1993年に足場業として創業したエムビーエス。独自技術・工法の開発とともに事業を拡大してきた
苦心した「予実管理」を業績急伸の原動力に
常識にとらわれない「新しい価値の創造」(Make Business Style)を社名に込めたエムビーエスは、フロー型からストック型へシフトする社会ニーズに応え、住宅・ビルのリフォームや、道路・橋梁などインフラ構造物の保全・長寿命化を解決する。企業理念も「ドラマ化される会社にする」とユニーク。いつ、どんなシーンでも結果だけでなくプロセスも大切にし、物語のキャストである社員の幸福感を重視する思いの表れだ。
社名と理念の実現へ陣頭指揮に立つのは、創業者で代表取締役社長の山本貴士氏である。建築現場の足場職人を出発点に、外壁リフォームや建造物保全塗装に事業を拡大し、創業12年目の2005年4月、32歳の若さで福岡証券取引所Q-BoardにIPO(新規株式上場)を果たした。
IPOに踏み出した背景を「足場業から外壁保守ソリューションの『ホームメイキャップ(Home Makeup)』の研究開発に成功し、先行きの成長が見え始めていました」と山本氏は話す。
ホームメイキャップとは、同社独自の4つの施工技術(クリアコーティング施工、カラーコーティング施工、応用/特殊施工、スケルトン防災コーティング施工)により、劣化した建物の外壁の美観を再現し、環境への耐性を強化する登録商標だ。
「ただ、資金調達で銀行の借り入れには限界がありますし、ベンチャーキャピタルから『資金はいくらでも出す』と言われても、出資が増えると株式シェアの問題が生まれるため、無尽蔵にはできません。当時は東証マザーズ開設後のIPOブームで、当社のように事業・売り上げ規模がミニマムで歴史が浅い企業であろうと上場できる空気感が高まっており、トライしました」(山本氏)
理由はもう1つある。中卒・高卒者が多く上場企業への入社が難しかった社員のために、自力で上場企業を創り出そうとの決意だ。上場準備もキャリア人材は採用せず、社員とともに全力を注いで「自前主義」を貫き、構想から6年後に実現した。
上場プロセスで最も苦心したのは、福岡証券取引所の審査部や証券会社など外部エキスパートが重視する「予実管理」だ。外壁リフォーム企業は訪問販売が主流で、3カ月先の見通しが難しいのが業界の常識だった。そこで各地に支店を開設し、地元の工務店や設計会社と施工パートナーシップを結んで受注リスクを分散して、予実管理の精度向上に成功。IPO直前の2004年度の売上高は2億3300万円と、4年間で4倍に急成長を遂げた。
「当社の公表資料は、上場後も、支店とパートナーの数が売り上げと正比例するビジネスモデルを重視することを伝えています。各専門分野の外部エキスパートには随分と鍛えられましたが、投資家もそういう見方をするのだなと教わりました」(山本氏)
社内施策も進め、汚れる現場仕事の「ガテン系」イメージを変えようと、ニッカポッカ姿から、チノパンにボタンダウンシャツ、ブルゾンを合わせた爽やかな印象のユニフォームへと刷新。他にも企業ロゴマークを作るなどのCI(コーポレート・アイデンティティー)戦略により、業界他社と一線を画すブランディングを推進した。
難題への挑戦に社員の戸惑いや反発はなかったのだろうか。
「後ろ向きの発言や行動を取る社員は1人もいませんでした。大事なことの意識付けから、上場後にどうなるのかという将来像まで、何でも社員と語り合ったことが大きかったのでしょう。IPOの意味よりも、やると宣言した私をとにかくサポートしようという感じで、キラキラした目で聞いてくれました。ネガティブな声はむしろ、周囲の経営者からの方が圧倒的に多かったです」(山本氏)
基礎巾木のひび割れ防止効果を実現する工法「キングブーツ」によって施工された住宅(左)、コンクリートの表面が透けて見えるコーティング工法「スケルトン防災工法」によって施工された橋梁(右)
成長力を高める「任せる経営」と人材の育成
証券コードは1401。「小規模で将来性は未知数だが、技術とポテンシャルがある」と高評価を受けたQ-Board にIPOを果たし、公募価格8万円に対し48万円の高値が付いた。だが、歓喜の瞬間からすぐに「打ちのめされた」と山本氏は振り返る。
「正直、当時は上場が最大のゴールでした。上場すれば資金も人材も集まり、必然的に仕事も増えて知名度も上がるだろう。“捕らぬたぬきの皮算用”でそろばんを弾いていましたが、当社の規模では、上場企業4000社の末端に位置する1社でしかなく、株価が高値でもすぐに売るわけにもいきません。何も変わらずに責任だけが重くなり、IPOブームの波のうねりに飲み込まれそうな、ギリギリの状態が続きました」(山本氏)
打ちのめされたIPOを、ゴールからスタートラインに変えたのは2つの奇跡だ。1つ目は外的環境の奇跡で、中国地方の台風到来や福岡県の大型地震発生により施工受注が急増。外壁の強化と美観を併せ持つホームメイキャップの名と、耐候性や災害に強い特徴が広く実証された。2つ目の奇跡は内的要因で、社会的評価の高まりを実感した社員が「上場後も、もうひと踏ん張りするぞ!」と高いモチベーションを維持し続けたからだという。
