どもが『継ぎたい』と言ってくれればうれしいけれど、自分から『継いでほしい』とは、とても言えない…」とも。今は親が子どもに遠慮しています。では、子どもはどう思っているのか?そこが知りたくて、親が事業を営んでいる学生向けの後継者ゼミをスタートしました。

 

若松 私たちも「後継経営者スクール」というセミナーを1979年から開校しています。そのような活動やコンサルティングの中で経営者に「あなたのお子さんに会社を継がせますか」と質問すると、50%は「ノー」という答えが返ってきます。日本企業の経営者のリーダーシップの在り方に強い危機感を感じていました。いずれにしても事業承継は、業種や企業規模、組織形態によって中身はさまざまです。山野さんは「ベンチャー型事業承継」を掲げて活動を展開されていますが、あえてベンチャー型と付けたのはなぜでしょう。

 

山野 ベンチャーには、夢を実現する若者の挑戦といった前向きなイメージがありますが、事業承継は税金や株価対策、廃業問題といった切り口で語られる機会が非常に多い。これでは若い世代が事業承継にワクワクしませんから、必然として後継者不在が起こります。受け身のイメージが事業承継を難しくしているのなら、そこを変えればいい。「ベンチャー型事業承継」という新しいジャンルをつくって、継ぐ側が主導権を持って活躍する事業承継の形を発信することで、家業に興味を持つ若い世代を増やしたいと考えました。

 

若松 私自身も後継者を育成するカリキュラムの中で、「経営者こそがイノベーションの主役であり、事業を継ぐことはイノベーションを起こすこと」と言ってきました。事業承継支援は継がせる側から語られることが多いのですが、ベンチャーと頭に付くだけで主体が継ぐ側に移るのは面白いです。事業承継となると身構えますが、ベンチャー型事業承継なら可能性を見つけられる感じがします。

 

山野 後継者が新規事業を開発して会社を再生させた事例はまさにベンチャーです。そのような挑戦を中小企業の新規事業とひとくくりにするのではなく、ベンチャー型事業承継として打ち出すことで頑張っている後継ぎを応援したいですし、事業承継に対する社会のイメージを変えられると思います。

 

 

企業が減っていく経済に明るい未来はない

 

若松 日頃から多くの学生と接していらっしゃいますが、事業承継に対するイメージはやはりネガティブなのでしょうか。

 

山野 ガチンコ後継者ゼミは全15回のコースですが、初回に「起業家」と「後継ぎ」のイメージを学生から出してもらいます。結果は、前者がキラキラしているのに対して、後者は非常にネガティブでとてもご両親には見せられないような内容です(笑)。特に、参加する学生のほとんどは家業が成熟産業に属する中小・零細企業ですから将来の不安を抱えており、「継ぐと期待されては困る」と親に内緒で受講している学生も少なくありません。まさに、後継者不在問題の縮図のような現場です。

 

若松 世の中のイメージに影響されて、若い世代が家業に夢や希望を持てないところに日本経済の本質的な問題がありますね。企業が増えない、逆に減っていく経済に明るい未来はありません。ゼミでは、どのようなカリキュラムを用意されているのでしょうか。

 

山野 コースの前半は起業家や新規事業に取り組む跡取り社長を毎回招き、学生はひたすら話を聞いてディスカッションします。講師は、学生の親より若い30~40歳代が中心。家業を継いでいてもベンチャーのように活躍する先輩のリアルな話は、受け身の事業承継とかけ離れていますから、家業や承継のイメージを変えるきっかけになります。その上で、後半は家業の歴史について調べてもらい、最後の課題として会社の経営資源を使って自分がどんな事業を始めたいかを考えてもらいます。あえて親に聞かないとできない課題を用意するのは、家族で家業に関するコミュニケーションをとってほしいから。また、自分自身をビジネスの主役に置いて考えると、家業の見え方が変わっていきます。

 

若松 学生時代に起業や事業承継について学ぶことは価値がありますね。10~20歳代という早い段階から、事業承継のイメージを変えるだけでも、継ぐ可能性は大いに広がります。

 

山野 すぐに「家業を継ぎたい」とはなりませんが、ゼミを通して将来の選択肢の一つに事業承継を入れてもらえればいいと思っています。面白いのは、学生だけでなく親世代にも思わぬ影響が出ていることです。大学の課題とはいえ、子どもが家業に関心を持ったことを知った50歳代の父親が、「子どもに良い格好をしたい」とか、「事業を良い状態にして渡したい」という理由で新規事業を始めたりする。つまり、バトンを渡す人がいるのといないのとでは、事業に対する姿勢がまったく違ってくるのです。