FCC(ファーストコールカンパニー:100年先も顧客から真っ先に声をかけられる会社)実現を支援する、経営者のための戦略プラットフォーム「トップマネジメントカンファレンス(タナベコンサルティング主催)」。第4期第2回(2026年6月開催、テーマ「ブレイクスルー戦略」)では、株式会社キャステム代表取締役の戸田拓夫氏にご講演いただいた。

株式会社キャステム 代表取締役 戸田 拓夫 氏
お菓子づくりの技術から生まれた鋳造会社
キャステムは、鉄を溶かして流し込む鋳造業、いわゆる「鋳物屋」です。撤退する企業が後を絶たない過酷な業界の中で、どう生き抜いてきたのか。私の40年間の歩みをお話しします。
私の父は満州から引き揚げた後、菓子製造の会社を興した職人でした。菓子を作る機械を自ら組み立てて会社を大きくし、1970年、その菓子会社から鋳造工場が生まれました。菓子作りと鋳造には、実は似たところが多くあるのです。入社した私は、大型コンピューター向け部品など、同業他社が品質・価格面で断った難しい仕事を「やるしかない」と引き受け、スキー場のリフトやエレベーターの吊り金具など、人命に関わる部品も手掛けてきました。
「夢の製法」MIMを自社開発。金型代10分の1で小ロットに特化
転機はMIM(金属粉末射出成形)の登場です。ステンレスなどの硬い材料でも自由自在に成形できる夢の製法で、「これをやられたら生きていけない」と自社開発を決意しました。米国からの技術導入には約5億円かかりますが、そんなお金はない。そこで役立ったのがお菓子の作り方でした。金属粉末と樹脂を混ぜて成形し、樹脂を抜いて焼き固めるMIMは、クッキー作りと同じパターンなのです。化学出身だったこともあり、1年ほどで技術を完成させました。
ところが「米国特許に抵触している」という手紙が取引先に送られ、大手企業は当社の製品を買えなくなりました。そこで発想を変え、全国の小さなお客さまを相手にすることにしました。200万円の金型代を払えないお客さまのために、手作業のロストワックス金型方式で金型代を10分の1の20万円に。単価は高くなりますが、「この技術でなければつくれない製品を小ロットでやってくれる」と、バブル崩壊直後にもかかわらずお客さまは年間100社ペースで増え、4~5年で500社を超えました。他社がやらないローテクを徹底的にやり、あえて自動化せず手作業の小ロットに特化したからこそ、「貴重な存在」としてお客さまが離れなくなったのです。
中小企業ならではの海外進出。フィリピン、そして世界へ
1995年頃、人件費の上昇で「このままでは赤字になる」と海外進出を決めました。参考にしたのは大手のセミナーではなく、現地で働く中小企業の生の声です。選んだのは「危険だからやめておけ」と言われたフィリピン。大きな製造国家で経験ある人材が豊富な上、円換算では人件費が上がらないと読み、その予想は約20年間その通りに推移しました。資金は無担保で銀行から2億円を調達し、商社に4億円分の機械を購入してもらい月々支払う形に。商社は三重に収益が上がる仕組みなので、「絶対につぶしてはいけない」と徹底的にサポートしてくれました。
立ち上げ直後は納期遅れから在庫が膨らみ、黒字倒産の危機に陥りましたが、受注生産へ切り替え、日本と同じ日程で納入できる体制をつくって信用を取り戻しました。その後タイ、コロンビアへと展開し、2026年1月にはグループ最大級のベトナム工場が稼働。グループ従業員は1500名以上、父に勧められて入社したとき15名だった会社を100倍にしたことになります。
「挑戦」という言葉が好きな社長ほど、挑戦しない
鋳造業の倒産・廃業が増える中、作る仕事だけでは儲かりません。未来の絵を描き、社員に方向付けをすることが必要です。ただし夢は語るだけでなく、小さなことから実現して見せなければ社員はついてきません。「挑戦」という言葉が好きな社長ほど挑戦せず、社員の失敗を怒るものです。社長自身が挑戦し続けることです。
当社では「夢構想発表会」を開き、自分が社長ならやりたい事業を全社員に書かせ、プレゼンと投票でベスト3に入った構想は必ず事業として検討します。新規事業はプロジェクトチームに任せてもうまくいきません。未来創造型の部門は機動力の確保を目的に社長直轄に置き、PDCAならぬ「D・D・D・D」——やってやってやりまくる。最初の3年はお金をドブに捨てる覚悟で失敗を許容します。
