FCC(ファーストコールカンパニー:100年先も顧客から真っ先に声をかけられる会社)実現を支援する、経営者のための戦略プラットフォーム「トップマネジメントカンファレンス」(タナベコンサルティング主催)。第4期第1回(2026年4月開催、テーマ「日本企業の取るべき戦略」)では、「勝ち抜く企業経営へ――DX×女性活躍で実現する生産性革命――」について、タナベコンサルティンググループのグループ会社である株式会社Surpass 代表取締役社長 石原亮子氏に講演いただいた。

株式会社Surpass 代表取締役社長 石原 亮子 氏
(タナベコンサルティンググループ)
生産性が伸びない本質は、人手不足だけではない
私は全国の企業や自治体でお話しする機会を多く頂いていますが、どこへ伺っても必ずと言っていいほど最初に出てくるのが「人材不足」という言葉です。採用できない、辞めてしまう、現場が回らない、管理職に負荷が集中している。業種が違っても、地域が違っても、この悩みは驚くほど共通しています。
ただ、私はこの問題を「人が足りない」という一言だけで片付けるべきではないと思っています。人材不足は確かに現実ですが、生産性が上がらない理由は、それだけではありません。多くの企業で起きているのは、組織構造や業務プロセス、評価の考え方が、今の時代に合わなくなっているということです。
人が足りないと言いながら、仕事の進め方はこれまでの延長線上にある。属人的に業務が積み上がり、できる人に仕事が集中し、休めない人が評価され、頑張っているように見える人ほど報われやすい。そうした構造のままで採用だけ強化しても、現場の苦しさは解消されません。むしろ、新しく入った社員が定着せず、さらに疲弊が広がることすらあります。
一方で、この数年でAIという非常に大きな変化が起こりました。これは単なる便利なツールではなく、仕事の設計そのものを問い直す存在です。使いこなせば、業務の進め方も人材配置も大きく変えられる。逆に、従来通りの構造を維持したまま部分的に導入しても、本質的な変化は起こりません。今、企業に問われているのは、人を増やすこと以上に、仕事と組織の構造をどう変えるかなのだと思います。
女性活躍の本質は、意思決定に多様な視点を入れること
私は2008年にSurpassを創業し、「日本社会から『女性活躍』という言葉がなくなる日を目指して」という思いで事業を続けてきました。18年近くこのテーマに向き合ってきた今も、なお多くの企業で同じ課題が繰り返し語られていることに、日本の人的資本経営の難しさを感じます。
女性活躍という言葉は、ときに理念的なスローガンのように受け取られます。しかし、私がずっとお伝えしてきたのは、これは感情論ではなく、経営そのものに関わるテーマだということです。日本は教育水準が高く、女性も高い学びを得ています。それにもかかわらず、社会に出てからは賃金、役職、意思決定への参画という面で大きなギャップが生まれていきます。特に顕著なのは、役職が上がるほど女性が見えにくくなることです。
ここで考えたいのは、女性が働いていないこと自体が問題なのではない、という点です。本質的な課題は、意思決定の場に女性が少ないことです。生活者として、消費者として、また家庭や地域の中で、女性が意思決定を担っている場面は数多くあります。住宅、自動車、教育、生活用品、日常の購買行動まで含めれば、女性の視点がマーケットに与える影響は非常に大きい。それなのに、企業や社会の上流の意思決定にその視点が十分反映されていないとしたら、それは企業にとって大きな機会損失です。
私は、女性活躍とは女性のためだけの話ではないと思っています。意思決定に多様な視点が入ることで、顧客理解が深まり、組織の盲点が減り、経営判断の質が上がる。その意味で、女性活躍は経営の競争力を高めるテーマなのです。人的資本経営を本当に前に進めるのであれば、制度として女性を採用するだけでなく、組織の意思決定にどう参画してもらうかまで考える必要があります。