さらに、成長力を高めるためIPOと同時に、初の大学新卒採用を開始。「列島リフォーム」を旗印に掲げる成長ビジョンを伝え、全国展開を拡充していった。当時の新卒1期生5名は20年が経過した今、経営の中核メンバーに育っている。
「数カ月から数年は現場に出て技術を取得し、時間をかけてしっかり仕事を覚えてから営業職に。早い人なら3年目には支店長になります。
私がマネジメントで最も大事にしているのが、優秀な部下を自分の右腕にしないこと。誰かにとって都合の良い人材は1人も生み出さないように徹底的に排除しています」(山本氏)
IPOに向けて右腕をそろえる経営者は少なくないが、中長期的に見ると弊害の方が大きいと山本氏。支店長は社長の右腕ではなく「一国一城の主」と位置付け、資金面以外の支店立地などは全て支店長が自ら決定する。リスクはあっても積極的な「任せる経営」は、実はIPOが転機だった。
「それ以前は一切、任せる気がなかったですね。でも、それでは成長に限界がありますし、任せれば任せるほど、誰もがどんどん能力を開花していくと気付きました」(山本氏)
山本氏が大切にするもう1つのポリシーが「社長になりたい、がんばったらなれる」と社員が思える会社づくりだ。3年前(2022年)から「社長選挙」を四半期ごとに実施。条件を満たす立候補者が、成長性や斬新性をテーマにプレゼンテーションし、全社員が将来の社長にふさわしい人に投票する。山本氏も質疑応答を経て採点し、順位付けをする。その順位は毎回、社員投票と同じ結果になると山本氏は笑う。
「近い将来、選挙結果に基づいて次世代の社長に会社を任せると宣言しています。社員は本当によく見ていると実感しますし、成長を生み出すのは一人一人の力です。それは企業・売り上げ規模や利益と必ずしもイコールではなく、大事なのは中身です」(山本氏)
社員の幸福度や将来への期待感など、対外的には数値化しにくいことを大切にする姿勢が、同社の企業価値を高めている。
M&Aでなく本業に徹する「鉄球化」戦略
Q-Board上場の10年後である2015年に東証マザーズ、2022年には市場変更で東証グロースに上場。これまでのリフォーム工事実績総数は4万8500件超、2025年5月期売上高は50億円目前の見通しだ。確かな成長軸を築く途上にはベンチャー企業の株価が急落したライブドアショックやリーマン・ショックなど厳しい向かい風も吹いたが、乗り越えた要因に山本氏の「逆を行く発想と行動」による差別化がある。
リーマン・ショック後の業界ダンピング競争では、あえて利益率重視を掲げた。自己資本比率はQ-Board 上場時の40%からマザーズ上場時に70%、現在は80%に迫る安定した財務状況を実現。また、「列島リフォーム」の成長ビジョンは、2027年までに全国47都道府県に50拠点の開設を目指すが、首都圏の売上比率はあえて3割程度にとどめている。
「需要が高い主要都市に特化すれば売り上げも利益も増えるのは分かっていますが、全国津々浦々に専門工事ネットワークを巡らし、マネジメントできる支店長を育てる方が、将来の当社にとって絶対に有益ですから。
M&Aが成長の糧となるブームが続いていますが、当社は本業に専念し、その強度を高めてレバレッジがかかることで、さらなる成長につなげます。本業を泥団子に例えると、しっかり磨き、きれいに光る鉄球にしていくことで、身の丈に合う戦略を描けますし、鉄球化した泥団子をより遠く強く飛ばせるように、大砲を持つ会社にソリューションパートナーとして認めてもらえたらと思っています。当社の成長はこれからが始まりです」(山本氏)
大砲とは、資本力や組織力のある住宅建設分野のスーパーゼネコンや、土木建造物を保有する電力・鉄道・通信企業などを指す。特に、「適宜保修」を新たな旗印に土木分野で推進する建造物保全事業は、特許技術「スケルトン工法」(防災コーティング)が、新たな成長エンジンとなっている。スケルトン工法は、土木構造物の耐震補強・剥落防止に、無色透明塗料などで橋脚や道路、トンネルをコーティング施工し長寿命化するとともに、施工後もコンクリート表面が透けて見えるため劣化度を目視で診断でき二次災害も予防できる画期的な新工法(特許取得)だ。
山本氏は今、IPOを目指す経営者の良きメンターとして、福証が2022年に開始した「IPOアンバサダー制度」のアンバサダーを務める。
「相談者に共通するのは、時短をしたがることです。支援する外部エキスパートは“なるはや”(なるべく早く)の上場を求めますが、自社のことは誰よりも自分たちが正しく知っていますから、大事なのは『急がば回れ』です。当社はできる限り内製化しましたし、そこは割り切った方が良いですよと伝えています。また、ネガティブな声に経営者が過敏になると、社内にその空気が広がり組織が崩れやすくなります。鈍感力も、実は大事なことかもしれませんね」(山本氏)
経営環境を取り巻く時代のトレンドを取り入れることや、急速に事業を展開することは変化が分かりやすい。しかし、自社にとってそれが適切かどうかは経営者自身が嗅ぎ分ける必要があることを、同社が示唆している。
エムビーエス 代表取締役社長 山本 貴士氏
(株)エムビーエス
- 所在地 : 山口県宇部市西岐波1173-162
- 設立 : 1997年
- 代表者 : 代表取締役社長 山本 貴士
- 売上高 : 43億5600万円(2024年5月期)
- 従業員数 : 93名(2025年4月現在)