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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2018.05.31

人材の多様性が会社を強くする 首都大学東京 大学院 経営学研究科 教授 松田 千恵子氏

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企業規模が拡大するにつれて進んでいく組織の官僚化。社内を活性化させて企業価値を向上させる組織デザインはどのようなものか?金融業界での実務経験をはじめ、アナリスト、外資コンサルティングファームのパートナー、社外取締役の経歴を持ち、企業戦略に精通する首都大学東京大学院の松田千恵子教授に、日本企業の課題と改革のポイントを伺った。

 

経営を規律付けする社外取締役の存在

 

若松 松田先生は首都大学東京大学院で教鞭を執られるほか、いくつかの企業で社外取締役を務めてこられました。グループ経営やコーポレートガバナンスに精通していらっしゃる先生にぜひお聞きしたいのは、企業価値を向上させるにはどのような組織デザインを行うべきかについてです。日本では2015年6月からコーポレートガバナンスコードが適用され、上場企業を中心に社外取締役を選任する動きが広がっています。こうした現状についてどのような考えをお持ちでしょうか?

 

松田 コーポレートガバナンスコードでは、上場企業に対して2名以上の独立社外取締役の選任を求めています。もともと日本企業は自前主義ですから、ほんの数年前まで日本を代表する企業であっても外部人材の活用に対して否定的な見解でしたが、今は当然のように社外取締役を置くようになりました。客観的な立場から意見を言う社外取締役の存在は、非常に重要だと思いますね。

 

若松 ほとんどの経営者は正しい意思決定に努めていますが、内部人材だけでは業界の常識や経験の範囲内で決断しがちです。また、ワンマン経営者の場合は反対意見が出にくいことも事実です。

 

松田 有能な経営者であるほど、セルフガバナンスを働かせて自分を律しています。ですが、それはとてもつらいことですよ。私はよくダイエットに例えますが、1人でダイエットするのはつらいものですよね。ですが、一緒に取り組んでくれ、自己流に陥らないよう見守ってくれる伴走者がいるとダイエットは長続きします。そのような存在が社長には必要だと思います。上場企業に限らず、社長が規律付けしていく上で外部人材の存在は大きいと思いますね。

社長職に限らず、人間は弱いものです。私は「性悪説」ではなく「性弱説」と言っていますが、人間はそんなに強くない。ですから誰かが見ていてくれていると、出来心の抑止力になりますし、何かを決めようとする意思決定の助けになり得ます。また、株主をはじめとするステークホルダーの目線を社内にもたらしてくれる存在でもあります。社外取締役は、意思決定のアドバイザーとしても、経営に対するモニタリング機能を果たす上でも、重要な存在と言えます。

 

 

「会社の目指すところ」から組織をデザイン

 

若松 取締役会の究極の存在意義は、少し荒っぽい表現ですが、退任させることができるかどうかにあります。1人の取締役が強権発動するのではなく、取締役会全体として選任・退任を決定することが前提です。それには客観性のあるバランスで取締役を選出することが不可欠です。取締役会ではっきりと意見が出せる、最適な人材のバランスについてはいかがでしょうか?

 

松田 バランスは企業の性格や業種によって異なります。ただ、取締役会において社外取締役が圧倒的な少数派になるのは良くないですね。また、私の経験から言うと、取締役会が少人数では議論が行き詰まってしまいます。「会社の目指すところ」という言葉がありますが、取締役会はまさにそこを議論すべき場所。それには意思決定ボードのダイバーシティー(多様性)が担保できる規模・メンバーであることが理想です。

 

若松 会社の目指すところを議論し、そのための資源配分を決める上でふさわしい取締役会とはどのようなものか?ここが出発点になるわけですね。例えば、新しい展開を目指すなら、その分野に長けた人材を意思決定ボードに入れる必要があるなどです。そこを理解すると、人数だけに制約されない、会社にとって最適な取締役会の形が見えてきます。

 

松田 コーポレートガバナンスコード自体は形式的な側面も多いですが、いくつか日本の企業を良い方向に持っていくと期待される項目も含まれています。例えば、指名と報酬について語っている点。これまでは役員などの指名・報酬は社長の思うままでしたが、現在は指名・報酬委員会を設置する企業が増えています。その効果がこれから出てくると思います。

 

 

ホールディングスは株主の視点を持って

 

若松 コーポレートガバナンスでは、ステークホルダーへの情報開示が欠かせません。企業の収益力を測る指標としてROE(株主資本利益率)やROA(総資産利益率)などがありますが、情報開示する上で企業は何を重視すべきでしょうか?

 

松田 指標は何を選ばれてもいいのではないでしょうか。ただ、これまで日本企業はバランスシートを軽視する傾向にありました。売上高や利益を把握するだけでなく、投下資本に対するリスクとリターンをきちんと押さえないといけません。また、大事なのはキャッシュフローです。キャッシュフローは零細企業の方がきちんと管理できていますね。全ての流れが社長の頭の中に入っていますから。ですが、中堅企業になると、見えなくなってしまいがちです。社員は会社全体の動きが見えなくなりますし、社長が毎日チェックしなくても会社は回っていくため、おろそかになりがちです。

 

若松 中堅企業は承継時の税金対策として、分社によるホールディングス(持ち株会社)化を進めていくケースが非常に増えていますが、組織にマネジメントが追い付かない会社が散見されます。管理会計の見地から十分な検討をせずに会社を分散すると、本来抑えられるはずの経費が削減されないまま見えなくなってしまう点は問題です。本来の戦略・ビジョンに基づくホールディングス化は良いのですが、会計上の誘惑から導入するといびつな組織になってしまいます。

 

松田 邪な動機はいけませんね。ただでさえ日本の管理会計は遅れています。原価計算に偏り過ぎており、会社全体の状況を数値で見る仕組みは著しく遅れていると言わざるを得ません。その状態のまま会社をスライスして増やせば、混乱するのは当然でしょう。

 

若松 そうした企業をコンサルティングでお手伝いすることもありますが、数字に思想やスピリッツが不足しています。やはり、会社の価値、未来に向けての企業価値をしっかりとデザインした上で組織や事業、経営システムに落とし込んでいくことが基本です。

 

松田 まったく同感です。加えて1つ指摘しておきたいのは、ホールディングス化するならば、持ち株会社は自らが投資家だという意識を持たないといけませんね。事業会社で生きてきた人は投資家的な考え方を嫌いますが、株を保有している以上は株主として株式保有先を規律しないといけません。ですが実際は、良く言えば緩やか、悪く言えば放任のところが非常に多い。日本企業はこれまで株主目線で事業を考えてきませんでしたが、ここは大事な部分です。一般論ですが、ホールディングス化して別会社になると会社間のコミュニケーションが悪くなり、部分最適が加速します。その意味でも安易なホールディングス化は、近い将来の税金対策としてはメリットがありますが、遠い将来の企業価値が上がるかどうかは甚だ疑問です。