ヒット商品が出にくい時代――。そういわれて久しいが、商品ジャーナリストとして多数の商品を見てきた北村森氏は、むしろ「ヒット商品は出やすくなっている」と断言する。ポイントは、旗を掲げて消費者を動かすことだという。専門化する消費者を揺さぶる商品開発の要諦を伺った。
マーケットインからヒット商品は生まれない
若松 本誌の創刊以来、「旗を掲げる!地方企業の商機」をご連載いただきありがとうございます。毎号、地方発のヒット商品にまつわる誕生秘話をワクワクしながら拝読していますが、地方には高い技術や素晴らしい素材を生かした秀逸な商品と出会う機会が非常に多い。私自身も、全国を回る中でそのことを強く実感しています。その半面でよい商品があまり認知されていないことを残念に思っています。企業にとっても、消費者としても非常にもったいないと。
北村 私は2005年から3年間、『日経トレンディ』(日経BP社)の編集長を務めていましたが、心掛けていたのは企業と消費者、その両方に向けた視点で商品を見ること。その観点から、企業に対して「この部分は少し違いませんか?」と伝えていましたし、消費者に向けて「その選び方は間違っていませんか?」と問い掛けることもありました。企業と消費者が行き違ってしまう原因の1つは先入観です。例えば、「地方においしいものはない」という消費者の思い込みや、「どうせ消費者は動かないだろう」という企業の決め付けなど。先入観があると、せっかくの機会を逃してしまいます。
若松 企業と消費者、それぞれの先入観が両者の距離を広げてしまったわけですね。
北村 「マーケットインからヒット商品が生まれる」も先入観ですよ。今の時代、消費者に合わせて商品を作るのではなく、消費者を動かす商品を作ることが大事。消費者は自分の本音には気付いていません。漠然と「どのような商品が欲しいか?」と聞かれても、案外答えられないものです。
若松 同感ですね。私も含めて消費者が、自身の経験の枠を超えて答えることなど不可能です。実際の新商品を目にしたときに初めて、自分が欲しかった商品かどうかを判断できるようになる。
北村 おっしゃる通りです。今、消費者とやりとりをしながら商品を作るインタラクティブが盛んですが、企業が「消費者は答えを持っている」という先入観を持つことは危険です
企業が掲げた旗に共感し消費者は動く
若松 マーケットインでヒット商品が生まれないとすれば、企業は何から取り組むべきなのでしょうか?
北村 「旗を掲げる!」ことです。まず、企業が「この商品分野はこうあるべきだ」と旗を掲げる。その旗に共感できた時、消費者は行動を起こすのだと私は考えています。例えば、三重県紀北町にあるデアルケの「200%トマトジュース」は、伊勢志摩サミット(2016年5月)に採用され、今でも半年先の予約が入るほどの人気商品です(本誌2016年11月号参照)。同社を率いる若き経営者である岩本修氏は、「人が何と言おうと、トマトジュースのおいしさは糖度で決まると、僕は思う」と言い切ります。ですから、搾った100%トマト果汁を7時間以上かけて2分の1の量になるまで煮詰めていくのです。
若松 100%果汁を煮詰めるから商品名は200%トマトジュース。商品の特長を端的に表現しつつ、消費者の興味をそそる秀逸なネーミングです。作る側のこだわりを詰め込んだ、まさにプロダクトアウトの成功事例といえます。「商品の志」といった方が適切かもしれません。
北村 ヒット商品には、他の商品では置き換え不可能なキャッチコピーと商品名が必要です。濃密とか濃厚といった平凡なものでは消費者の心に刺さらなかったでしょう。生意気な言い方ですが、伝わらないのは存在しないのと同じです。また、「旗が大事だ」と言うと、「プロダクトアウトではつぶれる」という声が必ず上がります。自分のやりたいことだけ追求していては、顧客不在になって商品は売れないと。ですが、私が思うプロダクトアウトとは、旗を掲げて世に問うことです。今は、まず市場に出してみて、外の声を聞きながら改善する方が成功の確度が上がるといわれています。ですから、まずは企業が「こうあるべきだ!」という旗を掲げ、消費者に問うてみることが大事だと思います。