出所:Surpass講演資料
制度と文化を変えなければ、人材は活躍も定着もしない
私は、女性が十分に力を発揮しにくかった理由は、個人の能力や努力不足ではなく、制度や文化にあると考えています。日本の職場には、長い時間働けることを前提にした設計や、家事・育児・介護の負担が見えにくいまま進むマネジメントが、今なお色濃く残っています。その中で、優秀な人材が実力を発揮しきれないのは、ある意味当然のことです。
特に、家事・育児・介護といった負担が女性に偏りやすい現実は、キャリア形成に大きな影響を与えます。さらに、職場においては「いつでも対応できる人」「長く会社にいられる人」が暗黙のうちに高く評価される場面もあります。そうした環境では、能力があっても挑戦をためらう人が出てきますし、管理職や意思決定層に進もうとする人が少なくなるのも無理はありません。
また、私は女性特有の健康課題についても、企業がもっと正面から向き合うべきだと考えています。PMSや月経困難症、更年期症状といったものは、本人の気持ちの持ちようで解決できるものではありません。にもかかわらず、日本の職場では十分に理解されず、「本人の問題」として扱われてきた側面があります。その結果、本人が自責感を抱えたり、周囲が誤解したり、昇進やチャレンジをためらう一因になってしまうことがあります。
もちろん、見えにくい不調は女性だけのものではありません。男性更年期のように、男性側にも理解と支援が必要なテーマがあります。だからこそDE&Iは、女性を特別扱いするという話ではなく、人それぞれの違いを前提に、能力を発揮できる仕組みを整えることだと言えます。
そうした仕組みがある会社ほど、人材は活躍しやすく、結果として定着率も上がります。今の時代、知名度や条件だけでは人は残りません。働きやすさと納得感があるかどうかが、企業を選ぶ大きな基準になっているのです。
DXとAIは、多様な人材が活躍できる構造をつくる
私は、DXやAIを単なる効率化の道具としてではなく、多様な人材が活躍できる組織をつくるための手段だと捉えています。これまでの日本企業では、誰がどの仕事を抱えているのかが見えにくく、できる人に業務が集中しがちでした。引き継ぎしにくく、途中で抜けることが難しい。そうした職場では、育児や介護、体調変化など、人生のさまざまな事情を抱える人が活躍しにくくなります。
しかし、DXやAIを活用すれば、業務の見える化や標準化が進みます。仕事の流れが整理され、分担しやすくなり、途中で誰かが抜けても回る体制に近づいていきます。これは単に業務効率が上がるというだけでなく、多様な人材が働き続けられる条件を整えることでもあります。女性はもちろん、シニア人材、地方在住者、障がいのある方など、さまざまな人が戦力になれる余地が広がるのです。
Surpassでも、営業未経験だった女性たちが、営業の仕組みやDXスキルを身につけることで、新しいキャリアを切り開いてきました。もともと接客業や飲食業、アパレルなどで働いていた方が、営業やデジタルの力を手にすることで、年齢や住む場所にとらわれない働き方を実現しています。実際、地方にいながら都市部企業の仕事を担うような事例も生まれています。
また、地方の企業や金融機関でも変化は始まっています。例えば事務職の方にDXのリスキリングを行い、単に業務を減らすのではなく、新たな担い手として育成していく取り組みです。
AIの導入が進むと、「仕事がなくなるのではないか」という不安が先に立ちますが、本当に重要なのは、そこで働いてきた人をどう次の役割につなげるかです。AIに代替できる業務と、人にしか担えない役割を見極め、仕事の再設計をしていくことが、これからの経営には欠かせません。
私は、AIが得意なのは情報収集、分析、資料作成、定型業務だと考えています。一方で、判断、共感、文脈の理解、人を動かす力は、人にしか担えません。これからの管理職に求められるのは、単に指示を出すことではなく、多様なメンバーの力を引き出し、場を整え、挑戦を支えることです。だからこそ、AIと人の役割分担を見直すことは、組織の生産性を上げるだけでなく、人が生き生きと活躍する会社をつくることにもつながっていきます。

出所:Surpass講演資料
変化を決めるのは、トップの意思である
最後に私が強くお伝えしたいのは、女性活躍もDE&IもAI・DXも、結局はトップの意思で進むかどうかが決まるということです。変えないことも1つの意思決定です。しかし、様子見を続ける企業と、まずはやってみる企業とでは、これから先の差が確実に開いていきます。
今は、優秀な人材ほど、自分を正当に評価してくれる会社、自分が安心して働ける会社を選びます。知名度があるから、安定しているから、給与が高いから、それだけで選ばれる時代ではなくなりました。組織文化が古い、制度が不透明、自分の声が届かない。そう感じた瞬間に、人は静かに離れていきます。特に若い世代は、その判断が早い。だからこそ、企業は「人が辞める理由」を個人の問題として片付けてはいけないのです。
女性だから収入が低くても仕方ない、長く働ける人だけが評価される、管理職は限られた人だけのもの――そうした前提を見直さなければ、人的資本経営は前に進みません。まだ生かし切れていない人材の可能性を、企業の成長につなげられるかどうか。その分岐点に、今まさに多くの企業が立っています。
5年後、10年後に、なぜかあの会社には人が集まり、選ばれ続けている。そんな状態をつくれるかどうかは、今の意思決定にかかっています。仕事の構造を変えること、組織文化を変えること、評価制度を見直すこと。それらは一度に完成するものではありませんが、だからこそ着手することに意味があります。私は、トップが本気で変える意思を持ったとき、企業は必ず変われると思っています。そしてその変化こそが、これからの時代を勝ち抜く競争力になるのだと考えています。