出所:キャステム講演資料
実際、商品開発事業「Iron Factory」は初年度3000万円の損失から始まりましたが、ポケモンの虫かごは累計60万個のヒットに。金属製のバナナは「金づちになります」というコピーを付けた途端に売れ出しました。良いものをつくれば売れるのではなく、訴える力のあるストーリーがなければ物は売れないのです。
技術面では、業界でも例のない約150台の3Dプリンターを保有しています。安価な機種を選び「仕事中に遊んでもいい」というルールにしたことで、遊びの中から商品や技術が生まれました。3Dプリンターと鋳造技術を組み合わせた「デジタルキャスト」は、金型なしで1個からの超短納期対応を可能にしています。
微細加工の技術も磨いています。ノギスを仕込んだ金属製の名刺は、もらった人が捨てられずに上司へ見せて回ります。500円、1000円で相手のキーマンに食い込めるのですから安いものです。新元号の発表時には、「令和」の文字を掲げられた瞬間に刻印し、2分30秒で販売を開始する挑戦もしました。こうしたお祭りを、社員はみんな楽しんでいます。
魅力づくりが人を集める
夢構想発表会からは農業事業も生まれ、神石高原町のいちご農園や宮古島のトマト農園を展開。石垣島では真珠養殖の特許技術によるジュエリーブランド「KOHKOH」を立ち上げました。
こうした挑戦の積み重ねは採用にも効いています。求人媒体にお金を使うより、自社の魅力づくりにお金をかける。当社には3年前、800人ものエントリーがありました。育児や介護の支援だけでなく、女性が活躍できる働く場所を増やし、やりがいのある仕事をつくることが本来の女性活躍推進だと考えています。1食250円の社員食堂、業務時間内の託児所、地域住民1500人が集まる夏祭り。夜や休日に会社の設備で自分のものを勝手につくってよい「TTクラブ」では、時計技師を夢見る若手社員が腕時計を自ら作り上げました。天才は下手に指導せず、伸びる環境だけを整えてやればいいのです。
幹部研修では屋久島の縄文杉を訪ねます。過酷な環境で周囲と一体の生命体となって3000年生きる杉の話を聞くと、どんな本を読んでも変わらなかった幹部が謙虚になる。実は当社の新規事業は、この研修の後からすんなり立ち上がるようになりました。
大学の講義でよく見せる実験があります。50グラムのタングステンのベーゴマと1.5グラムのアルミのベーゴマを戦わせると、何回やってもアルミが勝つ。種明かしは、相手のパワーを吸収する「逆回転」です。中小企業が大企業に挑むとき、同じ土俵で正面から戦ってはいけません。相手の力をいなす勝ち方を徹底的に考えることです。
Impossibleは、I'm possible
私は紙ヒコーキの人間でもあります。2010年に29.2秒という室内滞空時間のギネス世界記録を樹立しました。約1000種類から選び抜いた紙、揚力を計算した機体調整、胴体が広がらない「戸田折り」の開発——記録の裏には地道な試行錯誤があります。当社の入社試験では紙ヒコーキを折らせ、図面だけで応用を利かせて折れるかを見ます。学歴で人材を見る考え方は、これでがらりと変わりました。
福山市の紙ヒコーキ博物館や神石高原町の紙ヒコーキタワーも運営し、紙ヒコーキやベーゴマで競う子ども向けの「遊びのオリンピック」には約1000人が集まります。天才的な子どもに出会ったら、その場で内定を出せるよう内定書をいつも準備しています。条件面だけで人を集めるのではなく、地域という土壌に魅力を発信し続けることで、子どもたちが大人になったとき「キャステムに入りたい」と思ってくれるのです。次の目標は、宇宙から紙ヒコーキを飛ばすことです。
Impossible(不可能)という文字は、アポストロフィーを一つ入れればI'm possible(私はできる)になります。不可能と思ったら不可能。どうやって可能にするかを徹底的に考えるしかない。私はやるべきことを一つずつやってきただけです。キャステムはこれからも、誰もがわくわくするような未来予想図を描いていきます。