イノベーティブな商品とは、消費者が手にしたときに生活の景色が変わる商品であること。
消費者が育てる「商品のアイドル化」を目指せ
北村 イノベーティブな商品とは、今までなかったもので、消費者が手にしたときに生活の景色が変わる商品であること。三星刃物のナイフは、地方だってイノベーティブな商品を作れるという一例です。大企業のような立派なR&Dセンターを持たなくても、旗を掲げて自社の持ち場でイノベーティブな商品に挑戦することが大事なのです。そうした商品であれば、消費者が発掘してわがことのように発信してくれますし、もっと言えば、クラウドファンディングを通して消費者が開発費用を出して育ててくれます。
若松 消費者が「自分が育てた」という部分に価値を置くのは、今のアイドルグループの成功ストーリーにも共通しています。
北村 本当にその通り。商品のアイドル化ですよ。ただ、消費者に応援してもらうには旗を掲げていて、イノベーティブであること。そして、消費者が語りたくなる商品であることが欠かせません。
若松 どのような業界でも、地方でも商品をアイドル化することは可能ですが、それに気付いていない企業が多い。私は地方で講演する際、「お願いですから、『うちの業界はね……』とか『この地域はね……』なんて話し始めないでください」とお願いしています(笑)。
北村 その後に良い話が続くことは、まずありませんからね(笑)。ただ、旗を掲げるポイントは、必ずしも前向きなものばかりではありません。むしろ、憤りや首をかしげるような理不尽な現実、困り事など、マイナス要因からスタートしている商品の方が成功しています。業界や地域の先行きが暗いとすれば、問題点を見定めて、風穴を開けるために自社は何ができるかを考えることも、旗を掲げるきっかけになりますよ。
若松 私たちの暮らしを支える商品やサービスのほとんどが、不満・不安・不便・不足・不利といった「5つの不」へのニーズから始まっています。先入観を捨ててそうしたニーズと向き合い、自社の資源と結び付けて考えてみると、新商品の糸口が見えることも十分にあり得ます。
北村 私は、買い物や散歩の最中、出張移動の間もずっと、目に付く商品を注意深く見ていますが、北海道に行った際、森町の有名な駅弁である「いかめし」のPOPを見て驚きました。いかめしが誕生したのはいつごろかご存じですか? POPには1941年と書いてありました。戦時中ですよ! 戦時中の食糧不足の中、少量のコメと売り物になりにくい小さなイカを使い、何とか知恵を絞ってできたのがいかめしだった。いかめしは、「駅弁ブームだから何か作りましょう」というのんきな発想からは到底生まれない商品であり、進退窮まった中で生まれたからこそ、こんなさえた商品ができたのだと私は感動しました。地域おこしにも、そういった気概が大事です。長年、さまざまな商品を見てきましたが、ヒット商品は決して緩いファンタジーから生まれるものではありません。
若松 強い危機感と地道な努力の上に掲げられた旗だからこそ、消費者の心を強く揺さぶるわけです。その意味では、不利と思われていた地方にこそチャンスがあるともいえる。北村さんの話を伺い、地方であってもナショナルブランドを超えて輝ける時代だと確信しました。このような現実を知ってもらい、それぞれの旗を掲げてチャンスをつかみにいってほしいと思っています。本日はありがとうございました。
商品ジャーナリスト 北村 森(きたむら もり)氏
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1992年、日経ホーム出版社に入社。記者時代よりホテルや家電、クルマなどの商品チェックを一貫して手掛ける。2005年『日経トレンディ』編集長就任。2008年に独立。テレビ・ラジオ番組出演や原稿執筆に携わる。サイバー大学IT総合学部教授(地域マーケティング論)。著書『途中下車』(河出書房新社)は2014年にNHK総合テレビでドラマ化された。そのほか『仕事ができる人は店での「所作」も美しい一流とつき合うための41のヒント』(朝日新聞出版)など。
タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ・たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院 (経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。