若松 仮説を立ててマーケットで検証しながら成功に近づけていく。変える部分と変えない部分を見極めて改良しますが、旗が立っているから価値がブレることはない。大事なのは、旗を掲げて世に問う「勇気」です。昨今、消費者は多様化しているといわれていますが、私は「専門化」していると言ってきました。専門化した消費者が求めるのは、専門的な商品価値。北村さんの言葉を借りれば、企業がどのような旗を掲げているかです。
北村 「顧客の専門化」は、まさに私が言いたかったことです。本当に消費者は専門化しています。その意味でも、商品を打ち出す際にはデザイナーの力を借りることも必要でしょう。地方にはデザイナーを信用していない企業も少なくありませんが、私は「デザイナーとは専門的な価値を効果的に伝える通訳」だと思っています。また、ヒット商品に近道はありません。見本市に出展するなどのチャンスをつかみにいく地道な努力が欠かせません。見本市に出展したことで良い出会いや助言に次々と恵まれて、「わらしべ長者」のような成功を収めた地方企業を私はたくさん見てきました。
創業は新築 継承はリフォーム
若松 コンサルティングの現場で、若き後継者によって会社の魅力が引き出されていくケースを目にします。高いセンスを持つ後継者が、自社の技術や資源を生かして新たな道を切り開いた事例は少なくありません。
北村 後継者は親族でも外部の人材でも構わないと私は考えています。重要なのは、何を変えて何を変えないかを見定める確かな目を持っていること。変えないままでは何も変わりませんが、やみくもに変えると本来の持ち味がなくなってしまう。自社は何屋か。それがちゃんと分かっていると、うまく継承できるはずです。
若松 私はいつも、「継承は新築ではなくリフォームだ」と言っています。創業は新築ですから好きなように設計できますが、リフォームの場合、柱を確認せずに勢いよく壁に穴を開けてしまうと屋根が落ちてきます。
北村 間違っても構造壁を崩してはいけません。構造壁と心柱、はりを残した上で、家を広げたいなら増築すればいい。もっと筋肉質にするなら筋交いを入れるようにデザインする。なるほど、リフォームとは素晴らしい例えです。同じように、さえた新規事業をつくる人は飛び石などしません。必ず石を並べて打っていきます。石を飛ばすと、それまで培ったブランドが生かせなくなってしまうからです。
若松 リフォームの技術があれば、時代に合わせて商品価値を上げていくことが可能です。ただ、今は変化の速い時代です。北村さんは長年にわたって数多くの商品を観察されてきましたが、昨今のヒット商品の特徴を挙げるとすれば何でしょう?
北村 「ヒット商品が出にくい時代」としたり顔で言っている人がいますが、むしろ「ヒット商品は出やすくなっている」と私は言いたいですね。もちろん質は変わってきています。若松社長のご指摘の通り、消費者が専門化しているからです。加えて、専門化した消費者がSNSなどを通して自らの感想を語ることができる時代でもあります。そうした声によって、小さな企業の商品でもヒット商品へと駆け上がる事例はたくさんあります。ナショナルブランドのような大きな市場に向けた商品でも、局所的に狙っていく商品であっても同じように輝く時代なのです。
若松 地方企業にとっても、これまでになくチャンスが広がっている時代ですね。
北村 注目すべきは、最近のヒット商品の多くは、既存の技術によるイノベーションであること。ドラえもんのポケットから出てくるような秘密道具的な新技術は、必ずしも使われていません。例えば、三星刃物(岐阜県関市)が2017年に発表した「和NAGOMI」ブランドのチーズナイフ(本誌2017年12月号参照)。「硬いチーズも軟らかいチーズも、これ1本で切れてしまう」というキャッチフレーズ通り、1本でどんなチーズでも切ることができます。ポイントは、「刃渡りの長さ」「刃の厚み」「片刃か両刃か」の3つ。さまざまな組み合わせを試した結果、世界初のイノベーティブな商品が誕生したのです。
若松 通常、プロはチーズの硬さに合わせて複数のナイフを使い分けるものです。局所的なヒット商品ですが専門的価値が非常に高い。しかも、それが既存技術によって生み出されているとは驚きです。