人的資本経営の鍵となるのは、「経営戦略と人材戦略の連動」である。いくら人材に投資しようとも、両者が連動していなければ中長期的な企業価値は向上し得ない。
人材戦略とは、企業の成長戦略に必要なリソースとしての組織や人材をどう供給するか、である。これを経営戦略と連動させるためには、企業経営の根幹である経営理念・パーパスを起点に、経営・組織・人材戦略から人材マネジメントシステムまで一貫性を持たせる必要がある。(【図表1】)
【図表1】人的資本経営の全体像と人材マネジメントシステム
人材マネジメント施策の大前提には経営理念・パーパスがあり、どのように人材マネジメントを変えていくかは、そこから組み立てられた組織・人材戦略に基づいて検討されなければならない。
どの企業にも、経営の大目標としての経営理念やパーパスは存在するだろう。では、そこから組織・人材戦略をどのように組み立てていけばよいのだろうか。
組織戦略構築のポイント 組織デザインと組織ミッション
組織戦略構築のポイントは、組織デザインの設計と組織ミッションの定義にある。
人材戦略構築のポイント① 人材ビジョンの策定
人材戦略は「人材ビジョン(求める人材像)」を起点として検討していく。自社の経営理念・パーパスに共感し、成長戦略を実現できる人材像を明らかにするのだ。
経営環境の変化に対応するため、企業は新規事業の立ち上げや大幅な業態転換など、経営戦略の変革を迫られている。必然的にこれを実現できる人材が求められ、例えば成長市場をグローバルに求めるなら「グローバルリーダー」が、既存事業とは異なる分野への進出を考えるならその分野の「スペシャリスト」が必要とされる。こうした変革を支える人材を求める傾向は、実際に企業が公表している人材ビジョンからも読み取ることができる。(【図表2】)
【図表2】人材ビジョン(求める人材像)の事例
出所:各社コーポレートサイトを基にタナベコンサルティング作成
人材戦略構築のポイント② 人材ポートフォリオの設計
従来と違った人材を確保・育成するためには、新たなキャリアコースの整備とそれに対する最適な投資が必要となる。ここで人材ポートフォリオが有効に働く。
人材ポートフォリオとは、経営戦略を実現するための人的資本の配分、いわば人材投資の方向性を決めるフレームワークである(【図表3】)。経営戦略と人材戦略の連動が重要であることから、人材ポートフォリオも経営戦略(具体的には組織戦略)との連動を踏まえて設計する。
【図表3】人材ポートフォリオの例
人材ポートフォリオを活用することで、現状ではどのような人材がどの程度不足しているのか、または過剰なのかといった課題を把握することができ、求める人材の育成・調達方針を定めることができる。また、企業の成長戦略から見て必要な人材像が明確になることで、社員に対しキャリアコースの指針を示す取り組みにもなる。
従来の日本における中堅・中小企業の人材ポートフォリオは【図表3】の左側の「ファンクションマネジャー」と「エキスパート」の領域に集中して組まれており、その主たる役割は定型業務の遂行であった。しかしこれからは、右側の「グローバル戦略リーダー」、「プロフェッショナル」の領域の設計が重要だ。革新性や創造性を必要とする経営戦略を推進するための人材層を厚くしていく必要がある。
人材戦略構築のポイント③ 要員計画の策定
経営戦略を実現するためには、必要な人材を質・量ともにタイムリーに調達することと、個々の社員のパフォーマンス・能力を最大限に向上させることが必要である。どれだけ素晴らしい戦略を構築しても、最適な人材が備わっていなければ実現することはできない。
人材ポートフォリオを通して人材投資の方向性を決めたら、次は具体的に「いつ、どういった人材が、何人必要なのか」を計画する。これが要員計画である。ここでは、経営戦略に基づいて中長期的に必要な人材の質と量を検討することが必要である。ポイントは、将来のあるべき姿から逆算して考えることと、量だけでなく「質」の面を踏まえた計画を策定することだ。つまり、経営戦略を達成するために必要な人材の質・量を具体化して、それを実現する計画を立てることである。
組織戦略で定めた組織体制や組織ミッションだけでは、人材の質や量まで具体的にイメージしづらい。これを基にして要員計画ではより精度高く人材像を描く必要がある。そこで、ジョブ(職務)レベルまで具体化することがポイントとなる。これがジョブディスクリプション(職務記述書)となっていくのだが、こちらについては次の第9回で詳しく解説する。
ジョブディスクリプションに基づいた要員計画を策定すると、「総合職何名・一般職何名が必要」といった漠然とした計画ではなく、「○○のできるマーケティング人材が何名・△△経験のあるDX人材が何名必要」という具体的な計画になってくる。これにより、戦略と連動した人材の採用・育成につなげることが可能になる。
人材マネジメント改革のポイント
前提となる一連の戦略(経営戦略→組織戦略→人材戦略)があって初めて、人材マネジメントの在り方が検討できる。ここでは、人材マネジメントの各施策の解説をする前に、人材マネジメントの改革において重要なポイントを紹介しておく。
①人材マネジメント方針を明確にする
人材マネジメント方針は人事ポリシーと呼ばれることもあるが、自社の人材に対する考え方や思想を言語化した基本方針となるものである。採用・評価・育成・活躍・定着などの各人材マネジメント施策を点で捉えるのではなく、方針に基づいて連動した施策を展開できるのがポイントだ。
例えば、人材マネジメント方針を「成果・職務を正しく評価し、プロフェッショナル組織への進化を図る」と定めた場合、考えられる施策としては、ジョブ型雇用の導入、適所適材の配置、職務難易度や成果に連動した評価・報酬、専門性を高める教育制度の拡充、などが挙げられる。このようにブレない指針として人材マネジメント方針を定め施策へと展開していく。
②人事KPIを定め、施策の効果検証を行う(PDCAを回す)
施策の効果検証を行う上では、人事KPIを定めることが有効である。人事KPIは「いつまでに、どのような人材を、どれくらい獲得・育成していくのか」といった具体的な指標や、戦略・経営課題解決の推進力を高める指標を定量的に示したものである。
この人事KPIをモニタリング、マネジメントして、投資対効果を検証しながら人材力を高めていくことがポイントだ。【図表4】に中堅企業の代表的な人事KPI指標の例を示すので、ぜひ参考にしていただきたい。
【図表4】代表的な人事KPI項目の例
また、昨今では、国際標準化機構(ISO)が定めた「ISO30414」や、内閣官房が発表した「人的資本可視化指針」で開示が推奨されている7分野19項目など、人的資本に関する指標も公開されている。こうした推奨指標や他社が設定している人事KPIなどを参考にしつつ、自社の戦略推進力を高める指標を検討していくとよいだろう。
外資系ラグジュアリーブランドで店舗マネジメントに従事後、人事コンサルティング会社にて組織・人事領域のコンサルティング、教育、組織開発等の経験を経て、タナベコンサルティングへ入社。人事領域全般のコンサルティングを中心に、上場・中堅企業の人事制度・教育体系の構築において数多くの実績を持つタナベトップコンサルタントの一人。